君の「好き」を教えて。~ガリ勉とイケメン定時制ヤンキーDKの奇妙な100日間の話~

清田あお

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第二話

勉強、教えるしかないかな

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春日は、空になったオレンジジュースのグラスを脇にやって、まるで土下座するみたいに頭を下げる。ついに最終手段をとってきた。めちゃくちゃ必死だ。なんでここまで必死なんだろう? しかもほぼ見ず知らずの僕に――ふと疑問が湧いてきた。
「あのさ、なんでそんなに勉強したいの?」
 問うと、春日はばっと顔をあげた。ちょっと気まずそうに視線を泳がせる。
「……もう高三だから、ちゃんと勉強しようと思って。ワックでつるんでたやつらはいい奴らだし大好きだけど、あいつらもそろそろ卒業に向けて動き出すと思うから、俺もちゃんと勉強やらないと……って思って」
 友人にも知られていない本当の気持ちを打ち明けるのは恥ずかしいのか、声はどんどん小さく萎んでいく。あのバカ騒ぎの中で一人少し距離を置いているようにみえた彼の中には、近すぎる友人にはむしろ言えない悩みもあるのかもしれない。
春日はテーブルの上で、かたく両手を握りしめ、訥々と語り終えると、唇を引き結んで僕を一心に見つめている。
「好きなこと、楽しいこと、人生かけてやりたいこと……見つけたいんだよね」
 その表情はさっきまでの軽薄さは全くない。その目からは、強い意志を感じた。きちんと僕に想いを伝えようとする姿を見ていると、心臓のあたりがきゅうっと押し潰されるように痛んだ。
「俺、飽きっぽいし、学校もあんま行けてないんだ。いつも一限起きられないし、やりたいこともなくてすぐ飽きるし、毎日やつらとつるんだり、女の子と遊ぶしかしてなくて……。俺ももう高三だから、変わりたいんだよ。自分の好きなこととかやりたいこととかちゃんと見つけて、それに向かってこれからは真面目に生きたい……って、思ってる。本当に。塾にも通おうと思ってるんだけど、一緒に勉強できる同じ受験生の仲間も見つけたいんだ」
(真剣、なんだな)
彼の何かを決心したような視線を見て、そう素直に思えた。
「変わりたいんだよね、俺。将来やりたいことも見つけたい。そのためにちゃんと勉強したい」
 言葉を噛みしめて言い切った春日の前で、心が左に右に揺れるのを感じた。
(いや、だめだ)
 慌ててかぶりを振る。高三の初夏、これから受験は本格化する。全国のライバル達も部活を引退したり趣味をやめたりして勉強に全力投球してくる。ここでヤンキーに勉強を教えるなんて無駄な時間を浪費している場合ではない。考えれば三秒で答えが分かることだ。
 なのに、決心がつかない。
 断るのがしのびないというのもあるけれど、「変わりたい」と言っている彼を無碍に無視するのがどうしても心苦しかった。
(変わりたい、か)
それはまるで、自分のようだったから。やりたいこともなくて、何年も毎日勉強しかしていなくて、なのにずっと心の中のどこかはぽっかり穴が開いている。友達も大夢しかいなくて、その大夢だって部活や他の友人と過ごす時間のほうが長くて、時折無性に寂しくなる。
僕自身が変わりたいと願っているのに変わることができないでいる。
「本当に勉強頑張るの?」
 気付いたら、先に口が動いていた。
 その瞬間、春日がばっと顔をあげる。
「う、うん頑張る!」
「ワックで友達とだべってゲームするの、もうしないでちゃんと勉強する?」
「する、する!」
「本当?」
「うん、します!」
 ぶんぶん頷く姿が本当に犬そっくりで、ちょっと可愛いな、と思ってしまう自分が憎い。
「……とりあえず一回ならいいよ」
「え?」
「来週、一回お試しでやってもいいよ。それで春日が本気かどうか見せて」
 返すと、春日の顔に笑顔が咲いた。
「やったあー! ありがとう、みっちゃん!」
 瞬間、春日が立ち上がって、僕の座っている横までやってくる。そして、僕の手を取ってぶんぶん振った。その勢いについ圧倒される。
「俺、ちゃんと勉強するからさ! 絶対、絶対やるから! 本気出す!」
 こんなに無邪気に喜んでくれているのを見ると、良いことをしたのかな? なんてちょっとうぬぼれてしまう。
「じゃあ、来週このカフェに集合ね! 本当にありがとう、みっちゃん!」
 嬉しすぎて涙でも出てきたのか、春日はサングラスを取ってシャツで拭き、指で目尻をぬぐった。
(なんだか不思議な子だな、春日って……)
 こんなことでこんなに喜べるなんて、面白い子だ。そんなことをふと思った。
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