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第七話
一緒に夢に向かっている
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結局断り切れず、そのままハニも改札内についてきた。並んでホームで電車を待ちながら、なんとなくハニを見やる。こんな見た目だけど、やっぱりハニも頭いいんだよなあ、としみじみする。爪はゴテゴテしてるし、化粧も濃くて、全然K高の学生に見えない。
「みっちゃん、塾どこ?」
「……東口です」
「うち、西口のYアカデミー。T大二類クラス」
ちゃらい派手なオタクに見えて、案外こつこつ勉強している真面目な子らしい。いわく、T大の経営学部に進学して、「日本のアニメと漫画を世界に売り込むプロデュース企業の経営者になりたい」そうだ。
「あいつにとって、人生はぜーんぶ暇つぶし。部活も全然続かなくて帰宅部。顔もいいから女は簡単にできるけど、全然相手に興味なくて、すぐ終わっちゃう。ためしにゲームやらせてもすぐ攻略しちゃうから飽きてやらなくなるの。まあカフェのバイトは続いている方だと思うけど、暇だし叔父さんの店だしね」
駅に着いてホームで電車を待つ間、唐突にハニが語り出した。「あいつ」とは春日のことだろう。
「うちさ、小学校から春日と同級生なんだ」
ハニが、駅で対面のホームを見ながらぽつりと呟いた。スマホの画面を見せられる。
「これ、中一のときの春日」。
「えっ……」
思わず驚きの声があがってしまった。
そこには、二人の男の子が映っていた。一番左のギャル小学生はおそらくハニだが、もう一人は普通の男の子だった。真っ黒な髪は無造作なままで寝ぐせが残っている。服は無地のブラックのTシャツにボトムスは変哲もないジーンズで、まさに「地味で普通の男の子」でしかない。
「あいつ、まじもんの天才なわけ。教科書とか、三十秒くらい眺めると全部覚えてんの」
スマホをポケットに戻してハニが呟いた。
「高一のときなんて、テスト十分前にきて俺のノートぺらぺらぺらめくっただけで、百点取ってんだよ。あれはさすがに笑っちゃったね。うちも昔から相当成績良かったし勉強は頑張ってきたつもりだけど、最後まであいつに勝てなかったなー」
ハニは軽く言うけど、本心はきっと悔しいんじゃないかな、とふと思った。真面目で不器用なハニが、僕と重なって見えた。
「おまけにスポーツもできるし背も高くて、垢ぬけたら顔までいいし、やばいっしょ、まじで無理」
ことさら語尾を強調したのが、この話が真実であることを物語っている気がした。口調こそチャラいけれど、ハニも全国的にみても優秀なK高の学生なのだ。そのハニが言うのだから、やっぱり春日は本物の天才なんだ。
「小学校の頃から春日は抜群に頭よくてさ。先生達や周りの大人はちやほやするし、中学に上がる頃には同級生とか塾のライバルから影でいじめられてたんだよね。まあ、あいつはそういうの気にする性質じゃないけど、それでも思うところはあったと思うよ。だんだん他人に対して口数も減っていって、心を閉ざし始めた。K高に入ったら急に見た目も派手にして、ああいうチャラい服を着て、ピアスまで何個もあけだした。ピアス開けるのも髪派手に染めるのも、あいつにとってはお洒落じゃなくて刺激を求めてるだけなんだよ。口調まで変わった。理由は聞いても答えなかったけど、たぶんわざと馬鹿っぽくしてたんだろうね、目をつけられないように」
「でさ」と、ハニは声をくぐもらせた。
「それだけ頭いいから、あいつ、たまに言うんだ。人生なんにも楽しくない、つまんない、だるいって」
まっすぐ対面のホームを見つめるハニの視線。その真剣な眼差しは、きっと本当に春日を心配しているような気がした。
「あいつさ、頭良いくせに知識欲もないし勉強も嫌いなんだよ。将来の夢とかも全くないの。みっちゃんと出会わなかったら、大学に入れてもすぐに行けなくなって将来は投資かなんかで金転がすニートでもなってたんじゃねって感じ」
ハニ言葉を聞いて、思い出す。初めて会ったワックの会計カウンターでの春日。
――だる。
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いていた。
授業も人の話も一度見聞きしたら全て理解して覚えてしまうんだろう。そんな頭脳だったら、受験も就活も恋愛も全部攻略法が最初から分かっている超チートゲー状態に過ぎないのかもしれない。もはやゲームですらない。
