藍沢響は笑わない

橘しづき

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よく泣く自分

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 私はにやける顔を何とか抑えつつ、言われた通り助手席に乗り込んだ。そこで、女が苦手な先生には助手席ではなく後部座席に乗るべきだった、と気づくのだが、まあ指摘されたら移動しよう、と安易に思いシートベルトを締めた。

「先生、来てくれたんですね」

「ちょうど休みだったし」

「奥さん、凄く泣いてました。ちゃんと幸せにならないと、久保さんに心配されちゃう、って最後は笑って……」

 説明していると、また思い出してぶわっと涙が浮かんできた。鞄からタオルを取り出して顔面に押し当てた。もう、私が泣いてどうするんだ。

「久保さんもすごく穏やかな顔で……あのアパートに残りました。きっと……これからは家族を見守るんでしょうね」

「ならきっと、そのうち本人も気づかない間に安らかに眠ってるだろうな」

「健人くん、久保さんを見てパパ、って呼んだんです。パパ、って」

「小さな子供は時々そういうのが視えることがあるってのは本当かもね」

「三人とも幸せそうで、本当に幸せそうで……」

「君が手紙を作って届けたおかげだね」

 私の語りに、先生は一言一言返してくれる。いつもめんどくさそうにしてるのに、今日は真っすぐ前を向いたまま丁寧に返事をしてくれた。淡々としたその口調が心地よくて、私は言いたい言葉をすべて吐き出していた。タオルには涙と化粧がところどころ付いて色模様を作っている。

 本当に良かった、と安心する反面、もっと早く話を聞いてあげればよかった、とも思う。

 赤い夕陽は静かに落ちていき、あたりは暗くなってきていた。先生は私に急かすようなことも言わず、車を停めたまま話を聞き続けてくれた。しばらく経ちようやく涙も収まってきたところで、私はちらりとサイドミラーで自分の顔を見てみた。案の定、鼻は真っ赤のピエロ状態だ。

 ああ、先生の車に乗ってるのに、とんだブスな泣き顔だ。化粧だって落ちまくり。

 そう心の中で少し残念に思っていると、先生が口を開いた。

「よく泣くな」

「す、すみません!」

「嫌味を言ったわけじゃない。椎名さんらしいなと思った。椎名さんって、お人よしで他人にすぐ感情移入するから」

「は、はあ」

「この仕事をする上でとても強い武器になる。だが同時に、きっと辛い。世の中にはどうしても受け入れたくない現実やジレンマが多くある」

 先生が言いたいことは少しわかるような気がした。人間味を捨てて、何も考えず働けばこの仕事は少し楽になる。人が痛み、苦しみ、時には亡くなるこの現場で、感情とは時に邪魔な存在だからだ。

 それでも、私はそんな存在にはなりたくないと思った。そうなればロボットと同じだから。


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