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番を棄てたアルファ
第30幕
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黒塗りの車は、人気のない山沿いの駐車場に停車した。街灯もなく、雨に降られる薄暗い山の中は、どこかひんやりと冷たい空気が漂っている。
「アフターピルは使うな」
薫はびくりと肩を揺らして、運転席の男を見上げた。ようやく、こちらに顔を向けた薫に、響は低いトーンで言葉を続けた。
「アフターピルは体への負担が大きすぎる。本来は処方箋が必要な緊急事態用の薬で、乱用するような薬じゃない」
「そんなこと、わかってるよ……母さんに手配を頼んだはずだけど」
「母さんから連絡があったんだ。ここ2ヶ月、頻繁に頼んでいるそうじゃないか」
薫は俯いた。
薫が唯一、頼み事ができるのは母だった。薫に同情的な母親は、発情期の抑制剤を手配して、学生寮に送ってやっていた。
そこまでは、良かった。今年の四月に、初めてアフターピルの手配を薫から頼まれて、薫の母親は眩暈をするほどに動揺した。高校の入学時に、非常用にとアフターピルを三回分渡してあったはずである。それを使い切って、更に不足したということであろうか。薫の身に、よくないことが起きているのは明白だった。
けれど、母には、不憫な次男のことを相談できる相手がいなかった。薬の手配を躊躇していれば、薫はより不幸な境遇に追い込まれなかねない。
母は仕方なく、早急に薬を手配してやった。しかし、一度、薬を送ってやると、五日と経たないうちに、また手配を頼まれた。母は、言い様のない不安に駆られながらも、薫に薬を送り続けた。
そんなことが二ヶ月も続き、悩んだ挙げ句、母は、薫の兄である響に相談してしまった。母親から泣きつかれれば、響は、すぐに実家を訪ねて彼女の相談事を優しく聞いてやった。そうして、母が用立てた薬を受け取ると「薫と話をしてみるよ」と、彼女を安心させるように微笑んだ。
「兄さんには関係ないだろ、」
薫が言い捨てた瞬間、ぐっと首を引かれる。響は薫の黒い首輪に手をかけて、手元に引き寄せたのだ。
「関係ないわけないだろ」
至近距離で睨まれて、薫はひっと息を飲む。漆黒の瞳に紅い光を見た。
「避妊もしないような男と付き合ってるのか? それとも、オメガであることがバレて強要されているのか? こんな首輪までつけてるってことは、相手はアルファか? お前が番の契約をしていることを、そいつは知らないのか?」
響は薫を矢継ぎ早に問い詰める。鋭く睨み付けてくる瞳から目を逸らし、薫は唇を噛み締めて、だんまりを決め込んだ。
「父さんはどこまで知ってる?」
薫は唇を震わせた。
「父さんには……父さんには言わないで、」
薫は、縋るように響を見上げた。彼等の実父が知れば、薫は退学させられ、どこか山奥の病棟にでも放り込まれ、二度と外に出してもらえなくなる。
薫の実父はそういう男だった。
瞳を潤ませて上目遣いに見上げてくる薫に、響はどきりとした。基より、やや中性的な容姿をしていた弟は、それでも中学生の頃までは少年らしい爽やかで明るいオーラを纏っていた。
けれど、年齢を重ねたためか、それとも雌に開花したからか、薫は陰鬱で妖艶な雰囲気を醸し出していた。響は誘われるように、首輪を掴んでいた手を滑らせて、薫の頬に手を寄せてしまう。
「薫、」
「いやだ!」
兄の瞳に雄の光を見た気がして、薫は咄嗟に頬に添えられた手を払い除けた。響は拒絶されたことに、カァと狩猟欲求が掻き立てられる。怯える薫の腕を掴んで、助手席に身を乗り出す。
「や、やめて、」
響は目前のオメガの肢体に跨がると、熱っぽく薫を見下ろした。薫は驚いて身動ぎするが、両腕を捕まれて、のし掛かれれば、逃げようもなかった。
「いやだって、兄さんッ」
薫の抵抗を無視して、響は首筋に顔を埋めた。響の髪の匂いと響の体臭に、薫の身体は、誰が己の番であるか思い出して、小刻みに震え出した。響は、薫の耳ともに唇を寄せて、囁いた。
「薫、甘い匂いがしてるな」
薫は一気に身体を火照らせた。
世界中の雄を誘惑する花のような甘いフェロモンが香り立つ。
薫は無理やり唇を奪われて、小さく呻いた。響は薄い唇を舌で愛撫して、甘い香りを味わうように、薫の口内を舌でまさぐった。久々に感じる番の体温や臭いに、オメガの身体は甘く痺れ、抵抗していた腕は力を失っていく。
唇を重ねながら、響は、薫のカッターシャツのボタンを外していく。ボタンにかける兄の手の甲に、薫は震える手を重ねて僅かな抵抗を試みる。何度も重ねてくるキスの合間に、薫は必死に兄に懇願した。
「兄さん、こんなの、おかしい」
頬を紅潮させ、潤んだ瞳で見上げれば、それは抵抗ではなく、物欲しそうに雄を誘う雌でしかない。
響は実弟に劣情を燃やしてしまう背徳的な官能に、身体の芯から滾らせた。浅い息を吐きながら、薫の首筋に唇を寄せる。
