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第35話 勇者、日常に戻る
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国内は統治完了に浮かれてお祭りモードだったが、俺には色々と後処理が残っている。
国への報告書をまとめたり、あるいは直接事務室に赴いて話をしたり。養成校でも生徒や教師が仕事に追われていて、通常授業に戻るのはまだ暫く先になるらしい。
そして俺は、公園のベンチで老人たちとボードゲームに勤しんでいた。
やることがない隠居老人と一緒に遊ぶのが趣味なわけではない。
先日、街を歩いていたら偶然フォッグが歩いているのを見つけてしまった。
フォッグは役所の前の花壇を勝手に喫煙所にしているから度々見かけるが、仕事をしているのか、どこに住んでいるのか、実態は謎に包まれている。
もしも本当に住所不定の路上生活者だとしたら、俺はこの街の勇者として適切な行政支援に繋がないといけないのでは。
そう考えてフォッグの後に着いて行くと、7thストリートの奥に行き付いた。
7thストリートは日用品や食料品を売っている店が並んでいるが、観光客向けで値段が高いから滅多に立ち寄らない。
そんな商店街を通り過ぎて行くと、奥は住宅街になっていた。年季が入っているものの観光名所になるほどでもない、普通の民家が並んでいる。
ホーリアは古い街だが、観光地化するために作り替えたりゼロ番街が出来たりして、住宅地は大きく変わっている。フォッグを含めて古くからホーリアに住んでいた人間は、開発によって元の住処から7thストリートの奥に引っ越して来たらしい。
観光客が絶対に立ち寄らなさそうな砂場と滑り台しかない公園のベンチで老人たちがボードゲームをしていて、眺めていたら俺も参加していた。
後で聞いた話だが、フォッグは国際大会で優勝経験のあるプロらしい。つまり、ハンデを貰ってゲームを始めた俺が今ここで窮地に立たされているのも仕方のないことである。
「最近見ないが、あの市の職員だった子はどうした?」
俺がいつまでも次の手を差さないのを見て、フォッグが尋ねてくる。
お茶に菓子まで出てきて随分歓迎されていると思ったら、この老人たちはニーアのことが気になっていて俺から聞き出したかったようだ。
「ニーア、は、」
俺は次の手を考えているふりをして、答えを止めた。
養成校では、退学や休学を希望する生徒が出ていた。実際の勇者の仕事を体験して考えを変えた新入生達だろう。
まだまともに学んでいないのに、いきなり実戦に放り出されたら無理もない。そんな生徒たちに配慮して、退学希望者もとりあえず休学扱いにしているらしい。授業再開を未定にしているのもそのためだと聞いている。
ニーアも、事務所に実習に来ないということは、休学か退学を希望しているということだろう。
ニーアとはあれ以来、顔を合わせていない。
家にも帰っていない様子だし、ルークに聞けばどこにいるか教えてくれるだろうが、単なる実習先の先輩が居場所を突き止めて押し掛けて来るのも変な話だ。
慰めの言葉も思い付かないし、そもそも慰めるべきなのかもわからないのに、先輩面をして訪ねるのも邪魔になるだけだ。
しかし、養成校に入学する時も俺には話さずに決めていたし、ニーアにとって俺は相談相手にはならないのかもしれない。
「あんな尻の青いガキを戦争に行かせるなんてこの国はどうかしている」
「ニーアはこの街の勇者が役に立たないからずっと頑張って来ただろう。立派じゃないか」
この街の勇者の目の前で正直な老人達だと思いつつ、いつものことだから無視をする。
ゲームの方に意識を戻してフォッグの攻略方法を考えていると、背中をげしりと蹴られた。
仕事をサボっている俺を、いつものようにニーアが咎めに来たのか。そう思って振り返ったが、背後にいたのはゼロ番街の黒服のクヴァレだった。
考えてみれば、ニーアは俺を殴ってくるが足蹴にはしてこない。
「昼間から何をしてるんだ」
ニーアじゃないならいいか、と俺は盤上に目を戻した。
クヴァレはこれといって悪いヤツではないが、平均的なゼロ番街の魔術師で勇者をそれなりに馬鹿にしている。
あと、クヴァレが勤めている店でウラガノがツケを溜めていて、俺にまで請求が来ているからあまり顔を見たくない。
