君の「好き」を教えて。~ガリ勉とイケメン定時制ヤンキーDKの奇妙な100日間の話~

清田あお

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第四話

やっぱり無理かも

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 文化祭が終わった後、そのまま塾に向かって、二十時ごろ帰宅した。今日はかなりハードな一日だったのに、ふしぎと身体は全然疲れていなくて、むしろ朝より元気になったくらいだ。
「ああ、光成、お帰り。ご飯できてるわよ」
「ありがとう、いただきます」
 皿をテーブルに並べている母の後ろで、今日のメニューはメンチカツだった。
「文化祭どうだった?」
 穏やかだが隙のない口調に、緊張感が高まる。
「うん、まあ、滞りなく終わったよ」
「そう。じゃあ学校行事も全部終わったし、これからは勉強に専念できるわね」
「……うん」
 機械的に、無言の隙間がなるべくあかないように、内心の怯えをなだめるように、メンチカツの皿に視線を落とし続けながら一定のリズムで箸を口に運ぶ。前回の塾内テストの成績も悪くなかったから、何か突っ込まれることはないはずだ。祖父の代から開業医をしている父はいつも夜が遅いので、ほとんど毎晩母と二人で夕食になる。
「で、志望校のことなんだけど」
 僕の皿がまっさらになったのを待ちかねたように、母が机に色とりどりの冊子をずらりと並べて切り出した。
「志望校はどこにする? J大? K大? さすがにT大は厳しいから、あとはY大なんてどうかしら」
 嫌な予感がする。母さん、と止めようとするも、母は気にも留めずまくし立てる。
「夏からは、志望校と滑り止めの過去問もある程度対策していった方がいいじゃない? それに、具体的に目標が決まったらよりやる気も上がるでしょう? だからそろそろ志望校絞らないと」
 春日と文化祭を回って高揚していた気持ちが、どんどん萎んでいく。
「この二か月であなたもかなり調子がいいから、偏差値としては、J大やK大、あとはY大がいいと思うんだけど」
「……でも、夏休みは基礎固めしたいというか」
 必死に言い訳を探すが、母はお構いなしに続ける。
「でもね、やっぱり第一志望はチャレンジで国立ラインがいいと思うの」 
 勇気を振り絞って反論を試みたが、すぐに「でもね」と遮られる。このモードに入ってしまった母はもう駄目だ。何を反論しても、聞き入れてくれることはない。一度この場から離れたほうが得策だ。
「うん……わかった、ちょっと読んで考えてみる。ご馳走様でした」
 へたに反抗して刺激したら、激高される。食卓の平穏を壊さないように、パンフレットを取ってそっと自室に戻った。
 清潔な校舎の茶色、青空の青色に目が覚めるほど白い白衣の白色。最高の画角になるために誂えられた鮮やかな色たちが、トランプみたいに扇状に並ぶ。爽やかな笑顔をした賢そうな学生が表紙で微笑んでいる。もう考えたくなかった。こういうやり取りを、いままで何回繰り返してきたっけ。
(もう……寝よう)
 スマホが振動する。着信のバイブだ。画面を見ると、春日から通話がきていた。春日から電話がくるのは初めてだ。
「ど、どうしたの?」
 スマホを押し当てている右耳だけが、いやに熱い。
『みっちゃん、今日はありがとー。超楽しかった』
「あ、うん、こっちこそ。ありがと」
 落ち込んでいるのを悟られたくなくて、声の温度を意図的に上げた。多分、悟られてはいないと思う。
 けれど、聞こえてきたのは僕をいぶかしむ声だった。
「……ねえ、みっちゃん大丈夫?」
「ん?」
「……なんか、声に元気がないから」
 心配してくれている声色に安堵がこみあげて、涙が出そうになってきた。なんで声だけでわかるんだろう。誰にも言えないでいた孤独感が薄くやわらいで小さくなっていくのを、身体ははっきりと感じている。
(やっぱりだめだ、僕)
「うん大丈夫、ありがとう」
「そう? なんかあったらいつでも言ってね。俺、みっちゃんの力になりたいから」
「うん、ありがとう」
 枯れかけて冷たくなっていた心が、その言葉でみるみるうちに戻っていったのが僕にも分かった。
 会いたいな、とちょっとだけ思った。数時間前に会ったばっかりなのに。
 いや、やっぱり会いたい。すごく。
(でも、そんなこと)
 簡単に言えなかった。彼女でも家族なんでもないのに。
『急だけどさ、明後日のお昼暇~?』
泣きそうになっている僕のことなんて知らず、相変わらずの元気な声がスマホの奥から響いてくる。こうやって僕が迷っていることを、スマホの向こうの春日は全然気づいてないんだと思って、少しさびしい。
「夕方から夏季講習だけど、それまでは暇だよ」
 答えると、春日が嬉しそうに続けた。
『じゃあ、オープンキャンパス行こー』
 
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