「……誘ってるのは、薫の方だろ?」
薫はゾクゾクと首筋に甘い痺れを走らせる。
響の股間が薫の太腿に押し付けられる。布越しにも感じる兄の固く勃起したペニスに、薫は目を伏せて、小さく甘い息を吐いた。
「アフターピルは使うな」
薫はびくりと肩を揺らして、運転席の男を見上げた。ようやく、こちらに顔を向けた薫に、響は低いトーンで言葉を続けた。
「アフターピルは体への負担が大きすぎる。本来は処方箋が必要な緊急事態用の薬で、乱用するような薬じゃない」
「そんなこと、わかってるよ……母さんに手配を頼んだはずだけど」
「母さんから連絡があったんだ。ここ2ヶ月、頻繁に頼んでいるそうじゃないか」
薫は俯いた。
薫が唯一、頼み事ができるのは母だった。薫に同情的な母親は、発情期の抑制剤を手配して、学生寮に送ってやっていた。
そこまでは、良かった。今年の四月に、初めてアフターピルの手配を薫から頼まれて、薫の母親は眩暈をするほどに動揺した。高校の入学時に、非常用にとアフターピルを三回分渡してあったはずである。それを使い切って、更に不足したということであろうか。薫の身に、よくないことが起きているのは明白だった。
けれど、母には、不憫な次男のことを相談できる相手がいなかった。薬の手配を躊躇していれば、薫はより不幸な境遇に追い込まれなかねない。
母は仕方なく、早急に薬を手配してやった。しかし、一度、薬を送ってやると、五日と経たないうちに、また手配を頼まれた。母は、言い様のない不安に駆られながらも、薫に薬を送り続けた。
そんなことが二ヶ月も続き、悩んだ挙げ句、母は、薫の兄である響に相談してしまった。母親から泣きつかれれば、響は、すぐに実家を訪ねて彼女の相談事を優しく聞いてやった。そうして、母が用立てた薬を受け取ると「薫と話をしてみるよ」と、彼女を安心させるように微笑んだ。
「兄さんには関係ないだろ、」
薫が言い捨てた瞬間、ぐっと首を引かれる。響は薫の黒い首輪に手をかけて、手元に引き寄せたのだ。
「関係ないわけないだろ」
至近距離で睨まれて、薫はひっと息を飲む。漆黒の瞳に紅い光を見た。
「避妊もしないような男と付き合ってるのか? それとも、オメガであることがバレて強要されているのか? こんな首輪までつけてるってことは、相手はアルファか? お前が番の契約をしていることを、そいつは知らないのか?」
響は薫を矢継ぎ早に問い詰める。鋭く睨み付けてくる瞳から目を逸らし、薫は唇を噛み締めて、だんまりを決め込んだ。
「父さんはどこまで知ってる?」
薫は唇を震わせた。
「父さんには……父さんには言わないで、」
薫は、縋るように響を見上げた。彼等の実父が知れば、薫は退学させられ、どこか山奥の病棟にでも放り込まれ、二度と外に出してもらえなくなる。
薫の実父はそういう男だった。
瞳を潤ませて上目遣いに見上げてくる薫に、響はどきりとした。基より、やや中性的な容姿をしていた弟は、それでも中学生の頃までは少年らしい爽やかで明るいオーラを纏っていた。
けれど、年齢を重ねたためか、それとも雌に開花したからか、薫は陰鬱で妖艶な雰囲気を醸し出していた。響は誘われるように、首輪を掴んでいた手を滑らせて、薫の頬に手を寄せてしまう。
「薫、」
「いやだ!」
兄の瞳に雄の光を見た気がして、薫は咄嗟に頬に添えられた手を払い除けた。響は拒絶されたことに、カァと狩猟欲求が掻き立てられる。怯える薫の腕を掴んで、助手席に身を乗り出す。
「や、やめて、」
響は目前のオメガの肢体に跨がると、熱っぽく薫を見下ろした。薫は驚いて身動ぎするが、両腕を捕まれて、のし掛かれれば、逃げようもなかった。
「いやだって、兄さんッ」
薫の抵抗を無視して、響は首筋に顔を埋めた。響の髪の匂いと響の体臭に、薫の身体は、誰が己の番であるか思い出して、小刻みに震え出した。響は、薫の耳ともに唇を寄せて、囁いた。
「薫、甘い匂いがしてるな」
薫は一気に身体を火照らせた。
世界中の雄を誘惑する花のような甘いフェロモンが香り立つ。
薫は無理やり唇を奪われて、小さく呻いた。響は薄い唇を舌で愛撫して、甘い香りを味わうように、薫の口内を舌でまさぐった。久々に感じる番の体温や臭いに、オメガの身体は甘く痺れ、抵抗していた腕は力を失っていく。
唇を重ねながら、響は、薫のカッターシャツのボタンを外していく。ボタンにかける兄の手の甲に、薫は震える手を重ねて僅かな抵抗を試みる。何度も重ねてくるキスの合間に、薫は必死に兄に懇願した。
「兄さん、こんなの、おかしい」
頬を紅潮させ、潤んだ瞳で見上げれば、それは抵抗ではなく、物欲しそうに雄を誘う雌でしかない。
響は実弟に劣情を燃やしてしまう背徳的な官能に、身体の芯から滾らせた。浅い息を吐きながら、薫の首筋に唇を寄せる。
「……誘ってるのは、薫の方だろ?」
薫はゾクゾクと首筋に甘い痺れを走らせる。
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