君の「好き」を教えて。~ガリ勉とイケメン定時制ヤンキーDKの奇妙な100日間の話~

清田あお

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第四話

文化祭が始まる

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僕の通うS高では、七月の初旬に文化祭が行われる。
 高三はカフェをやるのが毎年の恒例になっているが、受験勉強の負担にもならないよう、やることは最低限だ。フードは前日に家庭科室に作って袋詰めしておいたクッキーやフィナンシェなどの焼き菓子のみで、当日は紅茶を作ったり、ジュースやお茶をコップに注いで提供するだけだ。僕は案の定、裏方として紅茶を煮出し、ロイヤルミルクティーを製造する担当になった。売上も、材料費を引いた残りは教会に寄付することになっていて、よくありがちな「売上一位のクラスには賞金」みたいな漫画っぽい派手な催しものもなく、当日は淡々と催しが進む。
 校舎は教会も併設されていてそこらじゅうに十字架がかけられている古びた建物だし、
そもそもS高の文化祭はものすごく地味だ。敬虔なカトリック教の学校だから、面白い出し物とか派手な模擬店とかもない。異性交際禁止だからか女子高生もほとんどこないし、だいたいのお客さんは生徒の保護者やきょうだい達だ。
「だからさ、つまんないと思うよ」
 と何度も説明したのだが、春日は「絶対いく!」と言ってきかなかった。しかも、都合が合えばワックにいた仲間たちの何人かも連れてくるらしい。第一ボタンまでぴっちり締めた学ラン男子の生徒達のなかでは、あの見た目の治安が悪いヤンキー達は浮きまくりそうだ。
「僕、ずっと家庭科室にいるよ」
「いいよそれでも」
「……まあ、別にいいけど」
「やったー」
 何度忠告しても全く聞かないので、僕はもう抵抗するのをやめた。


 あわただしい受験勉強の日々のなか、文化祭の日はすぐに訪れた。
 午前八時過ぎ。教室の飾りつけがピークを迎えている。といっても、机をいくつかの島に分け、去年の高三生から受け継がれた純白のテーブルクロスを敷き、花瓶に花を生け、壁に薄紙で作った謎のふわふわな花を画鋲で張り付けていくだけだ。
 その後、僕は同じフロアの家庭科室に行き、手を洗い、家庭科の先生に教えてもらったレシピを逐一確認しながらロイヤルミルクティーの準備を始める。キッチンの裏方は地味なうえ文化祭中、家庭科室に缶詰にされるので人気がなく、人手は案外足りなかった。
「茶葉を百グラムに水一リットルを加えて小鍋で煮出す……と……」
「みつー、大丈夫かー?」
 紙のレシピを確認しながら茶葉と水の分量を量っていると、家庭科室のドアのほうから聞き慣れた声が響いてくる。大夢だった。僕と違いイケメンの大夢は、ホールの接客係になった。燕尾服を模したような黒いカフェ店員の制服に身を包んでいる。
「似合うね」
 ホール接客係すなわち高三学年のうちトップ十%のイケメンにしか与えられない制服。手足も長く、背中も広くて脚が長い大夢にはとてもよく似合っている。が、本人は居心地が悪そうだ。
「はー、なんでこんなの着させられるんだか」
端正にコスチュームを着こなす大夢と対照的に、僕は白いポロシャツにチノパンの簡素な上下に家庭科用のエプロンと三角布をしている地味な感じだ。来場しているJK達のほとんどは生徒の姉や妹やその友達とはいえ、貴重な合法的にJKと話せる機会だから、学校中がどこか浮足立っている。
「じゃ、昼飯一緒に食いに行くぞ、迎えに来るからな」 
 とだけ言い置いて、大夢は行ってしまった。
 そのうち、開会を告げるチャイムが、外から響き渡った。


