溺恋マリアージュ。

碧まりる

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番外編+SS(本編のネタバレ含みます)

     Christmas Day−3

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「急いで総帥の座に就いてくれたのは私のため。そのポジションを早々にも確立してお義父様に二人を認めさせようとしてたことも、わかってたよ」

 おまけにやたら察しがいい。喧嘩になれば息つく暇もないテンポで言い合いになり、あえて語らないことは自然に通じている。信じ難いことにフィーリングまでばっちりだった。

「あ。今夜はね、悠がはじめてご飯作るんだって。カレーライス」
「へえ」
「あとね今日ね凱がはじめて二語文……」
「恋~~~」
「……ごめん。ほんとうはすごく嬉しいの。もう二人きりでデートなんてできないと思ってたから。でもこういうの久しぶりすぎて緊張しちゃって。ありがとう」

 気まずそうに伏せられた瞳が微かに揺れて見える。自ら女を意識した途端これだ。そう中身がまたいじらしい。

 苦境にも負けず、誰に頼ることもなく自ら矢面に立ってまで悠を守り抜いた健気さ。根っからの芯の強さからか、目上の大物にも物怖じしない度胸。
 そんな女がこの腕の中でだけ甘え芳醇な蜜を滴らせるんだ。たまらない。

「余すとこなく、あいしてるよ」
「──っ。ほんとう、さっきからどうしたの? 甘すぎて溶けちゃいそう……」

 ──ああ、ほらまた。〝抱いて〟って表情かおをする。

 あの手この手で誘惑をしてくる女は相当数見てきた、面倒な駆け引きを仕掛けてくる女もごまんといた。あえて乗ったこともあるが気が向いた時に限る。
 そんな俺が、誘惑も駆け引きすら顔を出さない女に執心してしまうのだから、ほんとうに困った嫁だ。

「溶けるのはあとにしろ。好きなだけぐずぐずにしてやるから」
「……っ。だから、そういうとこだってばっ」

 どこをとっても魅力的な女とはいえ、己の腕だけを信じて築いてきたビジネスまで狂わせられるとは考えも及ばなかった。
 心身ともに俺を夢中にさせた女は後にも先にも──おまえだけだよ。

 何故時間がかかるフレンチなんかにしたんだと、ホテルサイドを責めてやりたくなりながらも食事は進む。

「お楽しみのところ失礼いたします。メインディッシュには赤ワインをご用意しております。テイスティングをお願いしてもよろしいでしょうか」

 そのうちソムリエがやってきてボトルをこちらへ傾けた。ラベルを確認し、目を疑わずにはいられない。

「〝シャンボール・ミュジニー・レ・ザムルーズ〟? ワイナリーは希少価値の高いジョルジュ・ルーミエ。よく手に入ったな、何故今夜これを?」

 本日は料理も酒もホテル側に一任している。だがしかし、出てきたワインはクリスマスの定番とされる銘柄ではなく、また今の俺ら向きではない。眉をひそめる俺に向け、ソムリエは頬の表情筋をしなやかに使う。

「先程、屋外でのお二人の様子をお伺いしておりました。お子さんがおられるとはとても思えない美貌をお持ちの奥様に、高嶺の花を摘むに相応しい美丈夫の旦那様──けれどご夫婦というより愛色褪せることのない恋人のようでした」

 いかにも、銘柄名にある〝レ・ザムルーズ〟とは恋人たちという意味であり、結婚祝いやカップルへのプレゼントに多いとされているワインだった。

 ──いつまでも互いに恋をする夫婦。

「なるほど悪くない。さすがミシュランで星を獲得したホテルのソムリエ」
「恐れ入ります」

 テイスティングをしたワインとともに残りの食事を愉しんでいる中のふとした瞬間、気分をよくした嫁はおっとり微笑むのだった。

「……素敵。恋人だって」

 今日という恋人のイベント──クリスマスに、わざわざ連れ出してみるもんだとひしひしと感じる。
 悠や凱を間に挟めば俺もおまえも親となる。それは今後どうにもならない現実だ。それでも、少しの合間を縫ってでも男と女でいられる時間を恋も欲していたに違いない。

 おまえが欲しいものは全て俺が握っている、自負すらある。構わずねだればいいものを。

 記念日のプレゼントにおいても同じことが言えた。
 そもそも恋は物欲が乏しい。普通の女であればブランドバッグだアクセサリーだ、それこそインコの如くさえずりそうなものだが、恋には全くと言っていいほどそれがない。たぬき義母とバカ娘が造り上げた境遇のせいだろう。
 「何が欲しい」と尋ねても埒が明かないため、今年の誕生日プレゼントは秘書に必須であろう実用的な腕時計にした。
 ドレス姿には相応しくないと注意されたろうに、今も腕にはめている。いつの日か無理矢理贈りつけたリングも、そのドレスだってそうだ……慎ましいほどに、いじらしい。

 ──限界。

 ナプキンを置き、ともに食事を済ませたばかりの恋の腕を取る。エスコートするつもりで腰の下を手で支えた……まではまだ平常心が保たれていた。
 そのうち手の感触に妙な違和感を覚えたのだ。これでもかというほど眉がぐにとしなるまでそう長くはない。

「……れーん。下着どうした」
「……つ、……な」
「途中聞こえてねーぞ」
「どっちも着けてないっ」
「はぁ? おまえそれで此処まで来たの?」
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