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第35話 勇者、日常に戻る
~2~
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いくら押しても引いても、カルムは全く動かない。趣味で戦争に参加しているだけあって、巷の魔術師よりもそれなりに腕力がある。これは別の手が必要だ。
とはいえ、どうせ酔っ払いだからそんなに趣向を凝らすこともないだろうと、取りあえず変装魔術でクラウィスの姿に変わった。いつものクラウィスの声でカルムの耳元に囁く。
『いくらアル中だからって地面で寝ないでください。お兄様』
「全然似てない。三流魔術師」
カルムは俺を一瞬視界に入れただけでそう言い切って、元の通り街灯にしがみ付く。
クラウィスには何度か変装したことがあるから完璧に似せていると思うのに、前にリリーナにも厳しい評価をされたし、自信がなくなってきた。
「確かにやったんだ。全部、ひとつも漏らすことなく数えている」
酔い潰れて醜態を晒しているのは別として、カルムが言っていることもある意味道理が通っている。他の魔術師たちはカルムの手柄を横取りするつもりはないだろうが、自分の功績を有耶無耶にしたくないと考えるのは当然だろう。
「わかった。どうしたいんだ?」
こうなったら最後まで付き合ってやろうと俺も地面に座って手帳を広げる。
抱き慣れた街灯から引き剥がされる危険がなくなったことに気付いたカルムは、しゃくり上げながら体を起こして俺の隣に座った。
そして、どこからか出してきた地図をばさりと広げる。狭い路地とはいえ、軽く広げただけで道が埋まるような大きさだった。
その紙に目を凝らすと、模様と間違えるくらい詳細な地図が書かれている。
ホーリアと同じように住宅が並んだオルトー連合国にあったとある街だ。家々の表札まで書かれている細かさに嫌な予感がする。
しかし、魔術師たちの手に掛かって、巨大な魔術で殆どの街は一撃で消し飛んだはずだ。他の魔術師と競合するのは、魔術の効果範囲の境目の所だけ。
そうやって自分を励ましていると、カルムはおもむろにペンを取り出して住宅街の通りに線を引き始めた。カルムの魔術の効果範囲を分けているのだろうと見ていたが、所々の場所で丸や数字を書き込んでいる。
「この丸は何だ?」
「この家で1人取り逃がした。瓦礫が崩れて結局死んだが、魔術の功績では無い」
「この2は?」
「塀の影で術から逃れて生きていたのを処分した。別の者が担当した場所だが留めを刺したのはこっちだ」
なるほど、と俺は手帳を閉じて頷いた。
付き合ってやると決心してから5分も経っていないけれどもう嫌になってきた。人が死んだ話だから云々とか言う前に単純に面倒過ぎる。
十万だか百万だかの単位で人を殺してきたカルムの功績の下一桁か二桁かが動いた所で、部外者の俺にとってはどうでもいいというのが正直な所だ。
「やっぱり後日にしないか?」
当事者であるクヴァレ達を改めて集めて、酒が入っていない時にやり直した方がいい。
そう俺が言うと、カルムは裏切られたとでも言いたげに涙で汚れた顔で俺を睨んだ。
「また今後、酔っていない時に話し合いをすればいいだろう。今日のところは終わりにしよう」
「やだ!!!」
カルムは地面に蹲って動かなくなった。お菓子を買ってもらえなくて駄々を捏ねている子どものようだが、内容は戦争で殺した人数の取り合いだ。
「カルムは、何万人も殺して何とも思わないのか?」
カルムが酔っているのをいいことに、俺はそのつむじを見下ろして尋ねてみた。
俺の経験上、戦場で本当にやる気があるのは2割くらいで、金や名誉の為に仕方無く来ているのが3割と、断りきれなくてなんとなく流れで来てしまったのが5割。
そんな職場の忘年会の二次会みたいな空気の中で張り切っても仕方ないし、寝覚めが悪くなるような功績を上げたいとも思わない。
「求められた仕事で、結果を出しているだけだ」
カルムが地面に突っ伏したままそう答える。
カルムが参加したお陰で随分早く戦争は終結して、その分、ニーアは早く戻って来れたし、俺の仕事もすぐに終わった。