 家庭科室ことキッチンは、案外忙しかった。午前中には、数リットル用意したロイヤルミルクティーのティーベースがなくなり、替えを作り続ける。ふと壁時計をみると、もう十二時前になっていた。
「おい、遠山」
 使い終わった器材や皿を洗っていると、ホール係のクラスメイトの一人が僕を呼んだ。まだお昼までは少し時間があるのに。大夢が早くシフトを上がったのだろうか。
「なんか遠山のこと呼んでるお客さんがいるんだけど」
「え?」
 心当たりがないが、声をかけてきたクラスメイトはにわかに表情を曇らせる。
「なんかチャラそうなヤンキーの集団が、テーブルで『遠山光成シェフ呼んでください』って言ってるんだけど……知り合い?」
「ああ……」
 僕は諦めた。春日達が来てしまったのだ。しかもなんだ、遠山シェフって。僕はロイヤルミルクティーしか作ってない。教室のテーブルで、ピンク髪の春日達が騒いでいる様子が目に浮かぶ。
ちょうどシフト時間も終わりになったので、教室を覗きに行くことにする。家庭科室から教室に通じるベランダから覗くが、派手なピンクミルクベージュの髪は見当たらない。おかしいな、と思ってもう一度教室を確認しようとしたときだった。
「みっちゃん!」
 背後から僕を呼ぶ声に振り向く。そこには、春日がいた。――が、いつものピンクメルクベージュの髪が、真っ黒になっている。いつものサングラスもただの眼鏡になっているし、耳も舌のピアスも外したみたいだ。これはこれで文化系のイケメンだった。服装も、無地の白Tシャツにブラックのサマーセットアップというシンプルなもので、案外この真面目で堅い学校にも溶け込んで、全く浮いていない。
「スプレーで今日だけ黒染めしたんだー。似合う?」
「あ、うん」
 ピンク髪でない春日もとても新鮮で、こんな春日をみられてちょっと得した気分になる。
「やったー」
「春日は、今日ひとり?」
「あと二人学校の友達連れてきたんだけどさ、他の女の子達と模擬店行っちゃった」
 ほらあそこ、とベランダからグラウンドを指さす。金髪と茶髪の男子が、JK二人と並んでグラウンドの席で何かを食べている。彼らは上方から覗いている春日に気づいたのか、こちらに向かって大きく手を振った。他校で即ナンパを成功させる彼らのコミュ力がおそろしい。
「そっか、僕達これからお昼ご飯行くん――」
「みつ」
 言いかけたとき、鋭い声に耳が貫かれる。ホールの制服からいつもの夏服に着替えた大夢だった。大夢は春日を見ると、右眉をしかめた。「あ、大夢。この人が春日」
 大夢は無表情のまま春日を一瞥すると「ああ」と言って、後頭部を掻いた。
「あ、こちらはクラスメイトの三城大夢」
 と紹介すると、
「澄野春日です、よろしくー」
 大夢は春日に視線をやると、「ちわす」とだけ短く言い捨てた。
「あ、さっきお茶持ってきてくれたイケメンだ。さっきはありがとうございました」
 と、如才ない笑顔で春日は応じた。二人とも背が高くて違う顔タイプのイケメンが並んでいるから、ベランダですれ違う父兄やJKたちがちらちら二人を見ている。
「……みつ、昼飯行くぞ。お前ももう午前のシフトあがって休憩時間だろ? バスケ部の後輩達から模擬店のチケットもらった」
 大夢が色とりどりの小さな紙を見せてくれる。フランクフルト、串焼き、焼きそばにアイスまである。
「あ、うん、行こうか」
「ねえ」
 春日が言うと、大夢は「なに」と低い声で応答する。
「俺もついていっていい?」
 春日が尋ねると、あからさまに大夢は春日を睥睨した。いつもはクラスや部活の中でもリーダー的立ち位置で誰に対しても軽やかに立ち回っている大夢なのに、明らかに不機嫌が隠せていない。
「君の分はないから、ごめんね」
「もちろん自腹で食べるよ」
「……なんか、みつが勉強教えてやってるみたいだけど、みつは、君たちみたいなタイプとは合わないと思うから。あんまりしつこくするの、辞めてもらってもいい?」
 大夢が言い放つと、春日は「意味がわからない」と言いたげに目をしばたたかせ、へらりと薄ら笑いを浮かべた。
「三城くんって、過保護なんだね」
「は?」
「いや、ごめんごめん、忘れて今のは」
 春日も春日で、口調はいつものように軽いのに声色の温度が低くて、好戦的な意図がこもっているような気がした。なんで出会って三分でこの二人はこんなに険悪になっているんだろう。
「行くぞ、みつ」
「あ、ちょっと待ってよ、春日!」
 抵抗もむなしく、大夢に腕をとられ、そのまま校庭に連れていかれてしまった。

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