「取り込み中だ」
「随分忙しそうだな」
「ああ、近年稀に見る繁忙期だ」
そう言って背中を向けていればいなくなるかと思ったのに、クヴァレは立ち去らない。
それに、俺に用事があるにしても魔術師がテリトリーでもない7thストリートまで来るなんて滅多にないことだ。
「任せたい仕事がある。貴様にしか頼めないんだ。なんとか来てくれないか?」
しかも、魔術師にしては珍しく下手に出てくる。魔術師でも解決できない問題が発生したらしい。
俺はどうやら敗北が決まっていたらしいゲームを無かったことにして、業務に戻ることにした。
+++++
旧オルトー連合国民か、それに味方する人間が暴動でも起こしているのか。
そんな想定をしていたが、向かったのは3番街の裏路地だった。
呑み屋が建ち並ぶ通りの中でも取り分けディープな場所で、酔い潰れた人間相手にスリや強盗の素人が盗みを勉強するから素人通りと地元の人間は呼んでいる。
その一角で、酔っ払いの見本のようにカルムが街灯にしがみ付いていた。クヴァレが襟首を掴んで引っ張るが、がっしりと掴んだ街灯を離そうとしない。
「いい加減帰るぞ」
「やだーー!!!」
「と、いうことで後は頼む」
依頼は済んだとでもいうようにさっさと立ち去ろうとするクヴァレを慌てて止める。
幸運にも真昼間だけあって人は少ないが、面倒な酔っ払いと一緒にいる所なんて知り合いに絶対に見られたくない。
「昼間から何をしてるんだ」
「勇者と違って我々は多忙なんだ。昼夜問わず働いているからな」
「働いていたのか。朝から飲んで酔い潰れているようにしか見えないが」
クヴァレの話によると、今回の功績を整理するために戦争に参加した魔術師たちが集まって会合をしていた。
地図を広げて、自分の魔術がどこまで効果があったのかを区分けする。
とはいえ、命のやり取りをしている最中にそこまで詳細には把握していないから、大よそで按分して互いに話を付けるのが通常のやり方だ。
しかし、カルムは番地から各家々が載っている縮尺が違う地図を広げて、通りの一本も住民の一人も譲らずに仕分けようとしてきた。地球儀をくるくる回している所にGoogleマップを立ち上げて来たようなものだ。
他の魔術師たちがそれは無理だと言っても受け入れず、話が進まず酒ばかり進んで今に至る、ということらしい。
「俺は魔術師でもゼロ番街のスタッフでもないんだが」
「誰のお陰でこの国が勝てたと思っている。こういう所で少しくらい我々に貢献しろ」
「そもそも魔術師ならゼロ番街で飲めばいいだろう」
「職場で酔えるか。大勢死んだのに」
当のクヴァレは気にしていない様子でさらりと言ったのに、俺は傷付いたような顔をしてしまった。
クヴァレが言葉を止めたのを良いことに、知ってる奴が一人、と言ってしまってから後悔した。
クヴァレの方こそ、同じ職場で働いていた魔術師だ。
俺よりも黒猫を知っていたはずだし、それ以外の大勢の魔術師たちとも、友人だった奴がいるかもしれないのに。
「ロザリィか。あいつは防御魔術の解除を一手ミスをした。経験不足が仇になったな。体はバラバラになったが、私が近くにいたから復元できた。既に15柱の元に送っている」
クヴァレは悲しみも込めずに淡々と彼女の死に様を語る。しかし、魔術師が何人も死ぬ、一瞬も気を緩められない戦場で、吹き飛んだ身体を元に戻す魔術をかけるのは命懸けだっただろう。
礼を言う立場でもないから、せめて今頼まれた仕事をしようと変わらず街灯にしがみ付いているカルムに近付いた。
移動魔術で取りあえず事務所に送ってしまおう。そう考えて術を掛けたが、ぱちん、と音がして解除される。
前後不覚に酔い潰れていても、この程度の術式を解除することなど反射的に出来るらしい。
それならもっと複雑な術をかければいい。と、術式を構築していると、カルムの腕の防御魔術が青く光りだす。
簡単な魔術だと解除されて、複雑な魔術だと防御魔術が自動で発動して大惨事になる。
会合に参加していた魔術師たちが見捨てて行く訳だ。唯一残ったクヴァレが、嫌々ながら勇者の俺に頼みに来た理由がわかった。
でも、そこまでカルムのことを気に掛けるくらい優しさがあるのならば、魔術など使わずに背負って連れ帰ればいいのではないか。
「では、任せた」
