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第22話 勇者、街の復興に助力する
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その翌日、市長の思惑通りに事が進み、無事にヒーローショーは開催されることとなった。
演者の控室として区切られたパネルの隙間から、ニーアが噴水広場に作られた特設ステージを覗いてそわそわと衣装のマントを引っ張っている。
勇者役のニーアは、勇者の剣のレプリカを腰に差して、銀色に光るマントをはためかせている。そんな派手なマントを付けた勇者は見た事がないから、これは衣装を準備した市長の勇者のイメージだ。
「なんだか好評みたいですよ。勇者様……思ったよりも人が多いです……」
ステージの前には子どもが大勢集まっていて、騒がしい声が控室にまで聞こえてくる。
大人の観光地のホーリアでは子どもが騒いで遊べるイベントが少ないから、急ごしらえのヒーローショーでも集まって来る。
まだ2本足で歩けないような幼い子供も混じっているから、多分物珍しくて来ただけで何だかわかっていない。
「あ、でも、知ってる子が多いので、あんまり緊張しないで出来そうです!」
そして、最後まで出演を拒否した俺には、魔獣役が回って来た。
魔獣役の衣装には、全身が黒いモップのような長い毛で覆われたキャラクターの着ぐるみが準備されていた。
市長がヒーローショーのために前から密かに準備していたと言うが、ディティールが甘すぎる。俺は前世でこれの赤いバージョンを、平日の朝にテレビで見た事がある。
「ところで勇者様。これってちゃんと前、見えてます?」
ニーアが着ぐるみに向き合って、黒いもしゃもしゃの毛をかき分けて丸い目を探した。着ぐるみは両手で頭を抑えて、こくりと首を縦に動かす。
「台本通りにやってくださいね。ニーア、アドリブなんて絶対無理ですから」
いいですか、とニーアにいつもよりも厳しく言われて、着ぐるみの首はもう一度こくりと頷いた。そして、のそのそとステージに向かう。
不安そうな様子のニーアだったが、着ぐるみの顔がこちらを向いていないのを確認すると、黒くて毛むくじゃらの背中にそっと抱き着いた。もぞもぞと感触を確かめると、緊張で強張った顔を緩めて嬉しそうに笑う。
そんな意地らしいニーアの姿を見て、俺も少し良心が痛む。
しかし、俺は着ぐるみを着て子供相手に演じるなんて絶対に嫌だ。
+++++
という訳で、俺は噴水広場から少し離れたカフェのテラス席でお茶をしていた。
ステージの上では、着ぐるみの魔獣が咆哮を上げて周囲を火の海にする。過激な演出だが、これも市長の台本通りだ。
『この街は、私が守る!みんなぁー!勇者を応援して!』
ニーアが台本に書かれていた通りの台詞を言うと、なかなかの盛り上がりで子供たちが好き勝手に喚き始める。
子供の歓声に答えてニーアは噴水の水を操って火を消すと、派手なアクションで着ぐるみと戦い始めた。
「ニーア、かっこいーのだー!」
ニーアの勇姿が見たいと言ってわざわざ事務所から出て来たコルダは、俺の肩によじ登ってステージを見ていた。
あまり大きな声を出すとニーアがこちらに気付いて、着ぐるみの中が空なのがバレてしまう。
「勇者様が着ぐるみを動かせるなら、次の敵は魔獣の軍勢にしましょう!」
「いや、次は無い」
何故か同じテーブルについて巨大なアイスが乗ったフロートを食べていた市長が、次のヒーローショーの構成を考えていた。
俺は答えながら、テーブルに置かれた伝票を捲って確認する。やはり市長のフロートの分が加えられているから、後で別会計だと伝えなくては。
「それで、最後に黒幕として悪の総統役の勇者様が出て来るのはどうですか?!」
「それは、悪くないな」
