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オメガの所有権
第146幕
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結城博己の朝食は優雅であった。
特進クラスの生徒達が住まうA棟の学生寮には、異国情緒漂うカフェテリアが存在する。大きな窓からは、黄色に葉を染めた豊かな木々が広がり、朝の澄んだ空気に心地良さそうに小鳥達が囀っていた。室内には穏やかなピアノの音色が流れ、博己か指定席に腰を下ろせば、僅かの間の後には、朝食が運ばれてきた。ワンプレートの皿の上には、焼きたてのクロワッサンと、ふわりとしたスクランブルエッグ、サラダとスープボウルが乗っている。
代わり映えのしないメニューであったが、博己は気に留めず、美しい所作で、ゆったりと口に運んでいった。
アンティークの掛け時計が八時を告げる。食後のアールグレイティーの香りを楽しんでいた博己は、テーブルナプキンで口元を拭うと席を立った。登校の準備をするために、自室に足を向ける。二階の角の部屋のドアに鍵を差し込もうとしたところであった。
隣の部屋のドアがゆっくりと開いた。
「ぁ、おはようございます」
現れた青年は、博己の姿を目に留めると、僅かに身体が強張り、悟られぬように頭を下げた。登校時間には随分と早かったが、柳瀬優人は学ランを着込み、通学バックを肩にかけていた。
「帰っていたのか」
「昨夜、実家から戻りました」
博己の問いかけに、優人は歯切れ悪く答えた。他人の動向に興味を持たない博己であったが、柳瀬優人は例外であった。それは、つい先日まで彼が書記として側に仕えていたことや隣の部屋で過ごしていたという物理的な距離感もあったが、「神崎」に踏み込む稀有な存在であることが大きいだろう。
柳瀬優人は、嬉しそうに荷物をまとめて週末から帰省していた。けれど、休みが明けても部屋は空のままであったのだ。それが昨夜に、ひっそりと学生寮に帰寮していたのだ。そして、今朝の優人の顔色は翳っている。
「その怪我、誰にやられたんだ?」
博己は自身の首をトントンと人差し指で叩いて見せた。優人の学ランの襟から包帯が覗く。よくよく見れば、頬や手の裏には、擦れた傷が細かく残り、痣となっている。
「誰でもありません……ちょっと、転んだんです」
優人の耳は赤く染まる。脳裏に甦るのは、生々しい男の息遣いや皮膚を濡らした体液である。うなじに燻る疼痛を思い出し、優人は小さく息を飲んだ。恐怖でしかないはずの狼の赤く染まった瞳は、倒錯した官能となり、柳瀬優人の心を蝕んだ。
「そうか、柳瀬も意外と間が抜けているところがあるんだな」
博己はくすりと可笑しそうに笑ってみせた。優人の言葉を信じたわけではなかったが、博己にとっては、興味の薄いことであった。
「そういえば、妹君の見合いは……」
「破談になりました」
赤くなった耳は、色を失う。優人は、きゅっと通学かばんの持ち手を強く握りしめる。
博己は、僅かに目を見開いた。
「破談というのは、」
「失礼します」
続けて問いかけようとした博己を遮るように、優人は会釈すると、足早に立ち去っていく。
博己は眉を曇らせた。優人の首に巻かれた包帯が、萎縮している後ろ姿が、酷く胸をざわめかせる。博己はスマホを取り出すと、少し考えてから耳に押し当てた。
「すぐに車を回してくれ」
コールを受けた結城家の使用人は、傲慢な未来の主人に口答えするはずもなく「畏まりました」と応えたのであった。
特進クラスの生徒達が住まうA棟の学生寮には、異国情緒漂うカフェテリアが存在する。大きな窓からは、黄色に葉を染めた豊かな木々が広がり、朝の澄んだ空気に心地良さそうに小鳥達が囀っていた。室内には穏やかなピアノの音色が流れ、博己か指定席に腰を下ろせば、僅かの間の後には、朝食が運ばれてきた。ワンプレートの皿の上には、焼きたてのクロワッサンと、ふわりとしたスクランブルエッグ、サラダとスープボウルが乗っている。
代わり映えのしないメニューであったが、博己は気に留めず、美しい所作で、ゆったりと口に運んでいった。
アンティークの掛け時計が八時を告げる。食後のアールグレイティーの香りを楽しんでいた博己は、テーブルナプキンで口元を拭うと席を立った。登校の準備をするために、自室に足を向ける。二階の角の部屋のドアに鍵を差し込もうとしたところであった。
隣の部屋のドアがゆっくりと開いた。
「ぁ、おはようございます」
現れた青年は、博己の姿を目に留めると、僅かに身体が強張り、悟られぬように頭を下げた。登校時間には随分と早かったが、柳瀬優人は学ランを着込み、通学バックを肩にかけていた。
「帰っていたのか」
「昨夜、実家から戻りました」
博己の問いかけに、優人は歯切れ悪く答えた。他人の動向に興味を持たない博己であったが、柳瀬優人は例外であった。それは、つい先日まで彼が書記として側に仕えていたことや隣の部屋で過ごしていたという物理的な距離感もあったが、「神崎」に踏み込む稀有な存在であることが大きいだろう。
柳瀬優人は、嬉しそうに荷物をまとめて週末から帰省していた。けれど、休みが明けても部屋は空のままであったのだ。それが昨夜に、ひっそりと学生寮に帰寮していたのだ。そして、今朝の優人の顔色は翳っている。
「その怪我、誰にやられたんだ?」
博己は自身の首をトントンと人差し指で叩いて見せた。優人の学ランの襟から包帯が覗く。よくよく見れば、頬や手の裏には、擦れた傷が細かく残り、痣となっている。
「誰でもありません……ちょっと、転んだんです」
優人の耳は赤く染まる。脳裏に甦るのは、生々しい男の息遣いや皮膚を濡らした体液である。うなじに燻る疼痛を思い出し、優人は小さく息を飲んだ。恐怖でしかないはずの狼の赤く染まった瞳は、倒錯した官能となり、柳瀬優人の心を蝕んだ。
「そうか、柳瀬も意外と間が抜けているところがあるんだな」
博己はくすりと可笑しそうに笑ってみせた。優人の言葉を信じたわけではなかったが、博己にとっては、興味の薄いことであった。
「そういえば、妹君の見合いは……」
「破談になりました」
赤くなった耳は、色を失う。優人は、きゅっと通学かばんの持ち手を強く握りしめる。
博己は、僅かに目を見開いた。
「破談というのは、」
「失礼します」
続けて問いかけようとした博己を遮るように、優人は会釈すると、足早に立ち去っていく。
博己は眉を曇らせた。優人の首に巻かれた包帯が、萎縮している後ろ姿が、酷く胸をざわめかせる。博己はスマホを取り出すと、少し考えてから耳に押し当てた。
「すぐに車を回してくれ」
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