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第22話 勇者、街の復興に助力する
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俺が噴水広場に戻ると、ステージの上でマントに包まって丸まっていたニーアがもぞもぞと起き上がった。
ニーアは俺が通信機を遮断したせいで途中になった話を続けようとしたが、俺が泣きじゃくっている少年を小脇に抱えているのに気付いて口を閉じる。
ステージの脇には皺も汚れも無い作業着をぴちりと着た生活安全課の職員が既に待ち構えていた。俺が少年をステージに下すと、素早く寄って来て手錠をかける。
ただのいたずらだから大丈夫だと言っても、「規則ですから」とにこりともしないで仕事を続けていた。
随分仕事熱心でありがたいが、舞台の上で現場検証を始めるものだから観客のガキ共がショーの続きだと思って未だ散らない。
「人に向かって射っては駄目ですよ」
ニーアがステージに転がったままだった矢が刺さった着ぐるみの首を持ち上げた。それを見て座り込んでいた少年の泣き声が更に大きくなる。
「そ、そんな事より……この中の人は?!」
「……もう済んだ事だ。仕方ない」
俺が静かに首を横に振ると、少年は叫び声を上げて祈りの文句を唱え始めた。嘘を吐くなとニーアが見えないところで俺を小突く。
「大丈夫です!中の人はぴんぴんしてます」
俺はニーアに攻撃してきた不届き者をもう少し追い詰めてやるつもりだったが、ニーアが少年の背中を撫でて慰めていた。
しばらくすると少年は落ち着きを取り戻して、生活安全課職員の画一的な質問にしゃっくり混じりで答えられるようになる。
少年の名前はディーバ。父親は隣街オルドグの自警団隊長をやっている。
ボーガンの腕は趣味程度で、兎や鳥くらいなら捕まえたことはあるが、人に向けたことはない。もちろん殺したこともないし、今だって当てるつもりもなかった。
少し驚かせてやろうとニーアの頭の上を狙ったのに、着ぐるみが突然覆いかぶさったからその頭に当たってしまった。
「え?私を狙ったんですか?」
「だって、ホーリアの勇者ってお前だろう?」
「えー、んー……そうですか?」
ニーアは積極的に勇者を詐称はしないが、勘違いされた時は否定しない。
嬉しさを隠しきれずににやにやしているニーアに、嘘を吐くなと俺も見えない所でニーアを小突いた。
「街で勇者が食い逃げだの盗みだのしてるんだよ。でも、なかなか捕まらないし、自警団も勇者にやられたなら仕方ないって諦めてるんだ……」
ディーバが悔しそうに唇を噛み締めた。
ホーリア周辺の田舎町では市役所の生活安全課が犯罪を取り締まるが、オルドグのような商業の要の都市では犯罪も多いから街が独自に自警団を結成している。
しかし、あくまで一般市民の組織だから、国の指示で動いている勇者を取り締まるのは、例え現行犯だとしても無理だ。
「で、この辺の勇者っていったらホーリアだろ。とっ捕まえてやろうと思ったら何か浮かれたことやってるから……」
「うーん……この辺りの勇者は、勇者様だけですからね……」
国の方針が変わってフリーの勇者という制度がなくなった。殆どが街付になったか勇者を辞めて別の職を名乗っている。そして、この周辺の街には勇者がいない。
オルドグで傍若無人な勇者の悪評が立ったら、俺が疑われるのは当然だ。
「でも、勇者様が食い逃げなんてアクティブな犯罪するはずないのだ」
「そうですよ。食後はいつもコルダさんとお昼寝してますもんね。人違いじゃないでしょうか?」
戻って来たコルダとニーアが揃って俺を庇ってくれる。俺も毎日食後に昼寝をしていた甲斐があったというものだ。
しかし、ディーバは手錠を掛けられたまま2人を睨み付けて食い下がる。
「でも、勇者のマント着て、ライセンスも持ってるんだってさ!犯人は絶対勇者だ!」
マントとライセンス。それはもしかすると、俺が数ヶ月前に無くしたものか。
俺が軽率にリコリスに貸して、無くなった事実から目を反らし続けていたマントとライセンスか。