「えーそんな偉い役、勇者様には似合わないのだー……ぅ?」
上機嫌に俺の肩の上で揺れていたコルダが突然言葉を止めて、俺の頭を掴んでいる手に力を籠めた。
コルダが毛を逆立てているのに気付いて俺も周囲を窺うと、何やら不穏な気配がする。
遠くから向けられる剣呑な視線は、舞台に向けられていた。俺は着ぐるみを操って、大きく手を広げてニーアに抱き着く。
「ちょっと……!勇者様、台本と違いますよ」
着ぐるみに圧し掛かられたニーアは、慌てて黒い毛むくじゃらを押し返そうとしている。
その時、ぴゅう、と空気を切り裂く音がして、ニーアに覆いかぶさっていた着ぐるみの頭に矢が突き刺さった。
衝撃で着ぐるみの乗っていただけの首がごろんとステージに転がった。
「ゆ、勇者様ーーー!!!」
一頭身になった着ぐるみの頭の前で、ニーアが膝を付いて絶叫した。
コルダは俺が指示する前に、俺の肩から飛び降りて矢が飛んで来た方に向かって行く。
「今の!自ら下した正義の結果に耐えられずに崩れ落ちる勇者、すごく良い!」
市長が勝手に盛り上がっているが、今の矢はニーアではない。台本では特定の市民の希望が反映されて、魔獣を生け捕りにして肉屋に引き渡すことになっている。
「何も、こんな姿で最期を迎えなくても……!」
俺はステージで倒れた着ぐるみを前にして泣き崩れているニーアに駆け寄ってマントを被せた。勇者のマントは、弓矢程度なら弾けるように防御魔法が掛けられている。
「あれ……?!勇者様?何で?」
「話は後だ」
矢を射って来た敵にはコルダが向かっていったが、他に敵がいるかもしれない。ニーアに大人しくマントに包まっているように言って、俺は舞台を飛び降りた。
+++++
移動魔法でコルダの元に向かうと、枝の隙間を縫うように駆けていたコルダは俺に気付いてスピードを落とした。
コルダの数メートル先に、ボーガンを背負った人影が走っている。ホーリア市の外の森を通って、川の方に向かっていた。
「勇者様、どうするのだ?コルダ、追い付いちゃうのだ」
コルダは自分が捕まえると怪我させるから、手を出さないで俺の指示を待っている。
先を走っている相手は、ニーアよりも年下の少年だ。体力が限界が近いのか倒れそうになっているし、移動魔法を使う気配もない。
「俺が捕まえるから、先回りして道を塞いでてくれ」
「わかったのだー」
俺が言うと、コルダは木の枝に飛び乗って森を駆けて行ってすぐに人影を追い越した。
俺もすぐに前を走る背中に追い付いた。背負っているボーガンを掴んで、悲鳴を上げた少年を怪我をさせない程度に転ばせる。
「ご、めんなさい!ごめんなさい!殺すつもりは無かったんだ!」
少年はそのまま地面に蹲って泣きながら謝り始めた。大した魔力は感じない。そこそこ高級そうな流行りを取り入れた服装をしているから、多分隣街の商人の街オルドグの人間だ。
他国の侵略でもないし、魔術師の反乱でもない。ただの行き過ぎたいたずらのようだ。
『勇者様!大丈夫ですか?』
耳に付けた通信機からニーアの声が聞こえて来て、俺が返事をするとニーアは安心したらしく溜息を吐いた。そして、すぐに気を取り直していつもの調子に戻る。
『それで、どうして着ぐるみの中に入ってなかったんですか?』
「……」
ニーアは俺がさり気無く後にした話を、今持って来た。その話はもう少し後だ、と言おうとしてもニーアは俺の言葉を遮って続ける。
『ニーア、勇者様もやるって言うから、これも実習だと思って頑張ったんですけど……』
「いや、俺はやらないって言った」
『でも、ニーアがやるなら俺もやるってはっきり言ったじゃないですか』
そんな事を言った記憶は無いが、俺は面倒になるとその場しのぎで適当な事を言うところがあるし、ニーアが言うならそうなのだろう。