俺がそれを提案する前に、クヴァレは俺の肩を叩いて「ツケの支払いは待ってやる」とトドメを刺してから移動魔術で姿を消した。
国への報告書をまとめたり、あるいは直接事務室に赴いて話をしたり。養成校でも生徒や教師が仕事に追われていて、通常授業に戻るのはまだ暫く先になるらしい。
そして俺は、公園のベンチで老人たちとボードゲームに勤しんでいた。
やることがない隠居老人と一緒に遊ぶのが趣味なわけではない。
先日、街を歩いていたら偶然フォッグが歩いているのを見つけてしまった。
フォッグは役所の前の花壇を勝手に喫煙所にしているから度々見かけるが、仕事をしているのか、どこに住んでいるのか、実態は謎に包まれている。
もしも本当に住所不定の路上生活者だとしたら、俺はこの街の勇者として適切な行政支援に繋がないといけないのでは。
そう考えてフォッグの後に着いて行くと、7thストリートの奥に行き付いた。
7thストリートは日用品や食料品を売っている店が並んでいるが、観光客向けで値段が高いから滅多に立ち寄らない。
そんな商店街を通り過ぎて行くと、奥は住宅街になっていた。年季が入っているものの観光名所になるほどでもない、普通の民家が並んでいる。
ホーリアは古い街だが、観光地化するために作り替えたりゼロ番街が出来たりして、住宅地は大きく変わっている。フォッグを含めて古くからホーリアに住んでいた人間は、開発によって元の住処から7thストリートの奥に引っ越して来たらしい。
観光客が絶対に立ち寄らなさそうな砂場と滑り台しかない公園のベンチで老人たちがボードゲームをしていて、眺めていたら俺も参加していた。
後で聞いた話だが、フォッグは国際大会で優勝経験のあるプロらしい。つまり、ハンデを貰ってゲームを始めた俺が今ここで窮地に立たされているのも仕方のないことである。
「最近見ないが、あの市の職員だった子はどうした?」
俺がいつまでも次の手を差さないのを見て、フォッグが尋ねてくる。
お茶に菓子まで出てきて随分歓迎されていると思ったら、この老人たちはニーアのことが気になっていて俺から聞き出したかったようだ。
「ニーア、は、」
俺は次の手を考えているふりをして、答えを止めた。
養成校では、退学や休学を希望する生徒が出ていた。実際の勇者の仕事を体験して考えを変えた新入生達だろう。
まだまともに学んでいないのに、いきなり実戦に放り出されたら無理もない。そんな生徒たちに配慮して、退学希望者もとりあえず休学扱いにしているらしい。授業再開を未定にしているのもそのためだと聞いている。
ニーアも、事務所に実習に来ないということは、休学か退学を希望しているということだろう。
ニーアとはあれ以来、顔を合わせていない。
家にも帰っていない様子だし、ルークに聞けばどこにいるか教えてくれるだろうが、単なる実習先の先輩が居場所を突き止めて押し掛けて来るのも変な話だ。
慰めの言葉も思い付かないし、そもそも慰めるべきなのかもわからないのに、先輩面をして訪ねるのも邪魔になるだけだ。
しかし、養成校に入学する時も俺には話さずに決めていたし、ニーアにとって俺は相談相手にはならないのかもしれない。
「あんな尻の青いガキを戦争に行かせるなんてこの国はどうかしている」
「ニーアはこの街の勇者が役に立たないからずっと頑張って来ただろう。立派じゃないか」
この街の勇者の目の前で正直な老人達だと思いつつ、いつものことだから無視をする。
ゲームの方に意識を戻してフォッグの攻略方法を考えていると、背中をげしりと蹴られた。
仕事をサボっている俺を、いつものようにニーアが咎めに来たのか。そう思って振り返ったが、背後にいたのはゼロ番街の黒服のクヴァレだった。
考えてみれば、ニーアは俺を殴ってくるが足蹴にはしてこない。
「昼間から何をしてるんだ」
ニーアじゃないならいいか、と俺は盤上に目を戻した。
クヴァレはこれといって悪いヤツではないが、平均的なゼロ番街の魔術師で勇者をそれなりに馬鹿にしている。
あと、クヴァレが勤めている店でウラガノがツケを溜めていて、俺にまで請求が来ているからあまり顔を見たくない。
「取り込み中だ」
「随分忙しそうだな」
「ああ、近年稀に見る繁忙期だ」
そう言って背中を向けていればいなくなるかと思ったのに、クヴァレは立ち去らない。
