Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結

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番を棄てたアルファ

第29幕

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 神崎響は、都内の名門医学大学に通う優秀なアルファの青年だった。彼の父は大病院の理事長であり、彼はその後継ぎとしての未来が約束されていた。

 彼の父親はアルファで、彼の母親はオメガだった。
 魂の番の間に産まれた子は、アルファの中でも更に秀でた遺伝子を持つ、などという神話の真偽の程は不明であるが、神崎家に生を受けた長子は父親を越える優秀なアルファの男児であった。
 そんな子供を持つ親であれば、愛する息子の輝く未来を期待せずにはいられないのが親心である。神崎夫妻は、幼少の頃より響に後継者足るべき教養を与えて、慈愛を込めて大切に育てあげた。響は、両親から向けられる重過ぎる期待にも十分に応えられる力を持っている。そのことが何よりも誇らしかった。強者であるからこその余裕から、誰に対しても分け隔てなく親切に振る舞うことができた。


 神崎夫妻は、更に次子を設けた。
 彼の両親は生まれてきた次男がベータであることに、ほんの僅かに落胆したが、元気に生まれてきた男児を温かく迎え入れた。長男には、少々厳しすぎる教育を施した反動からか、次男のことは、ただただ、甘やかして猫可愛がりした。
 次男は愛くるしい容姿に恵まれて、天真爛漫に育ち、神崎家のマスコットとして溺愛された。彼の無邪気な笑顔は、パッと食卓を明るく華やかにする。不在がちで厳格な父親も、次男の可愛いワガママなら目尻を下げて何でも訊いてやった。


 両極端にも思える神崎兄弟は、だからこそ、理想的な兄弟になりえた。コンプレックスすら抱けないほどに優秀な兄は、弟の羨望の対象であった。純粋無垢に、自らの背中を追ってくる弟は、兄にとって放っておけない存在だった。
 神崎家は幸福に包まれ、穏やかな笑いの絶えない理想的な家庭であった。


 途切れることなく降りしきる雨は、フロントガラスを濡らし、規則的に左右に動くワイパーの機械音だけが車内に響いていた。
 赤信号にブレーキを踏み込んで、運転席の青年は助手席の少年に視線を向ける。少年は、運転席を見ようともせずに、雨でぼやけた窓の外を眺めていた。

「門限は何時だ?」

 響が薫に声をかける。

「……八時に点呼がある」

 薫は窓の外を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

「そうか。それまでには寮に帰すから」

 響は腕時計をちらりと目にする。
 薫は窓の外を眺め続けながら、重い口を開いた。

「兄さんと会うことは、禁止されているはずだけど」

 二人の間に、ぴりっとした緊張感が走った。薫の言うように、彼等の父親によって、二人の接触は固く禁じられていた。

 響は眉を曇らせる。かつて、懸命に兄の背中を追い、無邪気に笑っていた弟は、今では兄に背を向けて、目を合わせることすら、固く拒んでいた。

 響は無言で前方の赤信号を見つめながら、やり場のない思いを散らすように、ハンドルを握る手に、力を込めたのだった。


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