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番を棄てたアルファ

第28幕

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 季節は六月となり、学園を取り囲む深緑は小雨に降られ、じめじめと梅雨らしい湿気に包まれていた。

 学園の正門から黒塗りの外車が滑り込み、来客用の駐車スペースに停車する。運転席には若い男がハンドルを抱え込むようにして、玄関先を眺めていた。
 冬服から夏服の移行期間であるらしく、下校していく少年たちは半袖シャツや長袖シャツを思い思いに着こなしていた。傘を差して友人たちと談笑して帰っていく者や傘を忘れたのか小走りで学生寮に向かっていく者。そんな彼等に、男は懐かしそうに目を細めた。

 しばらくして、玄関から出てくる学生たちに交じって、左目の下に黒子のある少年が現れる。少し肌寒いのか、カッターシャツの上に紺のカーディガンを羽織っていた。少年はビニール傘を開き、肩に中棒を当てて、玄関から脚を踏み出した。
 男は運転席のドアを開け、蝙蝠傘を差すと、雨に濡れないように車から降りる。そうして、少年の背後から声をかけた。

「薫」

 呼ばれた少年は振り返って、男の姿を視界に入れ、目を見開いて硬直した。スラリとした細身の長身で、清潔感のある短髪。白のシャツに、薄手の黒のジャケット姿は、無個性で特徴はない。けれども、彼の所作は美しく、佇んでいるだけでも、育ちの良さと華やかさを感じさせた。男は穏やかな笑みを向け、切れ長の綺麗な目を細めていた。

「薫、話をしよう」

 男は薫に向かって、一歩足を進めた。

「話すことなんかない」

 薫は言い捨てて、前を向くと早足で立ち去ろうとした。

「薬、要らないのか?」

 男は遠退く薫の背中に言葉を投げ掛けた。
 薫は目を見開いて、振り返った。

 男はにこりと優しく笑う。けれど、瞳の奥には、隠しきれない怒りの炎が灯っているようだった。 

 薫の足は固まって動かない。
 ぽつぽつと傘に雨粒が当たる音だけが、辺りに響いていた。学生寮に向かう少年たちが、立ち止まっている薫や、学園の人間ではない青年の姿を、不思議そうに流し目で一瞥しながら通り過ぎていく。目立っていることに気づいて、男は眉を曇らせる。

「行くぞ」

 薫に顎で合図を送ると、男は車の方に向かって歩き出した。薫は少し躊躇を見せたが、観念して男の背中を追っていった。


 小降りだった雨は、次第に本降りになり、空は薄暗い雲に覆われた。ザーザー降り出した雨の中、黒塗りの外車が静かに正門から走り去っていった。


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