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第33話 勇者、学会に参加する

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 リリーナを主人公にした政略結婚もののドキドキ恋愛編が始まるのかと期待したが、ちょうどいいタイミングで酒を飲み過ぎたカルムが倒れて一時解散となった。

「リリーナさん、魔術師のお家の当主っていうのは、そう簡単に返したり貸したりできるものなんですか?」

「そうよ。その血筋の中で一番優秀な魔術師ならどんなに血が薄くても当主になれるの」

 男子トイレの前でニーアとリリーナが並んで話している。
 デリカシーがない奴らだなと思いつつ、カルムの介抱が一段落付いてトイレから戻って話に参加した。

「それなら、リリーナのはとこっていうあいつが当主になるっていうのもあり得るのか」

「能力が見合えばね。当主ってコロコロ変わるのよ。だから、当主になるのも大変だけど、当主で居続けるのもすごい大変なんだって」

 現当主の娘でありながら継ぐ気はないのか、リリーナは他人事のように言った。
 オーナーは学園で派手な放火事件を起こして国を追放された。
 しかし、一族の中で最も優秀な魔術師であることは不本意ながら一族全員が認めている。だから、国外に出て片田舎のホテルのオーナーをしている今でも、『剣士』の当主の座を維持し続けているらしい。

「でも、あの人、リリーナさんが好きで結婚したいだけじゃないですかね。そうだったらどうします?」

「えぁ?!そ、それは……その……」

 ニーアが話を180度変えて変化球を投げてくる。どこまで本気なの分からないが、ニーアは至って真面目な顔をしていた。
 これでいて色恋事に耐性のないリリーナは、ぼっと顔を赤くしてあわあわと口を震わせている。
 あまり関わり合いになりたくない話題だが、可哀想だから俺は助け船を出した。

「ニーア、それはないだろう」

「でも、よく見てください、勇者様。リリーナさんって美人なんですよ」

 ニーアは、ずいっとリリーナを俺の前に押し出して来た。リリーナは満更でもなさそうな顔をしている。
 リリーナは顔だけ見れば美人だが、酷い引き籠りだし食い意地は張っているし、俺の背中を枕にして涎を垂らして寝ているし、あんまりそういう視点で見たことがなかった。

「そうか、全然気付かなかった」

「このっ、ばかー!!」

 俺はリリーナに殴られる前に、男子トイレの中に逃げ込んだ。
 さっきから引き続き便器にもたれて動かなくなっているカルムの背中を摩る。
 前世では、俺だってそんなに酒が強くないのに下手に理性があるせいで潰れきれず、酔っ払いの介抱を引き受けることが多かった。
 ニーアを筆頭に酒豪ばかりいるホーリアにいて自信を失っていたが、俺は平均的なアルコール分解酵素を持つ真人間だ。

「全部出したか?」

 カルムは「もう嫌だ」と泣きながら呟いた。すっかり酔いが覚めたカルムは、いつもの梅雨時のナメクジのような鬱々とした雰囲気に戻っている。

「大丈夫だ。こういう飲み会は飲み過ぎて吐くまでがセットだろう」

「死にたい……」

「わかる。でも、そういう難しいことはトイレで考えない方がいい」

 このまま放置しておくのも可哀想だから、俺はカルムの手を引いてトイレを出た。
 ニーアとリリーナは引き続きトイレの前で話しているが、内容が恋バナに変わっている。

「ど、どうせあたしと結婚して当主の息子になれば次の当主になれると思ってるのよ。そんなに甘くないわ」

「そうですか?でも、結婚なんて簡単に言いますかね?」

 俺の常識でははとこ同士は結婚ができるし、魔術師の家系では魔力の血統を外に出さないように近親者で結婚することが多いと聞いたことがある。
 俺は聞き耳を立てながら話には参加しないように、べそべそと泣いているカルムの介抱を続けていた。
 こういう時のカルムはハーブを吸えば落ち着くが、アル中かつ薬中のカルムがハーブに頼り過ぎるのも体に悪いし、早く事務所に戻って寝かせてしまおう。
 盛り上がって来た2人を置いて退散しようとしたが、リリーナのはとこだという魔術師が勿体ぶった動きで廊下の角から姿を現した。

