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第33話 勇者、学会に参加する
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首都からもホーリアからも、遠く離れたイースト地区の雪山の中の高級ホテル。
普通だったら交通の便が悪過ぎて早々に廃墟になるであろうその場所で、魔術師の集会が開催されている。
字面だけ見ると、大鍋を囲んでサバトでも始まりそうだが、実態は真面目な魔術発表会だ。
孤独主義のコミュ障が多いのに、何だかんだ言いつつも国外に出ると同種同士でつるみたくなるらしい。今日もヴィルドルク国内にいるアムジュネマニス出身の魔術師たちが集まっていた。
ただ、参加費を払えば魔術を学ぶ者なら誰でも参加できる学会だ。
本場の魔術師が集まるだけあってレベルが高く、勇者養成校の生徒が力試しに発表に参加し、ぐうの音も出ない程やり込められて泣きながら逃げて来るという話を聞いたことがある。
俺は養成校に在学中、魔術教師に単位を人質に取られて小さな学会の手伝いに駆り出されたことはあったが、ちゃんと聴講するのは始めてだ。
しかし、今日の俺は参加費を払っていない。
レゾィフィグカ教授の付き添いで、郷に入っては郷に従えということで勇者のマントではなくモベドスに在学した時にお土産に買った魔術師のローブを着て来た。
受付を通ったレゾィフィグカ教授は、枯れ木のような長身を薄汚れたローブで覆っていて、幽霊のように足音も立てずに会場を進んでいた。
お化け屋敷からそのまま出てきたような風貌で、夜道で会ったら死を覚悟する相手だ。しかし、魔術師だらけのこの会場ではこの程度の怪人は珍しくないらしく、レゾィフィグカ教授の前で談笑している魔術師の陽キャ集団は道を開けない。
退いてくださいと声を掛けることもできずに、レゾィフィグカ教授は立ち尽くしていた。
「嫌なら来なくてもよかったんじゃないか?」
レゾィフィグカ教授の深く被ったフードの下を覗いて話しかけてみる。
この中身がどういう仕組みになっているのかわからないが、顔は見えないもののいつものリリーナの声が聞こえて来た。
「だって、あたしの術式が否定されてるのよ。来ないわけには行かないでしょ!」
「新しい魔術が構築されて前例が覆されるのはいつものことだろう」
「そりゃあ、完璧な理論で新しいものが構築されたなら納得できるわ。でも、穴だらけでボロボロなのよ。あたしの式を半分も理解できていないの、許せるわけないでしょ!」
「なるほど」
「まったく!どこのバカよ!学園に言いつけてやるんだから!」
人任せの威勢のいいことを言いながら、リリーナの声は絶対に外に漏れない大きさだ。
俺は同僚の恋バナで盛り上がっている陽キャ魔術師たちに声を掛けて、無駄に横幅があるレゾィフィグカ教授が通れるように道を開けてもらった。
会場はホテルの宴会場のはずだが、魔術で空間を広げていて高いステージから階段状に豪華な座席が並んだホールになっていた。
レゾィフィグカ教授は怒っていたはずなのに意外と冷静で、誰からも見えなさそうな一番端の方の席に向かう。
「一番前の席で発表者を威嚇したりしないのか?」
「そ、そんな性格の悪いことしないわよ!緊張しちゃったら可哀想でしょ」
根はいい子のリリーナはそういって、広がるフードをまとめて座席にちょこんと腰掛けた。
リリーナが魔術師相手にキレる所も見てみたいと思っていたが、本人にそのつもりがないなら諦めようとリリーナの隣に大人しく座った。
俺の隣の空いていた席に誰か座ったと思ったら、そいつは俺のローブをくいくいと引っ張って来る。
誰かと思って横を見ると、ニーアだった。
「ニーア、何しに来たんだ?」
「レゾィフィグカ教授が怒って飛び出して行ったって聞いて、心配で来たんです」
ニーアが言うように、レゾィフィグカ教授は今朝、今日の集会のプログラムが発表されると養成校から勇者の事務所に飛び込んできた。そして、昼寝をしている俺は、有無を言わさずに引き摺って連れて来られた。
怒りで我を忘れているのかと思ったが、残念なことに人見知りで連れを準備することだけは忘れていなかったらしい。
「勇者様がいるなら、ニーアは来なくても大丈夫でしたね」
移動魔術も危ういニーアがこんな所までどうやって来たんだ、と尋ねようとすると、ニーアの横で眠そうにしているカルムに気付く。
カルムは、いつも通り事務所のクラウィスの部屋で昼寝をしていたはずだ。
「事務所にいたので、カルムさんに連れて来てもらいました」
軍事魔術師を足にするとは、ニーアも大したものだ。
しかし、体育会系でコミュ力オバケのニーアがいるならリリーナも安心だろう。俺は戻って昼寝を再開させよう。
カルムもそう考えたらしく、席を立って会場を出ようとしたが、リリーナとニーアに揃って2人で首根っこを掴まれた。
「待ってください。こんな魔術師だらけのところに、ニーア1人にしないでくださいよ!」
「あんたたちもちゃんと聞きなさい!あたしの代わりに質問しなさいよ!」
俺は抵抗を続けようとしたが、カルムはすぐに諦めて座り直して懐から煙草を出して火を付ける。
