44 / 68
あなたは本物?
しおりを挟む
私には散々霊と関わるな、絶対に無視し続けろと言っていた彼とは真逆のことをいうこの人は、一体誰なの?
スマホを手にしたまま、ゆっくりと首だけ動かした。耳にはまだ先生の声が届いている。
しっかり閉めたはずの更衣室の扉が、わずかに開いていた。古い木製の扉だ。ほんの一、二センチほどだろうか。廊下側に戸がゆっくりと動いていく。キイイと不愉快な音が小さく聞こえた。そのおくに見える廊下は、なぜか漆黒の闇が広がっていた。
こげ茶色の扉に、白い何かが出てくる。指だった。こちらの様子を伺うように、数本の指が扉に掛けられていく。耳には先生の声が届くが、何を言っているのかもう理解はできなかった。
私の様子を伺うように、指がさらに扉を開けていく。ゆっくりゆっくりとした速度で。反射的に、戸の向こうを見てはだめだ、と自分が思った。
誰かが入ってこようとしている。
「……わ、たしは、聞きません! あなたの話を聞きません!!」
振り絞った声でそう叫んだ。ぴたり、と扉の動きが止まる。
そのまま長く静寂が流れる。永遠のように感じる静けさだ。
白い指は動かない。自分の体も動かない。私はただじっと扉を見ているしかない。誰か来てくれないだろうか、この状況を変えてほしい、誰か助けて。
額にじんわりと汗をかき垂れていく。乾いた唇からは自分の速い呼吸だけが漏れていた。祈る気持ちで白い指を見続ける。
と、その指が突然ふっと引っ込んだ。自分の体は一瞬強張り、だがすぐに力が抜けた。指はもう出てこなかったからだ。
長い長い息をついた。耳に押し当てっぱなしだったスマホをようやく下ろす。全身にぐっしょり汗をかいていた。冷えて寒気を覚えるほど。
「ついてきてたんだ……」
そう呆然と呟き、とりあえず着替えようと思った。なるべくもっと人のいそうな場所に行きたかったのだ。更衣室から出たい。
そういえばさっきの電話って、最初の先生は本物だったんだろうか。全部嘘だったのかな。初めの方は先生っぽかったんだけどな。
ロッカーの鍵を探すため、力なく鞄に手を突っ込む。途端、耳元でささやき声がした。
『いいなあ 生きてて』
はっとした瞬間、鞄に入れていた手を、中で誰かが掴んだ。ぬるりとした冷たい手が、すさまじい力で握りしめる。喉から悲鳴を漏らし、その場でひっくり返った。
『……名さん、椎名さん?!』
ぱっと目を開ける。目の前に見えたのは自分の灰色のロッカーだった。私は転んでるわけでもなく、普通に床に座り耳にスマホを当てていた。最初に先生と電話していた体制だった。
すぐに出口の方を見る。扉はしっかり閉じており、少したりとも開いてはいなかった。ただ、自分の全身は異様なまで汗をかいており、動いた拍子に顎からぽたりと汗が垂れた。
『椎名さん? どうした?』
スマホ越しに先生の声が聞こえてきていた。戸惑い、すぐに返事が返せない。辺りを見渡し、異常がないことを確認する。大丈夫今は何もいない。鞄の中も覗いてみたが、財布やタオルがくちゃくちゃになって入っているだけだ。
『椎名さん!?』
「あ、の、えっと」
『話の途中で突然叫びだしたから。どうした』
私の声が聞こえてホッとしたように先生が言った。だが私はというと、電話の向こうの相手が信じられず狼狽える。困った挙句、正直に言う。
「せ、先生?」
『なに』
「先生ですよね? 本当に先生ですか?」
縋りつくように尋ねる。あれが夢だったなんて思えない、さすがに私もそこまで単純ではない。あの時、電話の相手は実際どこかで入れ替わっていた。
スマホを手にしたまま、ゆっくりと首だけ動かした。耳にはまだ先生の声が届いている。
しっかり閉めたはずの更衣室の扉が、わずかに開いていた。古い木製の扉だ。ほんの一、二センチほどだろうか。廊下側に戸がゆっくりと動いていく。キイイと不愉快な音が小さく聞こえた。そのおくに見える廊下は、なぜか漆黒の闇が広がっていた。
こげ茶色の扉に、白い何かが出てくる。指だった。こちらの様子を伺うように、数本の指が扉に掛けられていく。耳には先生の声が届くが、何を言っているのかもう理解はできなかった。
私の様子を伺うように、指がさらに扉を開けていく。ゆっくりゆっくりとした速度で。反射的に、戸の向こうを見てはだめだ、と自分が思った。
誰かが入ってこようとしている。
「……わ、たしは、聞きません! あなたの話を聞きません!!」
振り絞った声でそう叫んだ。ぴたり、と扉の動きが止まる。
そのまま長く静寂が流れる。永遠のように感じる静けさだ。
白い指は動かない。自分の体も動かない。私はただじっと扉を見ているしかない。誰か来てくれないだろうか、この状況を変えてほしい、誰か助けて。
額にじんわりと汗をかき垂れていく。乾いた唇からは自分の速い呼吸だけが漏れていた。祈る気持ちで白い指を見続ける。
と、その指が突然ふっと引っ込んだ。自分の体は一瞬強張り、だがすぐに力が抜けた。指はもう出てこなかったからだ。
長い長い息をついた。耳に押し当てっぱなしだったスマホをようやく下ろす。全身にぐっしょり汗をかいていた。冷えて寒気を覚えるほど。
「ついてきてたんだ……」
そう呆然と呟き、とりあえず着替えようと思った。なるべくもっと人のいそうな場所に行きたかったのだ。更衣室から出たい。
そういえばさっきの電話って、最初の先生は本物だったんだろうか。全部嘘だったのかな。初めの方は先生っぽかったんだけどな。
ロッカーの鍵を探すため、力なく鞄に手を突っ込む。途端、耳元でささやき声がした。
『いいなあ 生きてて』
はっとした瞬間、鞄に入れていた手を、中で誰かが掴んだ。ぬるりとした冷たい手が、すさまじい力で握りしめる。喉から悲鳴を漏らし、その場でひっくり返った。
『……名さん、椎名さん?!』
ぱっと目を開ける。目の前に見えたのは自分の灰色のロッカーだった。私は転んでるわけでもなく、普通に床に座り耳にスマホを当てていた。最初に先生と電話していた体制だった。
すぐに出口の方を見る。扉はしっかり閉じており、少したりとも開いてはいなかった。ただ、自分の全身は異様なまで汗をかいており、動いた拍子に顎からぽたりと汗が垂れた。
『椎名さん? どうした?』
スマホ越しに先生の声が聞こえてきていた。戸惑い、すぐに返事が返せない。辺りを見渡し、異常がないことを確認する。大丈夫今は何もいない。鞄の中も覗いてみたが、財布やタオルがくちゃくちゃになって入っているだけだ。
『椎名さん!?』
「あ、の、えっと」
『話の途中で突然叫びだしたから。どうした』
私の声が聞こえてホッとしたように先生が言った。だが私はというと、電話の向こうの相手が信じられず狼狽える。困った挙句、正直に言う。
「せ、先生?」
『なに』
「先生ですよね? 本当に先生ですか?」
縋りつくように尋ねる。あれが夢だったなんて思えない、さすがに私もそこまで単純ではない。あの時、電話の相手は実際どこかで入れ替わっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる