溺恋マリアージュ。

碧まりる

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番外編+SS(本編のネタバレ含みます)

     Christmas Day−2

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 クリスマスイヴに相応しく、雲一つない夜空には天然イルミネーションが煌めいている。例のプールもイベント仕様になっており、噴水のベールはツリーのプロジェクションマッピングで彩られていた。

 「おめかししてくるね」と定時で上がった俺専属の秘書は、レストラン内の席に座っておらず、屋外でそれを儚げに見上げている。
 支配人が夫を急かした理由はまさにこれだろう。スタッフ含め男客の視線が、ドレスアップした嫁に釘付けになっている。元より飛び抜けて綺麗な女だ、少しも不思議ではない。
 シーズン的に彼女や家族連ればかり。例え男同士の客がいたとしても、だ。あまりの美しさで、声を掛けようにも容易く口説けない雰囲気まで纏っていた。

「──恋」
「……あ。お疲れさま! 廉が来るまでお料理待ってもらって……んっ、どうしたの?」

 話し掛けるふりをして、腰から引き寄せては唇を奪う。
 俺が、他の男にられる心配などするわけがない。生憎そんな殊勝な男ではない。「俺のだいいだろ」──存分に見せびらかした華をこの手で摘むだけだ。

「すげーいい女見つけた」
「……奇遇。私もとびきりいい男にキスされちゃった」

 妊娠中腹が出ていた時期もあった、出産も立ち会った。今となっては秘書と母をしている時間が殆ど。なのに何故こんなにも、呆れるほどに、おまえは女にしか映らないのか。

「このドレスあの時のやつ?」

 時に、新総帥披露パーティー用に恋へと贈ったドレスが二着あったのを思い出す。一見あの時着用していない、もう片方のようだが。

「うん。あの日着れなかったから勿体ないなって思って。凛さんのお友達に頼んでリメイクしてもらったの。フォーマルで使えるように」
「ケープの下が楽しみだ」

 出逢った頃からおまえは少しも変わらない。意味ありげにケープ紐の結び目に指を引っ掛けるとやはり期待で瞳を潤ませる。無自覚に喰われたそうにしているのだ。
 そして俺は、俺だけに開かれる甘ったるい華を今宵喰らい尽くすのだろう。

「中入るぞ。体冷やす」

 エスコートするつもりで手を差し伸べたところ、恋のほうが一枚上手だったらしい。「こっち」と甘えた声で腕にすがりつく。

 ──全く、美しいんだか愛らしいんだか。

「──いらっしゃいませ。結城ご夫妻の御来店を心よりお待ち申し上げておりました」
「私たちを知ってるの? あ、ブライダルCM?」
「いえ。当ホテルの繁栄を語るには欠かせない恋人カップルですから、当時ご一緒していないスタッフも皆御二方のことは存じ上げております」

 これに、にこやかに礼を口にした嫁は、羽織っていたケープをレストランスタッフへ預ける。すると期待通りの抜群のプロポーションが露わになった。
 通い続けているエステのお陰か、産後の努力の賜物か、恋の体型は少しも変わっていない。以前より健康的な肌が却って艶っぽい。
 想像に難くないとはいえ実際、恋の身体にそのドレスは相当えろかった。

「随分と悩ましげな格好だな」

 これを着た恋を滅茶苦茶にしたい──オーダーした当時は、会えない日々が募らせた欲望ばかり先走っていたのだろう。
 アンピールラインぎりぎりまで入った胸のカットには、下着の装着を思わせない裸体同然生乳の輪郭がくっきり描かれている。オープンバックにおいては尻の割れ目まで露出していて際どいなんてものじゃない。
 胸もそこも、ふいをついて手を忍ばせば簡単に弄れそうだ。

 就任披露パーティー用がもう一方のドレスで良かったと、今さらながら心底安堵した。

「廉の……好みなんでしょ?」

 無自覚に上目遣いで煽る恋は、生まれたての小動物のようにあどけなく唇を尖らせる。

 ──あー食事すっ飛ばしてひん剥きてー。

 口をついて出そうになった言葉を呑み、「綺麗だ」とこめかみに唇を寄せてから席に着いた。

「悠と凱大丈夫かな」
「なんかあれば連絡くんだろ。今夜は家に凛も拓真もいる。今夜はその話はなしだ」

 凱はもうすぐ二歳になる。まだまだ手は掛かるが、恋もたまには息抜きも必要だろうとあえてこの日に連れ出した。
 思えば二人きりで過ごすクリスマスは初めてだった。「なんでもしてやる」「どこへでも連れて行ってやる」と言ったのに恋はやはり此処を好むのだ。

 今や世界中から注目されているホテル、勿論予約で一杯だったがコネクションで捩じ込んだ。なおかつホテル側の配慮があり、食事から宿泊まで全て最高のプランで面倒見てくれるという。
 そこまでしてもらえたのは、チームが成しえた業績がゆえか、嫁の人徳か。

「よかったよね。拓真さんやっと認められて。二人もあそこで挙式するんだって。知ってた?」
「どうでもいい」
「とかいって。『いい加減認めてやれ』って最終的にお義父様に掛け合ってくれたの廉だよね」

 オープンウィンドウの内は暖かい。ようやっとレストランの席についた夫婦に食前酒のスパークリングワインが振舞われる。
 乾杯ののち、シャンパングラスに口を付けたその唇についつい見惚れた。グロスで濡れて瑞々しい果実のようだ。

 ──旨そ。

 初めてともに食事をした時からそれら仕草には目を奪われた記憶がある。仮にも一流企業の令嬢なら食べ方が綺麗で当然かと頷けたが、どうやら浅慮であったようだ。

 間違いなくこけしフォルムは相当なインパクトがあった。だが俺が抱いた恋の第一印象といえば、分厚い鎧の内に秘めたセクシャルな魅力。
 とにかく野生の鼻が疼いた。確かめてみたくなった、その理由わけを。試しに唇を奪ってみたらやけに納得した──ああこれは俺の劣情をもっていく女だと。
 とりわけ食事中は人の無防備なところであり、その姿に欲情する異性とはセックスの相性がいいと耳にしたことまである。

 実際、体の相性は抜群で、手離せなくなったばかりか強烈な独占欲が生まれた。
 胸を張って言えることではないにしても、人並み以上に女は経験してきた。その俺が、いち女とのセックスに執着を覚えたことに自分でも驚いた。
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