こういう会場は禁煙じゃないかと思ったが、魔術で作った会場は換気が上手くできているらしい。喫煙所に行くついでに逃げるのは無理そうだから、俺も大人しく席に座った。
普通だったら交通の便が悪過ぎて早々に廃墟になるであろうその場所で、魔術師の集会が開催されている。
字面だけ見ると、大鍋を囲んでサバトでも始まりそうだが、実態は真面目な魔術発表会だ。
孤独主義のコミュ障が多いのに、何だかんだ言いつつも国外に出ると同種同士でつるみたくなるらしい。今日もヴィルドルク国内にいるアムジュネマニス出身の魔術師たちが集まっていた。
ただ、参加費を払えば魔術を学ぶ者なら誰でも参加できる学会だ。
本場の魔術師が集まるだけあってレベルが高く、勇者養成校の生徒が力試しに発表に参加し、ぐうの音も出ない程やり込められて泣きながら逃げて来るという話を聞いたことがある。
俺は養成校に在学中、魔術教師に単位を人質に取られて小さな学会の手伝いに駆り出されたことはあったが、ちゃんと聴講するのは始めてだ。
しかし、今日の俺は参加費を払っていない。
レゾィフィグカ教授の付き添いで、郷に入っては郷に従えということで勇者のマントではなくモベドスに在学した時にお土産に買った魔術師のローブを着て来た。
受付を通ったレゾィフィグカ教授は、枯れ木のような長身を薄汚れたローブで覆っていて、幽霊のように足音も立てずに会場を進んでいた。
お化け屋敷からそのまま出てきたような風貌で、夜道で会ったら死を覚悟する相手だ。しかし、魔術師だらけのこの会場ではこの程度の怪人は珍しくないらしく、レゾィフィグカ教授の前で談笑している魔術師の陽キャ集団は道を開けない。
退いてくださいと声を掛けることもできずに、レゾィフィグカ教授は立ち尽くしていた。
「嫌なら来なくてもよかったんじゃないか?」
レゾィフィグカ教授の深く被ったフードの下を覗いて話しかけてみる。
この中身がどういう仕組みになっているのかわからないが、顔は見えないもののいつものリリーナの声が聞こえて来た。
「だって、あたしの術式が否定されてるのよ。来ないわけには行かないでしょ!」
「新しい魔術が構築されて前例が覆されるのはいつものことだろう」
「そりゃあ、完璧な理論で新しいものが構築されたなら納得できるわ。でも、穴だらけでボロボロなのよ。あたしの式を半分も理解できていないの、許せるわけないでしょ!」
「なるほど」
「まったく!どこのバカよ!学園に言いつけてやるんだから!」
人任せの威勢のいいことを言いながら、リリーナの声は絶対に外に漏れない大きさだ。
俺は同僚の恋バナで盛り上がっている陽キャ魔術師たちに声を掛けて、無駄に横幅があるレゾィフィグカ教授が通れるように道を開けてもらった。
会場はホテルの宴会場のはずだが、魔術で空間を広げていて高いステージから階段状に豪華な座席が並んだホールになっていた。
レゾィフィグカ教授は怒っていたはずなのに意外と冷静で、誰からも見えなさそうな一番端の方の席に向かう。
「一番前の席で発表者を威嚇したりしないのか?」
「そ、そんな性格の悪いことしないわよ!緊張しちゃったら可哀想でしょ」
根はいい子のリリーナはそういって、広がるフードをまとめて座席にちょこんと腰掛けた。
リリーナが魔術師相手にキレる所も見てみたいと思っていたが、本人にそのつもりがないなら諦めようとリリーナの隣に大人しく座った。
俺の隣の空いていた席に誰か座ったと思ったら、そいつは俺のローブをくいくいと引っ張って来る。
誰かと思って横を見ると、ニーアだった。
「ニーア、何しに来たんだ?」
「レゾィフィグカ教授が怒って飛び出して行ったって聞いて、心配で来たんです」
ニーアが言うように、レゾィフィグカ教授は今朝、今日の集会のプログラムが発表されると養成校から勇者の事務所に飛び込んできた。そして、昼寝をしている俺は、有無を言わさずに引き摺って連れて来られた。
怒りで我を忘れているのかと思ったが、残念なことに人見知りで連れを準備することだけは忘れていなかったらしい。
「勇者様がいるなら、ニーアは来なくても大丈夫でしたね」
移動魔術も危ういニーアがこんな所までどうやって来たんだ、と尋ねようとすると、ニーアの横で眠そうにしているカルムに気付く。
カルムは、いつも通り事務所のクラウィスの部屋で昼寝をしていたはずだ。
「事務所にいたので、カルムさんに連れて来てもらいました」
軍事魔術師を足にするとは、ニーアも大したものだ。
しかし、体育会系でコミュ力オバケのニーアがいるならリリーナも安心だろう。俺は戻って昼寝を再開させよう。
カルムもそう考えたらしく、席を立って会場を出ようとしたが、リリーナとニーアに揃って2人で首根っこを掴まれた。
「待ってください。こんな魔術師だらけのところに、ニーア1人にしないでくださいよ!」
「あんたたちもちゃんと聞きなさい!あたしの代わりに質問しなさいよ!」
俺は抵抗を続けようとしたが、カルムはすぐに諦めて座り直して懐から煙草を出して火を付ける。
こういう会場は禁煙じゃないかと思ったが、魔術で作った会場は換気が上手くできているらしい。喫煙所に行くついでに逃げるのは無理そうだから、俺も大人しく席に座った。
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