ゼロ番街でなくなったマントは、どうやらあの騒動の中で盗まれて悪人の手に渡り、せこい犯罪に利用されているらしい。
これはマズい。
事実だとしたら、この件は弁解の余地が無く確実に俺が悪い。
俺1人が勝手に規律違反をして罰を受けるならまだ生存の可能性があるが、一般市民に迷惑をかけてしまった。査問や減給では済まない。
「勇者様、どうしたんですか?」
隣でガタガタ震え始めた俺に気付いて、ニーアが「寒いんですか?」とマントを着せてくれたが、違う。
「……っ、お、オグオンに、殺される……!」
「えぇ?まさかぁ……」
そんな訳ない、と言いかけたニーアだが、しばらくオグオンの元で学んで奴の本性を察し始めていたらしい。
少し考えてから「気を強く持ってください」と精神論にシフトした。
「勇者様、泣いちゃダメなのだ。大人なんだから我慢するのだ」
コルダが俺の頭をぽふぽふと叩いて励ましてくれたが、立っているのがやっとだった俺はコルダに縋ってステージに膝を付いた。
事務所に戻って全てを忘れて眠りに付きたい。問題が解決するまで意識を失っていたい。空腹も退屈も全て耐えるから、嵐が過ぎるまで狭くて暗いところで籠っていたい。
「だ、大丈夫です!勇者様はニーアが守ります!」
「嘘吐け……っ」
ニーアがオグオンに逆らうなんて絶対に無理だ。オグオンに頼まれたら、喜んで俺を引き渡すだろう。既に3枚サインを貰っているのを知っているけれど、4枚目のサインと引き換えに俺は死刑台の上に連れて行かれる。
「嘘じゃないです!アウビリス様に勇者様を殺させません。ニーアが絶対に守ります!」
ニーアがステージに膝を付いて俺の手を取った。
血の気が引いて冷たくなった俺の指が、ニーアの体温で少し温まる。震える俺を安心させるように、ニーアは優しく微笑んで力強く頷いた。
勇者に殺されそうになっている勇者を庇っているニーアは、銀色のマントの衣装以上に勇者らしい。
「自分の命を顧みずに盾になる勇者!すごくいい!」
ステージの端でちょろちょろして現場検証の邪魔をしていた市長が満足そうに拍手をする。
まだ帰っていなかった観客のガキ共も、ショーが終わったのかと市長に釣られて拍手をし始めた。
ニーアは俺が通信機を遮断したせいで途中になった話を続けようとしたが、俺が泣きじゃくっている少年を小脇に抱えているのに気付いて口を閉じる。
ステージの脇には皺も汚れも無い作業着をぴちりと着た生活安全課の職員が既に待ち構えていた。俺が少年をステージに下すと、素早く寄って来て手錠をかける。
ただのいたずらだから大丈夫だと言っても、「規則ですから」とにこりともしないで仕事を続けていた。
随分仕事熱心でありがたいが、舞台の上で現場検証を始めるものだから観客のガキ共がショーの続きだと思って未だ散らない。
「人に向かって射っては駄目ですよ」
ニーアがステージに転がったままだった矢が刺さった着ぐるみの首を持ち上げた。それを見て座り込んでいた少年の泣き声が更に大きくなる。
「そ、そんな事より……この中の人は?!」
「……もう済んだ事だ。仕方ない」
俺が静かに首を横に振ると、少年は叫び声を上げて祈りの文句を唱え始めた。嘘を吐くなとニーアが見えないところで俺を小突く。
「大丈夫です!中の人はぴんぴんしてます」
俺はニーアに攻撃してきた不届き者をもう少し追い詰めてやるつもりだったが、ニーアが少年の背中を撫でて慰めていた。
しばらくすると少年は落ち着きを取り戻して、生活安全課職員の画一的な質問にしゃっくり混じりで答えられるようになる。
少年の名前はディーバ。父親は隣街オルドグの自警団隊長をやっている。
ボーガンの腕は趣味程度で、兎や鳥くらいなら捕まえたことはあるが、人に向けたことはない。もちろん殺したこともないし、今だって当てるつもりもなかった。
少し驚かせてやろうとニーアの頭の上を狙ったのに、着ぐるみが突然覆いかぶさったからその頭に当たってしまった。
「え?私を狙ったんですか?」
「だって、ホーリアの勇者ってお前だろう?」
「えー、んー……そうですか?」
ニーアは積極的に勇者を詐称はしないが、勘違いされた時は否定しない。
