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第32話 勇者、候補者を支援する

~3~

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 広間を締め出されて呆気に取られていたが、そのままにはしておけないと扉に透視魔術をかけた。
 うっすらと扉が透けてオグオンとコルダの姿が見える。
 思った通り、こういうことを想定してオグオンは扉に背を向けているが、向かい側に座ったコルダの顔は見える。
 俺の悪口とか職場の不満とか。今更言われてても少し傷付くくらいだけど、上司に何をチクられているのか知っておきたい所だ。
 ニーアに叩き込まれた読唇術の出番だと思ったが、横から手が伸びてきて強力な魔術が発動した。小さな火花が弾けて、広間のドアに丸い巨大な穴が空いた。ではなく、高度な透視魔術でそう見えただけだった。
 俺は既にバレているだろうが一応の礼儀としてこそこそ魔術を発動しているのに、カルムは空気が読めない。
 オグオンがカルムの魔術に気付いて髪を揺らしたが、振り返るのは堪えて気付かないフリを続けている。

「ウチの犬をイジメられて黙ってるわけにはいかないでしょ」

 俺の上に圧し掛かって来たリリーナは、勇ましいことを言って長い尻尾をフリフリと振っていた。オグオン絡みで泣かされたことのあるリリーナは、事務所の可愛いペットを勝手に連れて行かれて怒っているらしい。
 カルムは魔術を発動させたものの、興味が無いらしく壁際で煙草を咥えて眺めている。リリーナにせがまれて魔術を発動させに来ただけのようだ。

「獣人選出の大臣の任期が切れるのは知っているな」

 カルムの魔術のお陰で、本当に扉に穴が開いたように中の声がそのまま聞こえてきた。
 それぞれの区分から選ばれる大臣はそれぞれ任期が決まっていて、任期が切れると選挙によって次の大臣が決まる。コルダもその程度のことは知っているだろうが、突然政治の話をされて曖昧に頷いただけだった。

「ここ50年ほど、アルルカ大臣以外の候補者が現れず、形だけの選挙が行われている」

 アルルカ大臣はそんなに長いのか、と俺は感心していた。
 それならかなりの高齢のはずだ。いつも元気に勇者を怒鳴り付けているが、そろそろ血管も限界だろうし次の任期では少しは大人しくしてくれるかもしれない。

「コルダ、出ないか?」

 呑気に考えていた俺は、オグオンの言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。

「ねえねえ、何の話?」

 リリーナも同じく分かっていないようで、俺を突いて尋ねてくる。後で説明するから、と下がらせたが、俺もオグオンの言ってることが全然理解できていない。
 暇そうにしていたカルムは、煙と一緒に深い溜息を吐いた。

「また政か」

 勇者嫌いの魔術師が言う嫌味かと思ったが、カルムは純粋に呆れているような口振りで何故か俺まで申し訳なって来る。

「勇者はいつも本業以外で多忙そうだ」

「ねぇ、元気になったなら仕事に行ったら?」

 カルムの隣まで下がったリリーナは、姉を困らせることは許さないのか尤もな事を言う。カルムは反論はしなかったが、しかし仕事には行きたくないのか黙って煙草を吸い続けていた。

「アルルカ大臣は長く務めて信頼も厚い。が、白銀種至上主義の政策に反発が生まれているのも事実。今は新しい大臣が求められてる」
  
「で、でも、コルダは偽物の養殖だから……」

 突然の出馬要請に、コルダは当然動揺していた。目の前にいるオグオンが、俺の上司としてではなく勇者選出の大臣としてここにいるとわかったのだろう。戸惑いながらも何とか逃げようと言葉を並べようとするコルダに、オグオンは優しく呼びかけた。
 顔が見えなくてもどんな表情をしているのか予想が付く。人を安心させるように無防備で親しみやすい微笑みを浮かべているはずだ。一般人を従わせる時、オグオンはそういう顔をしている。

「君はこの世界に生まれた。それ以上でもそれ以下でもない。何色の毛並みを持とうが一人の獣人。それだけだ」

 不安で涙すら浮かんでいたコルダの瞳が、徐々にいつもの力強い光が戻っていた。オグオンの口車に乗せられて、その気になっている。

「しかし、生まれ持った武器を卑下するのもではない。戦うのであれば、私も全力を尽くそう」

 良い返事を期待している、と言って、オグオンは広間のドアを開けた。俺が外で聞いていることなど気付かれているから、逃げずに道を開けてオグオンを廊下で出迎える。
 オグオンは俺を無視して、煙草を吸い続けているカルムに鋭い視線を向けた。