取りあえず犯人を捕まえたからそっちに連れて行くとだけ言って通信を切り、再度かかってくる前に耳から外してマントの内ポケットに入れた。
演者の控室として区切られたパネルの隙間から、ニーアが噴水広場に作られた特設ステージを覗いてそわそわと衣装のマントを引っ張っている。
勇者役のニーアは、勇者の剣のレプリカを腰に差して、銀色に光るマントをはためかせている。そんな派手なマントを付けた勇者は見た事がないから、これは衣装を準備した市長の勇者のイメージだ。
「なんだか好評みたいですよ。勇者様……思ったよりも人が多いです……」
ステージの前には子どもが大勢集まっていて、騒がしい声が控室にまで聞こえてくる。
大人の観光地のホーリアでは子どもが騒いで遊べるイベントが少ないから、急ごしらえのヒーローショーでも集まって来る。
まだ2本足で歩けないような幼い子供も混じっているから、多分物珍しくて来ただけで何だかわかっていない。
「あ、でも、知ってる子が多いので、あんまり緊張しないで出来そうです!」
そして、最後まで出演を拒否した俺には、魔獣役が回って来た。
魔獣役の衣装には、全身が黒いモップのような長い毛で覆われたキャラクターの着ぐるみが準備されていた。
市長がヒーローショーのために前から密かに準備していたと言うが、ディティールが甘すぎる。俺は前世でこれの赤いバージョンを、平日の朝にテレビで見た事がある。
「ところで勇者様。これってちゃんと前、見えてます?」
ニーアが着ぐるみに向き合って、黒いもしゃもしゃの毛をかき分けて丸い目を探した。着ぐるみは両手で頭を抑えて、こくりと首を縦に動かす。
「台本通りにやってくださいね。ニーア、アドリブなんて絶対無理ですから」
いいですか、とニーアにいつもよりも厳しく言われて、着ぐるみの首はもう一度こくりと頷いた。そして、のそのそとステージに向かう。
不安そうな様子のニーアだったが、着ぐるみの顔がこちらを向いていないのを確認すると、黒くて毛むくじゃらの背中にそっと抱き着いた。もぞもぞと感触を確かめると、緊張で強張った顔を緩めて嬉しそうに笑う。
そんな意地らしいニーアの姿を見て、俺も少し良心が痛む。
しかし、俺は着ぐるみを着て子供相手に演じるなんて絶対に嫌だ。
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という訳で、俺は噴水広場から少し離れたカフェのテラス席でお茶をしていた。
ステージの上では、着ぐるみの魔獣が咆哮を上げて周囲を火の海にする。過激な演出だが、これも市長の台本通りだ。
『この街は、私が守る!みんなぁー!勇者を応援して!』
ニーアが台本に書かれていた通りの台詞を言うと、なかなかの盛り上がりで子供たちが好き勝手に喚き始める。
子供の歓声に答えてニーアは噴水の水を操って火を消すと、派手なアクションで着ぐるみと戦い始めた。
「ニーア、かっこいーのだー!」
ニーアの勇姿が見たいと言ってわざわざ事務所から出て来たコルダは、俺の肩によじ登ってステージを見ていた。
あまり大きな声を出すとニーアがこちらに気付いて、着ぐるみの中が空なのがバレてしまう。
「勇者様が着ぐるみを動かせるなら、次の敵は魔獣の軍勢にしましょう!」
「いや、次は無い」
何故か同じテーブルについて巨大なアイスが乗ったフロートを食べていた市長が、次のヒーローショーの構成を考えていた。
俺は答えながら、テーブルに置かれた伝票を捲って確認する。やはり市長のフロートの分が加えられているから、後で別会計だと伝えなくては。
「それで、最後に黒幕として悪の総統役の勇者様が出て来るのはどうですか?!」
「それは、悪くないな」
「えーそんな偉い役、勇者様には似合わないのだー……ぅ?」
上機嫌に俺の肩の上で揺れていたコルダが突然言葉を止めて、俺の頭を掴んでいる手に力を籠めた。
