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お待ちになって!
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「ああでも! 五分待っててくれませんか、ちょっと片付けてきます!」
「いや、てゆうか上がるわけには」
「ちょっとお待ちになって!」
「お嬢様?」
私は急いで廊下を抜け部屋に入る。おお、シンクには朝ごはんを食べた食器がそのままだし、メイク道具も出しっぱなし。部屋着もベッドの上に脱ぎっぱなし。
大急ぎで片付ける。洗い物はもう無理なので諦めた。まさか先生を家にあげるなんてことは予想していなかったのだ、仕方ない。
とりあえずマシになったところでやっと先生に声を掛ける。
「お待たせしました~……散らかってますけど」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい」
先生は入り、私がいつも使うローテーブルの前に座り込んだ。違和感が凄すぎる、藍沢先生が私の部屋にいるなんて。
私はとりあえず一番傷や汚れがマシそうなマグカップにお茶だけ入れ、先生の前におずおずと差し出した。自分の分も置いておく。
今更ながら緊張が凄い。
「すみません、散らかってるしお茶もただの麦茶で」
「急に邪魔した俺が悪いんだ、ありがとう」
相変わらずお礼はきちんと言ってくれる。困りつつ私も座り込んだ。先生は出したお茶を一口飲む。あのコップは永遠に捨てないでおこう、とくだらないことを考えた。
何をどう切り出していいのかも分からず黙っていると、先生の方が口を開いた。
「椎名さん」
「え? はい!」
「ありがとう。まさか四年経って晴子に会えると思ってなかった」
「そんな、私は何もしてません! えっと、多分眠ったんですよね? 晴子さん……」
「多分そうじゃないかな。
どうも死者の中には、記憶が欠落していたりする者も一定数いるらしい。晴子はそのパターンだったみたいだな。多分死んだことすら気づいてなかった」
「でも、最後の」
ごめんね、の意味を聞こうとして黙った。とやかく突っ込まない方がいいと思ったのだ。
晴子さんは安らかに眠れた。先生も晴子さんに会えた。それで十分じゃないか。
「……はい、ようやく泣き止んでよかったです」
「鍵を持っていてよかった」
「本当ですね。ずっと持ってたんですね……」
「管理会社に頼んで譲ってもらった。でも、もっと早く気づいてやれればよかった」
「そりゃ人んちのアパートに入れないですもん、気づかなくて当然ですよ。それこそ通報されちゃいます」
「ま、そりゃそうだけど」
「綺麗な人でしたね晴子さん」
私が言うと、先生は懐かしむようにどこか遠くを見て、目を細めた。
「明るくて俺とは正反対だった。表情も豊かで、そこも反対。俺はこんなんだし、よく付き合ってくれてたな、と思う。意外な組み合わせだって知り合いにはよく言われた」
そういった言葉を聞き、微笑ましいと思うと同時に、胸がぎゅっと痛んだ。よく付き合ってくれてた……そんなふうに思うほど、晴子さんを好きだったんだなと痛感する。
「えっと、二人がとても仲良かったんだな、というのはよく分かりました」
「どうかな」
「先生は晴子さんから何も話を聞けなかった、というのを悔やんでますが……それは先生が頼りなくて言わなかったんじゃないと思います。先生が大事だから、好きだから言えなかったんじゃないですかね。心配掛けたくなかったから……だって、死んだ後すべてのことを忘れてもここに戻ってきたんですよ。先生が帰ってくるかもしれないから、その理由で」
私の言葉に、何も答えなかった。ただ白いマグカップを手に持ち、じっと見つめている。今先生が何をおもっているのかよく読み取れなかった。
口を閉じる。部外者の私が余計なことを言っただろうか。
「いや、てゆうか上がるわけには」
「ちょっとお待ちになって!」
「お嬢様?」
私は急いで廊下を抜け部屋に入る。おお、シンクには朝ごはんを食べた食器がそのままだし、メイク道具も出しっぱなし。部屋着もベッドの上に脱ぎっぱなし。
大急ぎで片付ける。洗い物はもう無理なので諦めた。まさか先生を家にあげるなんてことは予想していなかったのだ、仕方ない。
とりあえずマシになったところでやっと先生に声を掛ける。
「お待たせしました~……散らかってますけど」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「はい」
先生は入り、私がいつも使うローテーブルの前に座り込んだ。違和感が凄すぎる、藍沢先生が私の部屋にいるなんて。
私はとりあえず一番傷や汚れがマシそうなマグカップにお茶だけ入れ、先生の前におずおずと差し出した。自分の分も置いておく。
今更ながら緊張が凄い。
「すみません、散らかってるしお茶もただの麦茶で」
「急に邪魔した俺が悪いんだ、ありがとう」
相変わらずお礼はきちんと言ってくれる。困りつつ私も座り込んだ。先生は出したお茶を一口飲む。あのコップは永遠に捨てないでおこう、とくだらないことを考えた。
何をどう切り出していいのかも分からず黙っていると、先生の方が口を開いた。
「椎名さん」
「え? はい!」
「ありがとう。まさか四年経って晴子に会えると思ってなかった」
「そんな、私は何もしてません! えっと、多分眠ったんですよね? 晴子さん……」
「多分そうじゃないかな。
どうも死者の中には、記憶が欠落していたりする者も一定数いるらしい。晴子はそのパターンだったみたいだな。多分死んだことすら気づいてなかった」
「でも、最後の」
ごめんね、の意味を聞こうとして黙った。とやかく突っ込まない方がいいと思ったのだ。
晴子さんは安らかに眠れた。先生も晴子さんに会えた。それで十分じゃないか。
「……はい、ようやく泣き止んでよかったです」
「鍵を持っていてよかった」
「本当ですね。ずっと持ってたんですね……」
「管理会社に頼んで譲ってもらった。でも、もっと早く気づいてやれればよかった」
「そりゃ人んちのアパートに入れないですもん、気づかなくて当然ですよ。それこそ通報されちゃいます」
「ま、そりゃそうだけど」
「綺麗な人でしたね晴子さん」
私が言うと、先生は懐かしむようにどこか遠くを見て、目を細めた。
「明るくて俺とは正反対だった。表情も豊かで、そこも反対。俺はこんなんだし、よく付き合ってくれてたな、と思う。意外な組み合わせだって知り合いにはよく言われた」
そういった言葉を聞き、微笑ましいと思うと同時に、胸がぎゅっと痛んだ。よく付き合ってくれてた……そんなふうに思うほど、晴子さんを好きだったんだなと痛感する。
「えっと、二人がとても仲良かったんだな、というのはよく分かりました」
「どうかな」
「先生は晴子さんから何も話を聞けなかった、というのを悔やんでますが……それは先生が頼りなくて言わなかったんじゃないと思います。先生が大事だから、好きだから言えなかったんじゃないですかね。心配掛けたくなかったから……だって、死んだ後すべてのことを忘れてもここに戻ってきたんですよ。先生が帰ってくるかもしれないから、その理由で」
私の言葉に、何も答えなかった。ただ白いマグカップを手に持ち、じっと見つめている。今先生が何をおもっているのかよく読み取れなかった。
口を閉じる。部外者の私が余計なことを言っただろうか。
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