嬉しさを隠しきれずににやにやしているニーアに、嘘を吐くなと俺も見えない所でニーアを小突いた。
「街で勇者が食い逃げだの盗みだのしてるんだよ。でも、なかなか捕まらないし、自警団も勇者にやられたなら仕方ないって諦めてるんだ……」
ディーバが悔しそうに唇を噛み締めた。
ホーリア周辺の田舎町では市役所の生活安全課が犯罪を取り締まるが、オルドグのような商業の要の都市では犯罪も多いから街が独自に自警団を結成している。
しかし、あくまで一般市民の組織だから、国の指示で動いている勇者を取り締まるのは、例え現行犯だとしても無理だ。
「で、この辺の勇者っていったらホーリアだろ。とっ捕まえてやろうと思ったら何か浮かれたことやってるから……」
「うーん……この辺りの勇者は、勇者様だけですからね……」
国の方針が変わってフリーの勇者という制度がなくなった。殆どが街付になったか勇者を辞めて別の職を名乗っている。そして、この周辺の街には勇者がいない。
オルドグで傍若無人な勇者の悪評が立ったら、俺が疑われるのは当然だ。
「でも、勇者様が食い逃げなんてアクティブな犯罪するはずないのだ」
「そうですよ。食後はいつもコルダさんとお昼寝してますもんね。人違いじゃないでしょうか?」
戻って来たコルダとニーアが揃って俺を庇ってくれる。俺も毎日食後に昼寝をしていた甲斐があったというものだ。
しかし、ディーバは手錠を掛けられたまま2人を睨み付けて食い下がる。
「でも、勇者のマント着て、ライセンスも持ってるんだってさ!犯人は絶対勇者だ!」
マントとライセンス。それはもしかすると、俺が数ヶ月前に無くしたものか。
俺が軽率にリコリスに貸して、無くなった事実から目を反らし続けていたマントとライセンスか。
ゼロ番街でなくなったマントは、どうやらあの騒動の中で盗まれて悪人の手に渡り、せこい犯罪に利用されているらしい。
これはマズい。
事実だとしたら、この件は弁解の余地が無く確実に俺が悪い。
俺1人が勝手に規律違反をして罰を受けるならまだ生存の可能性があるが、一般市民に迷惑をかけてしまった。査問や減給では済まない。
「勇者様、どうしたんですか?」
隣でガタガタ震え始めた俺に気付いて、ニーアが「寒いんですか?」とマントを着せてくれたが、違う。
「……っ、お、オグオンに、殺される……!」
「えぇ?まさかぁ……」
そんな訳ない、と言いかけたニーアだが、しばらくオグオンの元で学んで奴の本性を察し始めていたらしい。
少し考えてから「気を強く持ってください」と精神論にシフトした。
「勇者様、泣いちゃダメなのだ。大人なんだから我慢するのだ」
コルダが俺の頭をぽふぽふと叩いて励ましてくれたが、立っているのがやっとだった俺はコルダに縋ってステージに膝を付いた。
事務所に戻って全てを忘れて眠りに付きたい。問題が解決するまで意識を失っていたい。空腹も退屈も全て耐えるから、嵐が過ぎるまで狭くて暗いところで籠っていたい。
「だ、大丈夫です!勇者様はニーアが守ります!」
「嘘吐け……っ」
ニーアがオグオンに逆らうなんて絶対に無理だ。オグオンに頼まれたら、喜んで俺を引き渡すだろう。既に3枚サインを貰っているのを知っているけれど、4枚目のサインと引き換えに俺は死刑台の上に連れて行かれる。
「嘘じゃないです!アウビリス様に勇者様を殺させません。ニーアが絶対に守ります!」
ニーアがステージに膝を付いて俺の手を取った。
血の気が引いて冷たくなった俺の指が、ニーアの体温で少し温まる。震える俺を安心させるように、ニーアは優しく微笑んで力強く頷いた。
勇者に殺されそうになっている勇者を庇っているニーアは、銀色のマントの衣装以上に勇者らしい。
「自分の命を顧みずに盾になる勇者!すごくいい!」
ステージの端でちょろちょろして現場検証の邪魔をしていた市長が満足そうに拍手をする。
まだ帰っていなかった観客のガキ共も、ショーが終わったのかと市長に釣られて拍手をし始めた。
応援ありがとうございます!
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