「この僕をいつまで待たせるつもりだ、リングベリー」

 楽しく話をしていたリリーナとニーアは、彼を待たせていたことを思い出してぴたりと話を止める。

「……あたしのレゾィフィグカ教授は?」

 リリーナにそっと小声で尋ねられて、あの役に立たないハリボテの老人は事務所に戻したと答える。
 しかし、今更レゾィフィグカ教授の姿に変わってももう逃げられないだろうに、一体どうするつもりだ。

「あのね、ソルダム。あたしに当主の話をされてもどうしようもないわ」

「ソルダムは姉の子どもで、僕はヨルガだ」

「そ、そうだっけ?ごめん……」

 リリーナは名前を間違えたことを一応謝罪したが、久々にあった遠い親戚のことなんて覚えているわけないでしょ、とでも言いたげな顔をしている。
 ヨルガは、リリーナが自分のことを全然覚えていないことをそろそろ察したらしく、元々険悪だった空気が傍から見ても分かるくらい刺々しいものになっていた。

「今の当主は長女は水商売に堕ちて、次女は自殺だろう。正当な血筋は健全な家に任せるべきだ。この僕を迎え入れることを光栄に思え」

 姉2人を悪く言われて、リリーナの堪忍袋の緒がブチリと切れた音が聞こえた気がした。
 ヨルガを完全に敵とみなしたらしく、おどおどした引き籠りから売られたケンカを買う魔術師になっていた。

「ごめんなさい。あたし、この人と結婚することが決まってるの」

 リリーナはヨルガを睨み付けたまま適当に手を伸ばしてそこにいた相手を引き寄せる。
 もしもニーアがいたらニーアが採用されただろうが、不幸にもリリーナの腕の先でぼーっと突っ立っていたのが俺だったから、婚約者役には俺が決まった。

「もう親同士の挨拶も済ませてるのよ。当主を継がせることも父は納得してる。あなたの出る幕はないの」

「こいつが……?こいつ、魔術師じゃないだろう」

 ヨルガにジロジロを見られて、展開に付いて行けない俺は黙っていた。
 俺は勇者なんだから結婚の相手に不足は無いだろう。一般人なら裸足で逃げ出すような地位の高さだ。
 しかし、相手は一般人ではなく魔術師である。勇者の肩書など何の力も持たないから、俺も一端の魔術師のフリをするべきか。

「こいつ、ホーリアの勇者か?」

 笑えるほど最速でバレた。俺は魔術師の間でそんなに有名になってしまったのだろうか。
 ゼロ番街で問題を起こしたり、アムジュネマニスで騒いだり、真面目な勇者ではないと自覚していたが悪名で顔が広いとこういう時に困る。
 あまりに役者不足だから婚約者役を下りようとしたが、リリーナは負けていなかった。

「だから何よ。あんたに関係ないでしょ」

「勇者なんて、そんな野蛮な人殺しを血筋に入れていいと思ってるのか?」

「当主がいいって言ってるの。黙ってなさいよ」

「一族の恥だ。だから早く当主を辞めろと父が言っていたのに……!」

「あんたの父が何?当主でもない普通の分家でしょ」

 俺はケンカを始めた2人の真ん中にいるのが疲れて来た。
 横を見ると静かになったニーアが何か考え事をしている。俺は2人の間を抜け出してニーアの横に避難した。

「ニーア」

「……え?あ、はいっ!何ですか?」

「この状況をノーラに教えたら面白いことになるって考えていただろう」

「そ、そんなっ、そんな事、考えるわけないじゃないですか。勇者様、人の思考を読まないでくださいよ!」

 何か真剣に考えていると思ったが、どうやら正解だったらしい。
 ノーラは大人しそうに見えて情熱的な子だ。交際を前提に文通をしている俺が別の女と婚約していたら、留学を切り上げて帰国して来るだろう。
 魔術師の繋がりでノーラに知られないといいな、と考えつつ俺はリリーナとヨルガのケンカを眺めていた。
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