――変わりたいんだよね、俺。
僕には理解できないししてあげられないけれど、きっと春日はずっと孤独だったのだろう。それを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「春日、海外大学目指すんだって」
「え?」
「ん? 知らないの?」
「……うん」
初耳だった。
「なんかここ三か月、すごい勉強してるんだよ、あいつ。今までの目だけ死んでるモードが嘘みたいだ」
といって、ハニは溜息をついた。
電車に乗り込むと、人はまばらだった。しまったドアにもたれて、ハニは続けた。
「三か月も君とずっと勉強してるって春日から聞いて、超びっくりした。そんなこと一回もなかったから。こんな誰かに執着して必死になってるあいつ、見たことなかった。今もすごく頑張ってるよ」
言葉を区切って、ハニは電車の窓の外を見やる。そのままハニは口を閉ざしてしまった。
夕方の日差しを浴びた街並みは、眩い光の粒をまとっているようだった。熟れた橙をまとった空がどこまでも続いている。それは春日とみた、いつかのプラネタリウムの星空みたいに綺麗だった。
「じゃあ……、塾、東口だから」
駅に着いて、雑踏のなか、ハニを向かい合う。
「頑張ってー。じゃあね」
ハニに背を向け、新宿駅の雑踏を歩き出す。すぐに、雑踏の中で、みっちゃん、と神妙な声で呼ばれる。振り返ると、ハニの表情からはさっきまでの軽やかな微笑みが消えていた。そのまま、足早にハニが僕の方に歩み寄ってきた。
「あいつがやったことは許されないことだし、みっちゃんに許してほしいって言うつもりもない。でも――」
俯いて、言葉を何度も選んで、口の中でころがしているハニを見つめる。顔をあげたハニと、雑踏の中でぎゅっと視線が交わった。
「信じてもらえないかもしれないけど、あいつ、本気でみっちゃんのこと好きだったと思うんだ」
ハニを見送って、駅の雑踏の中で立ち尽くす。
春日は頑張っているということを聞けて、なんだか熱いものがぐっとこみ上げてくる。変わりたいと願っていたけど変われなかった春日が、自分で夢を見つけて歩み出している。それがなにより嬉しかった。
(僕は
(教育大学、受けよう)
そう思うと、ずっと身体の奥底でつかえていた迷いと不安が落ちて、一気に心も体も軽くなった気がした。
もう距離は離れてしまったけれど、春日は春日の夢をかなえようと頑張っているんだ、そう思えたから。
「みっちゃん、塾どこ?」
「……東口です」
「うち、西口のYアカデミー。T大二類クラス」
ちゃらい派手なオタクに見えて、案外こつこつ勉強している真面目な子らしい。いわく、T大の経営学部に進学して、「日本のアニメと漫画を世界に売り込むプロデュース企業の経営者になりたい」そうだ。
「あいつにとって、人生はぜーんぶ暇つぶし。部活も全然続かなくて帰宅部。顔もいいから女は簡単にできるけど、全然相手に興味なくて、すぐ終わっちゃう。ためしにゲームやらせてもすぐ攻略しちゃうから飽きてやらなくなるの。まあカフェのバイトは続いている方だと思うけど、暇だし叔父さんの店だしね」
駅に着いてホームで電車を待つ間、唐突にハニが語り出した。「あいつ」とは春日のことだろう。
「うちさ、小学校から春日と同級生なんだ」
ハニが、駅で対面のホームを見ながらぽつりと呟いた。スマホの画面を見せられる。
「これ、中一のときの春日」。
「えっ……」
思わず驚きの声があがってしまった。
そこには、二人の男の子が映っていた。一番左のギャル小学生はおそらくハニだが、もう一人は普通の男の子だった。真っ黒な髪は無造作なままで寝ぐせが残っている。服は無地のブラックのTシャツにボトムスは変哲もないジーンズで、まさに「地味で普通の男の子」でしかない。
「あいつ、まじもんの天才なわけ。教科書とか、三十秒くらい眺めると全部覚えてんの」
スマホをポケットに戻してハニが呟いた。
「高一のときなんて、テスト十分前にきて俺のノートぺらぺらぺらめくっただけで、百点取ってんだよ。あれはさすがに笑っちゃったね。うちも昔から相当成績良かったし勉強は頑張ってきたつもりだけど、最後まであいつに勝てなかったなー」
ハニは軽く言うけど、本心はきっと悔しいんじゃないかな、とふと思った。真面目で不器用なハニが、僕と重なって見えた。
「おまけにスポーツもできるし背も高くて、垢ぬけたら顔までいいし、やばいっしょ、まじで無理」