カルムが何十万人、何百万人と殺してくれたお蔭で、俺が1人か2人を手に掛けなくて済んだ。
だから感謝するわけでもないけれど、俺が何か言える立場でもないと思う。
とはいえ、どうせ酔っ払いだからそんなに趣向を凝らすこともないだろうと、取りあえず変装魔術でクラウィスの姿に変わった。いつものクラウィスの声でカルムの耳元に囁く。
『いくらアル中だからって地面で寝ないでください。お兄様』
「全然似てない。三流魔術師」
カルムは俺を一瞬視界に入れただけでそう言い切って、元の通り街灯にしがみ付く。
クラウィスには何度か変装したことがあるから完璧に似せていると思うのに、前にリリーナにも厳しい評価をされたし、自信がなくなってきた。
「確かにやったんだ。全部、ひとつも漏らすことなく数えている」
酔い潰れて醜態を晒しているのは別として、カルムが言っていることもある意味道理が通っている。他の魔術師たちはカルムの手柄を横取りするつもりはないだろうが、自分の功績を有耶無耶にしたくないと考えるのは当然だろう。
「わかった。どうしたいんだ?」
こうなったら最後まで付き合ってやろうと俺も地面に座って手帳を広げる。
抱き慣れた街灯から引き剥がされる危険がなくなったことに気付いたカルムは、しゃくり上げながら体を起こして俺の隣に座った。
そして、どこからか出してきた地図をばさりと広げる。狭い路地とはいえ、軽く広げただけで道が埋まるような大きさだった。
その紙に目を凝らすと、模様と間違えるくらい詳細な地図が書かれている。
ホーリアと同じように住宅が並んだオルトー連合国にあったとある街だ。家々の表札まで書かれている細かさに嫌な予感がする。
しかし、魔術師たちの手に掛かって、巨大な魔術で殆どの街は一撃で消し飛んだはずだ。他の魔術師と競合するのは、魔術の効果範囲の境目の所だけ。
そうやって自分を励ましていると、カルムはおもむろにペンを取り出して住宅街の通りに線を引き始めた。カルムの魔術の効果範囲を分けているのだろうと見ていたが、所々の場所で丸や数字を書き込んでいる。
「この丸は何だ?」
「この家で1人取り逃がした。瓦礫が崩れて結局死んだが、魔術の功績では無い」
「この2は?」
「塀の影で術から逃れて生きていたのを処分した。別の者が担当した場所だが留めを刺したのはこっちだ」
なるほど、と俺は手帳を閉じて頷いた。
付き合ってやると決心してから5分も経っていないけれどもう嫌になってきた。人が死んだ話だから云々とか言う前に単純に面倒過ぎる。
十万だか百万だかの単位で人を殺してきたカルムの功績の下一桁か二桁かが動いた所で、部外者の俺にとってはどうでもいいというのが正直な所だ。
「やっぱり後日にしないか?」
当事者であるクヴァレ達を改めて集めて、酒が入っていない時にやり直した方がいい。
そう俺が言うと、カルムは裏切られたとでも言いたげに涙で汚れた顔で俺を睨んだ。
「また今後、酔っていない時に話し合いをすればいいだろう。今日のところは終わりにしよう」
「やだ!!!」
カルムは地面に蹲って動かなくなった。お菓子を買ってもらえなくて駄々を捏ねている子どものようだが、内容は戦争で殺した人数の取り合いだ。
「カルムは、何万人も殺して何とも思わないのか?」
カルムが酔っているのをいいことに、俺はそのつむじを見下ろして尋ねてみた。
俺の経験上、戦場で本当にやる気があるのは2割くらいで、金や名誉の為に仕方無く来ているのが3割と、断りきれなくてなんとなく流れで来てしまったのが5割。
そんな職場の忘年会の二次会みたいな空気の中で張り切っても仕方ないし、寝覚めが悪くなるような功績を上げたいとも思わない。
「求められた仕事で、結果を出しているだけだ」
カルムが地面に突っ伏したままそう答える。
カルムが参加したお陰で随分早く戦争は終結して、その分、ニーアは早く戻って来れたし、俺の仕事もすぐに終わった。
カルムが何十万人、何百万人と殺してくれたお蔭で、俺が1人か2人を手に掛けなくて済んだ。
だから感謝するわけでもないけれど、俺が何か言える立場でもないと思う。
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