「アガット、自分が監視対象になっていることは知っているか?」

「はぁ、まぁ」

 カルムは煙草を摘まんだまま拭抜けた返事をする。国の大臣を相手にしているとは思えない態度だ。

「無断で国外に出ることは、処罰の対象になる」

「……それが?」

 カルムはそれがどうかしたのか?と言った様子で返事をして、気にせず新しい煙草に火を付けた。
 オグオンはその反応を予想していたのか、一応言っておきたかっただけなのか、それ以上は何も言わずに事務所を出て行こうとして俺は移動魔術を使われる前に追い掛けた。

「何を考えてるんだ?」

 コルダの雇い主である俺を無視して勝手に話を進めていることもそうだが、見事な話術でコルダを担ぎ上げようとしていることが許せない。
 政治の知識も無く勇者に敵対心も抱いていないコルダを大臣にすれば、オグオンに都合の良い大臣が一人増えることになる。貴族選出のヒラリオン大臣を味方にするために行きたくも無いパーティーに参加して、人の彼氏の敵討ちを手伝ったくらいだ。アルルカ大臣の勇者嫌いのヒステリーが終わるのを待つよりも、新しい大臣を作り出す方が楽だ。

「あんなことを言って、オグオンが一番白銀種の権威を利用しているだろう」

 オグオンは振り返って俺の正面に立った。
 明らかに怒ってる俺を前にして、オグオンはいつも以上に内面を見せないように表情を消していた。

「どちらにせよ、コルダはこのままでは済まない。アルルカ大臣が勇者の元で働く養殖種を放置しておくとは考え難いだろう」

「しかし、味方もいないコルダがいきなり出ても、そもそも勝ち目はないだろう」

「男性のアルルカ大臣は混血だ。誘拐事件のこともあって女性の白銀種はあまり人前に出たがらないが、純血の白銀種を大臣に求める声も多い」

「だが、」

 俺が反論を探して言葉を止めた一瞬、目の前に剣の先が突き付けられていた。それに気付くとほぼ同時に、俺も反射的に剣を抜く。
 オグオンはマントの下の剣を抜いていたが、鞘ごと突き付けただけでギリギリで規律違反にはなっていない。
 対して俺は抜身で、大臣に突き付けたとなると規律違反どころか一発でクビだ。上司に反乱する意図があるわけではなく、生まれてから続けていた訓練のせいで無意識に体が動いただけだ。
 言い訳をして剣を下ろそうとしたが、オグオンは剣越しに俺を見つめて一歩も引かなかった。

「どうした?逆らうつもりなら最後までやってみろ。私が先に抜いたのだから不問にしてやる」

「……」

 これは、話し合いは無理そうだ。
 どういうつもりなのか知らないが、オグオンは本当に俺が邪魔らしい。そこまでして味方の大臣が必要なのだろうか。
 俺とオグオンがやり合って勝ち目は全くない。多分、獣人選出の大臣選挙が終わるまで意識不明になるくらいの怪我をさせられるだろう。
 しかし、オグオンに賛同するつもりはないから、ここでケリを付けるのも悪くない案だ。
 オグオンの方は鞘が付いてるから、楽観的に考えれば殺されることはないだろう。剣を握り直した時、視界の隅で移動魔術が発動した。

「ゆ、勇者様?何してるんですか?!」

 誰か来たと思ったら、最悪なことにニーアだった。
 オグオンと俺が対峙しているのを見て慌てて駆け寄って来たが、どちらも本気らしいと気付いて止めに入れずに立ち竦んでいた。
 ここで万が一、ニーアが俺の味方をしてしまったら。相手は大臣で、対する俺は単なる新人勇者だ。上司に謀反した馬鹿な勇者に味方したニーアは、勇者不適合として養成校を退学になる。

「……わかった」

 俺が剣を下げると、オグオンもすぐに剣をマントの下に収める。
 すまない、と空耳かと思うくらい微かに、苦しそうな声が聞こえた。
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