コルダが毛を逆立てているのに気付いて俺も周囲を窺うと、何やら不穏な気配がする。
遠くから向けられる剣呑な視線は、舞台に向けられていた。俺は着ぐるみを操って、大きく手を広げてニーアに抱き着く。
「ちょっと……!勇者様、台本と違いますよ」
着ぐるみに圧し掛かられたニーアは、慌てて黒い毛むくじゃらを押し返そうとしている。
その時、ぴゅう、と空気を切り裂く音がして、ニーアに覆いかぶさっていた着ぐるみの頭に矢が突き刺さった。
衝撃で着ぐるみの乗っていただけの首がごろんとステージに転がった。
「ゆ、勇者様ーーー!!!」
一頭身になった着ぐるみの頭の前で、ニーアが膝を付いて絶叫した。
コルダは俺が指示する前に、俺の肩から飛び降りて矢が飛んで来た方に向かって行く。
「今の!自ら下した正義の結果に耐えられずに崩れ落ちる勇者、すごく良い!」
市長が勝手に盛り上がっているが、今の矢はニーアではない。台本では特定の市民の希望が反映されて、魔獣を生け捕りにして肉屋に引き渡すことになっている。
「何も、こんな姿で最期を迎えなくても……!」
俺はステージで倒れた着ぐるみを前にして泣き崩れているニーアに駆け寄ってマントを被せた。勇者のマントは、弓矢程度なら弾けるように防御魔法が掛けられている。
「あれ……?!勇者様?何で?」
「話は後だ」
矢を射って来た敵にはコルダが向かっていったが、他に敵がいるかもしれない。ニーアに大人しくマントに包まっているように言って、俺は舞台を飛び降りた。
+++++
移動魔法でコルダの元に向かうと、枝の隙間を縫うように駆けていたコルダは俺に気付いてスピードを落とした。
コルダの数メートル先に、ボーガンを背負った人影が走っている。ホーリア市の外の森を通って、川の方に向かっていた。
「勇者様、どうするのだ?コルダ、追い付いちゃうのだ」
コルダは自分が捕まえると怪我させるから、手を出さないで俺の指示を待っている。
先を走っている相手は、ニーアよりも年下の少年だ。体力が限界が近いのか倒れそうになっているし、移動魔法を使う気配もない。
「俺が捕まえるから、先回りして道を塞いでてくれ」
「わかったのだー」
俺が言うと、コルダは木の枝に飛び乗って森を駆けて行ってすぐに人影を追い越した。
俺もすぐに前を走る背中に追い付いた。背負っているボーガンを掴んで、悲鳴を上げた少年を怪我をさせない程度に転ばせる。
「ご、めんなさい!ごめんなさい!殺すつもりは無かったんだ!」
少年はそのまま地面に蹲って泣きながら謝り始めた。大した魔力は感じない。そこそこ高級そうな流行りを取り入れた服装をしているから、多分隣街の商人の街オルドグの人間だ。
他国の侵略でもないし、魔術師の反乱でもない。ただの行き過ぎたいたずらのようだ。
『勇者様!大丈夫ですか?』
耳に付けた通信機からニーアの声が聞こえて来て、俺が返事をするとニーアは安心したらしく溜息を吐いた。そして、すぐに気を取り直していつもの調子に戻る。
『それで、どうして着ぐるみの中に入ってなかったんですか?』
「……」
ニーアは俺がさり気無く後にした話を、今持って来た。その話はもう少し後だ、と言おうとしてもニーアは俺の言葉を遮って続ける。
『ニーア、勇者様もやるって言うから、これも実習だと思って頑張ったんですけど……』
「いや、俺はやらないって言った」
『でも、ニーアがやるなら俺もやるってはっきり言ったじゃないですか』
そんな事を言った記憶は無いが、俺は面倒になるとその場しのぎで適当な事を言うところがあるし、ニーアが言うならそうなのだろう。
取りあえず犯人を捕まえたからそっちに連れて行くとだけ言って通信を切り、再度かかってくる前に耳から外してマントの内ポケットに入れた。
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