それに、俺に用事があるにしても魔術師がテリトリーでもない7thストリートまで来るなんて滅多にないことだ。
「任せたい仕事がある。貴様にしか頼めないんだ。なんとか来てくれないか?」
しかも、魔術師にしては珍しく下手に出てくる。魔術師でも解決できない問題が発生したらしい。
俺はどうやら敗北が決まっていたらしいゲームを無かったことにして、業務に戻ることにした。
+++++
旧オルトー連合国民か、それに味方する人間が暴動でも起こしているのか。
そんな想定をしていたが、向かったのは3番街の裏路地だった。
呑み屋が建ち並ぶ通りの中でも取り分けディープな場所で、酔い潰れた人間相手にスリや強盗の素人が盗みを勉強するから素人通りと地元の人間は呼んでいる。
その一角で、酔っ払いの見本のようにカルムが街灯にしがみ付いていた。クヴァレが襟首を掴んで引っ張るが、がっしりと掴んだ街灯を離そうとしない。
「いい加減帰るぞ」
「やだーー!!!」
「と、いうことで後は頼む」
依頼は済んだとでもいうようにさっさと立ち去ろうとするクヴァレを慌てて止める。
幸運にも真昼間だけあって人は少ないが、面倒な酔っ払いと一緒にいる所なんて知り合いに絶対に見られたくない。
「昼間から何をしてるんだ」
「勇者と違って我々は多忙なんだ。昼夜問わず働いているからな」
「働いていたのか。朝から飲んで酔い潰れているようにしか見えないが」
クヴァレの話によると、今回の功績を整理するために戦争に参加した魔術師たちが集まって会合をしていた。
地図を広げて、自分の魔術がどこまで効果があったのかを区分けする。
とはいえ、命のやり取りをしている最中にそこまで詳細には把握していないから、大よそで按分して互いに話を付けるのが通常のやり方だ。
しかし、カルムは番地から各家々が載っている縮尺が違う地図を広げて、通りの一本も住民の一人も譲らずに仕分けようとしてきた。地球儀をくるくる回している所にGoogleマップを立ち上げて来たようなものだ。
他の魔術師たちがそれは無理だと言っても受け入れず、話が進まず酒ばかり進んで今に至る、ということらしい。
「俺は魔術師でもゼロ番街のスタッフでもないんだが」
「誰のお陰でこの国が勝てたと思っている。こういう所で少しくらい我々に貢献しろ」
「そもそも魔術師ならゼロ番街で飲めばいいだろう」
「職場で酔えるか。大勢死んだのに」
当のクヴァレは気にしていない様子でさらりと言ったのに、俺は傷付いたような顔をしてしまった。
クヴァレが言葉を止めたのを良いことに、知ってる奴が一人、と言ってしまってから後悔した。
クヴァレの方こそ、同じ職場で働いていた魔術師だ。
俺よりも黒猫を知っていたはずだし、それ以外の大勢の魔術師たちとも、友人だった奴がいるかもしれないのに。
「ロザリィか。あいつは防御魔術の解除を一手ミスをした。経験不足が仇になったな。体はバラバラになったが、私が近くにいたから復元できた。既に15柱の元に送っている」
クヴァレは悲しみも込めずに淡々と彼女の死に様を語る。しかし、魔術師が何人も死ぬ、一瞬も気を緩められない戦場で、吹き飛んだ身体を元に戻す魔術をかけるのは命懸けだっただろう。
礼を言う立場でもないから、せめて今頼まれた仕事をしようと変わらず街灯にしがみ付いているカルムに近付いた。
移動魔術で取りあえず事務所に送ってしまおう。そう考えて術を掛けたが、ぱちん、と音がして解除される。
前後不覚に酔い潰れていても、この程度の術式を解除することなど反射的に出来るらしい。
それならもっと複雑な術をかければいい。と、術式を構築していると、カルムの腕の防御魔術が青く光りだす。
簡単な魔術だと解除されて、複雑な魔術だと防御魔術が自動で発動して大惨事になる。
会合に参加していた魔術師たちが見捨てて行く訳だ。唯一残ったクヴァレが、嫌々ながら勇者の俺に頼みに来た理由がわかった。
でも、そこまでカルムのことを気に掛けるくらい優しさがあるのならば、魔術など使わずに背負って連れ帰ればいいのではないか。
「では、任せた」
俺がそれを提案する前に、クヴァレは俺の肩を叩いて「ツケの支払いは待ってやる」とトドメを刺してから移動魔術で姿を消した。
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