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第33話 勇者、学会に参加する

~3~

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 楽しい学会が終わると、階段状のホールが一瞬にして豪華絢爛なパーティー会場になる。研究者たちの交流会だが、それほど形式ばったものでもないから、素人のニーアがちょろちょろと魔術師たちの高度な話に首を突っ込んでいる。

「へー……よくわからないですけど、凄いですね!」

 酒の匂いで完全に目を覚ましたニーアは、魔術師同士の話を半分も理解できていないだろうに目をキラキラさせている。そんなニーアに、魔術師たちも満更ではなさそうだった。
 コミュニケーション能力とは、後付けの知識や場当たり的な話題作りではなく天性のものなのだとつくづく思い知らされる。
 対して、この会場で主役にもなれるはずのレゾィフィグカ教授は、人がいない方を進んでいたらいつの間にか会場の中ほどに押し寄られてしまったらしく、どこにも逃げられずに動けなくなっていた。
 リリーナの代わりに質問をしたカルムにボコボコにされた後輩を慰めてから、俺はリリーナを助けに向かった。

「リリーナ、大丈夫か?」

 いくらレゾィフィグカ教授の姿をしているとはいえ、極度の人見知りのリリーナがこんなパーティーに参加するのは無理がある。思った通り、古びたローブの下からえぐえぐと泣き声が聞こえていた。

「始まる前に出ればよかったのに」

「なによぉ……!あ、あたしだって、ちゃんと教授なんだから!こんな所、怖くないわよ!」

 中身が泣いていても、レゾィフィグカ教授は見た目は威厳ある教授だ。会場の真ん中に佇んでいると、若い者が話しかけて来るのを待っているように見える。

「これはこれは、レゾィフィグカ教授。先日掲載された論文、拝読しましたよ!」

 酒の臭いを漂わせている中年の魔術師が近付いて来て、馴れ馴れしくレゾィフィグカ教授の肩を叩いた。
 ここは俺が止めた方がいいのか、と考えつつ、リリーナが教授として参加しているなら余所者の俺が間に入るのも邪魔だろうからどうしたものかと眺めていた。
 レゾィフィグカ教授は中身が泣いているのにも関わらず、表情を見せないまま無愛想に応える。

「どうも。貴殿に理解できたか疑わしいが」

「聞くところによると、学園が軍事魔術としてすぐに買い取ったとか。実際、相当高く売れたのでは?」

 ぐいぐいと無遠慮に肘で押されて、レゾィフィグカ教授は我慢の限界が来たのかその魔術師を振り払った。
 枯れ枝のような細腕だが、魔術で操っているだけあって力は充分で魔術師はよろけてテーブルにぶつかる。

「無礼者が!魔術の価値を金貨の数でしか測れないのか!」

 レゾィフィグカ教授はそう吐き捨てると、ローブを翻してその場から立ち去った。
 そして、本来の定位置である壁際に来ると、ほっとした様子で壁を背にして動かなくなる。

「リリーナ、偉いな」

「そ、そうよ!いくらで売れたかなんて関係無いわ。構築する過程が大切なのよ」

 リリーナの中から震える声が聞こえて来るから、本当はビビッて泣き出す寸前
 そうじゃなくて、自分の考えをちゃんと言えるところが偉いと思ったのだが、どちらにしてもリリーナが頑張ったのは確かだ。今ので半年分くらいのコミュニケーションを取ったのではないだろうか。

「レゾィフィグカ教授」

 次に話しかけて来たのは、レゾィフィグカ教授と同い年くらいの老人の魔術師だった。
 歳のせいか手足がぷるぷると震えて杖を突いていたが、穏やかな笑顔を見せつつも土下座をしても単位をくれなさそうな学者然とした雰囲気が漂っていた。

「以前にお話した学生の共同研究の件、考えていただけましたか?是非、レゾィフィグカ教授の御力を貸していただけると有難いのですが」

「……」

「……レゾィフィグカ教授?」

 悪意がありそうな相手ではないのに、レゾィフィグカ教授は黙りこくっている。
 どうしたのかと様子を見ると、ローブの裾からぽとりぽとりと黒い小さなネズミが落ちている。点々と落ちているネズミを辿って見ると、その先のテーブルでいつもの白いワンピース姿のリリーナがデザートを選んでいた。
 片手には酒が回って役に立たなくなっているカルムを握っているが、すっかり油断していつもは隠している尻尾がひょんひょんと揺れている。