ことさら語尾を強調したのが、この話が真実であることを物語っている気がした。口調こそチャラいけれど、ハニも全国的にみても優秀なK高の学生なのだ。そのハニが言うのだから、やっぱり春日は本物の天才なんだ。
「小学校の頃から春日は抜群に頭よくてさ。先生達や周りの大人はちやほやするし、中学に上がる頃には同級生とか塾のライバルから影でいじめられてたんだよね。まあ、あいつはそういうの気にする性質じゃないけど、それでも思うところはあったと思うよ。だんだん他人に対して口数も減っていって、心を閉ざし始めた。K高に入ったら急に見た目も派手にして、ああいうチャラい服を着て、ピアスまで何個もあけだした。ピアス開けるのも髪派手に染めるのも、あいつにとってはお洒落じゃなくて刺激を求めてるだけなんだよ。口調まで変わった。理由は聞いても答えなかったけど、たぶんわざと馬鹿っぽくしてたんだろうね、目をつけられないように」
「でさ」と、ハニは声をくぐもらせた。
「それだけ頭いいから、あいつ、たまに言うんだ。人生なんにも楽しくない、つまんない、だるいって」
まっすぐ対面のホームを見つめるハニの視線。その真剣な眼差しは、きっと本当に春日を心配しているような気がした。
「あいつさ、頭良いくせに知識欲もないし勉強も嫌いなんだよ。将来の夢とかも全くないの。みっちゃんと出会わなかったら、大学に入れてもすぐに行けなくなって将来は投資かなんかで金転がすニートでもなってたんじゃねって感じ」
ハニ言葉を聞いて、思い出す。初めて会ったワックの会計カウンターでの春日。
――だる。
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いていた。
授業も人の話も一度見聞きしたら全て理解して覚えてしまうんだろう。そんな頭脳だったら、受験も就活も恋愛も全部攻略法が最初から分かっている超チートゲー状態に過ぎないのかもしれない。もはやゲームですらない。
――変わりたいんだよね、俺。
僕には理解できないししてあげられないけれど、きっと春日はずっと孤独だったのだろう。それを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「春日、海外大学目指すんだって」
「え?」
「ん? 知らないの?」
「……うん」
初耳だった。
「なんかここ三か月、すごい勉強してるんだよ、あいつ。今までの目だけ死んでるモードが嘘みたいだ」
といって、ハニは溜息をついた。
電車に乗り込むと、人はまばらだった。しまったドアにもたれて、ハニは続けた。
「三か月も君とずっと勉強してるって春日から聞いて、超びっくりした。そんなこと一回もなかったから。こんな誰かに執着して必死になってるあいつ、見たことなかった。今もすごく頑張ってるよ」
言葉を区切って、ハニは電車の窓の外を見やる。そのままハニは口を閉ざしてしまった。
夕方の日差しを浴びた街並みは、眩い光の粒をまとっているようだった。熟れた橙をまとった空がどこまでも続いている。それは春日とみた、いつかのプラネタリウムの星空みたいに綺麗だった。
「じゃあ……、塾、東口だから」
駅に着いて、雑踏のなか、ハニを向かい合う。
「頑張ってー。じゃあね」
ハニに背を向け、新宿駅の雑踏を歩き出す。すぐに、雑踏の中で、みっちゃん、と神妙な声で呼ばれる。振り返ると、ハニの表情からはさっきまでの軽やかな微笑みが消えていた。そのまま、足早にハニが僕の方に歩み寄ってきた。
「あいつがやったことは許されないことだし、みっちゃんに許してほしいって言うつもりもない。でも――」
俯いて、言葉を何度も選んで、口の中でころがしているハニを見つめる。顔をあげたハニと、雑踏の中でぎゅっと視線が交わった。
「信じてもらえないかもしれないけど、あいつ、本気でみっちゃんのこと好きだったと思うんだ」
ハニを見送って、駅の雑踏の中で立ち尽くす。
春日は頑張っているということを聞けて、なんだか熱いものがぐっとこみ上げてくる。変わりたいと願っていたけど変われなかった春日が、自分で夢を見つけて歩み出している。それがなにより嬉しかった。
(僕は
(教育大学、受けよう)
そう思うと、ずっと身体の奥底でつかえていた迷いと不安が落ちて、一気に心も体も軽くなった気がした。
もう距離は離れてしまったけれど、春日は春日の夢をかなえようと頑張っているんだ、そう思えたから。
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