「……レゾィフィグカ教授はご高齢のため、この辺りで失礼します」

 俺は「すまぬが、その話はまた今度」とレゾィフィグカ教授の口調を真似て答え、移動魔術でレゾィフィグカ教授のハリボテを事務所に送り返した。
 何故俺がリリーナの腹話術の後始末をしないといけないんだ。
 しかし、リリーナは頑張ったことだし、尻尾も隠しておいてやろう。
 そう思って俺がリリーナに近付く前に、誰かがネズミに気付かずに踏み潰した。
 魔術の塊であるネズミは、潰れても黒い靄になって消える。大量にいる分身の1匹が消えても痛みはないらしく、リリーナは尻尾を揺らして大皿のケーキを食べるのに忙しそうだった。
 ネズミを潰した男は、ぽつぽつと落ちているネズミを辿って終着点にいるリリーナを見て顔色を変える。

「この尻尾は、リングベリーか!」

 怒鳴り付けるように言うと、男はリリーナの尻尾をガシリと掴んだ。
 みぎゃあああと会場にリリーナの叫び声が響いて会場は一瞬静かになったが、魔術師が奇声を上げるのは珍しいことでもないらしく、すぐに各々の談笑に戻る。
 リリーナはカルムを盾にして逃げようとしたが、男はカルムを押し退けてリリーナの尻尾を離さない。
 男は身なりは整っていて、他の魔術師と同じ様にローブを着ていたが一目で上質なものだとわかった。歳もリリーナと同じくらいで、顔もそう悪くないしまともな青年に見える。
 しかし、いくら魔術で生えている尻尾とはいえ、勝手に人の体の一部を掴むとはあまり礼儀正しい人間ではないようだ。
 リリーナの叫び声を聞いて、魔術師と飲み比べをしていたニーアもグラスを片手に持ったまま駆けつけて来た。助けに入ろうとしたが、魔術師たちの険悪な雰囲気に戸惑って俺の隣で立ち止まる。

「勇者様、あの人誰ですか?」

「知らない魔術師だ。尻尾フェチか?」

「リリーナさんの敏感な尻尾を狙うなんて、卑怯ですね……!でも、獣人じゃなくて人間に尻尾が生えてるのがいいんですかね?」

「さぁ、世の中には色んな趣味嗜好の人がいるからな」

 俺とニーアが好きに話していると、リリーナはその男の正体に気付いたのか息を飲んだ。

「あなたは……!」

「……」

「……」

 その後に名前を言う流れだろうと思って待っていたのに、リリーナは口を開けたまま固まっている。
 俺は空気を読んで黙っていたが、先に耐えられなくなったニーアがリリーナに呼びかける。

「リリーナさん、誰なんですか?」

「……待って、ここまで出て来ているんだけど……」

 リリーナがヘソの辺りを示して言った。その辺りまでしか出て来ていないなら、このまま待っても出て来ないだろう。
 男はイライラと握ったままのリリーナの尻尾を引っ張る。

「君は、忘れたのか!?僕の母の父の妹の子がお前の父親だ!」

「え……?も、もう一回言って……」

「だから、お前の父親の母親の兄が僕の祖父だ」

「え……」

 もう一度言ってもらっても理解できないリリーナは、話が見えなくて泣きそうな顔をしている。
 俺も自分に身内が誰もいないから、そういう親族関係がぱっと出て来ない。ニーアも難しい顔をしていたが、手帳に家系図を書いて整理してから俺に見せてくれる。

「つまり、リリーナさんのはとこですね」

「なるほど……」

 これが生き別れの兄とかだったら盛り上がったけれど、そんなに遠い親族なら名前が出て来なくても当然だ。
 よくもそんな他人のような間柄で、人の尻尾を鷲掴みに出来たものだ。
 しかし、男は至極真面目な顔でリリーナを見つめていた。髪の色はリリーナと違って明るい茶色だったが、水溜りのような薄青の瞳はリリーナに似ていた。

「君の父が持ち逃げした当主の座を返してもらおう」

「そ、そんなの、あたしに言われても……」

 リリーナはもごもごと言って逃げ出そうとしたが、尻尾を掴まれたままで動けない。
 泣きそうな顔をしているリリーナに媚びることなく、男はリリーナによく似た瞳で睨み付けていた。

「断ると言うならば、僕と結婚してもらおうか」
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