Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結

文字の大きさ
147 / 168
オメガの所有権

第147幕

しおりを挟む
 神崎家と柳瀬家の縁談は両家の望むところであった。そこには、神崎家には神崎家の思惑があり、柳瀬家には柳瀬家の思惑があったはずである。自身に有利な条件で交渉を進めようすることは、アルファ性のサガである。両者は互いに腹を探り合いながらも、親族になる手順を確実に整えていたはずである。

 けれど、この縁談は呆気なく破談となった。

 責任の所在は、どちらに在ったのか。オメガ性の発情期を利用した柳瀬家の失策であったのか、縁談を申し込んだはずの神崎家が番の契約を拒否したことによるものか。
 何れにせよ、両家の次期当主の青年たちは、晴れの席で共食いとも言える失態を晒し、両家の現当主たちの口を噤ませたのであった。



「薫くん、スイートポテト食べる?」

 本条は屈託のない笑顔で、菓子の箱を掲げてみせた。452号室の担当看護師は、定期的に甘い菓子を患者に差し入れる。退屈な入院生活の中で、娯楽といえば食べることぐらいのものであろう。

「ありがとうございます」

 ベッドに座って読書をしていた神崎薫は、本を閉じて薄く微笑んだ。
 看護師は、戸棚から食器を取り出しながら、横目に空の花瓶を確認する。本条看護師が萎れた白い花を片付けてから、既に一週間以上が経過していた。

 唐突に、施錠されているはずの扉が開く。
 年の離れたオメガの青年達は、びくりと肩を震わせて視線を扉に向けた。

「理事長、」

 看護師は、面食らう。

「すまないが、外してくれないか」

 白衣を纏った壮年の医師は、看護師を一瞥する。本条は、ベッドの上で硬直している神崎薫の様子を窺った。不憫な患者に良くないことが起こる予感がする。それでも、神崎総合病院の長を務める男に、意見できるはずもなく、本条は「失礼します」と頭を下げると病室を立ち去っていく。

 扉が閉まると、神崎理事長はサイドボードのガラスの水差しを手に取った。とぷとぷと、グラスに水が注がれていく音だけが室内に響く。

「久しぶりだな」

 神崎医師が、ちらりと視線を寄越すも、薫は怯えたように頷くだけであった。医師はベッドの脇の椅子に腰を掛けて、患者に水の入ったグラスを手渡した。水色の病衣を着込んだ患者は、不安げな眼差しで見上げる。
 医師は白衣の胸ポケットからPTPシートを取り出した。

「飲みなさい」

 目の前に差し出された三錠の薬に、薫は唇を震わせた。

「精神安定剤だ。多少は気分が落ち着く」

 神崎薫に拒否権などはない。じっと見下ろされる視線に堪えかねて、おずおずと錠剤を口に入れる。

「口を開けて見せなさい」

 薫は薬を飲み込むと、大人しく口を開いた。医師は口内が空であることを確かめると、小さく頷いた。

「髪を、切ったのか?」

 父親は問いかける。

「本条さんが切ってくれて」
「そうか」

 親子の会話はそれきりであった。気まずい沈黙が流れて、薫は息苦しそうに自身の胸を撫でた。

「響と番になりたいか?」
「え、」

 予想外の問いかけに、薫は父の顔を見上げた。

「響には、大学院を卒業したらオメガの正妻を娶らせる。お前には、神崎家の敷地に離れを造ってやろう。……そうだな。たまになら、響と会わせてやるし、外には出してやれないが、お前の生活は神崎が保証しよう」
「それは、つまり……兄さんの愛人になるってこと?」

 部屋の空気が凍りつく。
 実父が提案したのは、次男を長男の妾として囲わせることであった。あまりにも悍ましい提案であったが、それでも、神崎氏が考えうる限り最大級の譲歩である。
 これ以上、無理に元番と引き離そうとするならば、多少の無茶をしても響は薫を連れて姿を消してしまうだろう。それならば、薫を手元に置いて、彼等を監視する方が余程マシである。

「お前が、響を説得するんだ」

 最早、神崎響には父親の声は届かない。どんなに殊勝に振る舞っても、仮面の裏では牙を剥く。その現実を、神崎氏は認めるしかなかった。それでも、固執している薫の言葉であれば、響は聞き入れるだろう。

「…………無理だよ」

 薫は、きゅっとシーツを握り締める。再び実兄の番となり、響に恋い焦がれながら、愛人として神崎家に閉じ籠られる未来は、あまりにも孤独に思えた。
 それに、神崎薫には運命の番がいる。総てを委ねた結城博己の許しがなければ、薫は何一つ決めることはできない。

「そうか。今の話は忘れてくれ」
 
 神崎氏は、落胆の息を吐く。
 否、逃避行を企てていた神崎兄弟が受け入れる提案ではないことは理解していた。ほんの僅な可能性を提示したに過ぎない。

「……ん、……」

 ぐわんと視界が歪み、薫は前のめりに倒れ込む。医師は腕を伸ばして、その身体を受け止めた。憂いを纏う患者からは、微かな甘い香りが漂う。

「どうした?」

 男は耳元で優しく問いかける。

「……ごめ……なさい……眠くて、」

 薫の瞼は、鉛のように重くて持ち上がらない。身体からは力が抜けて、じんわりと手先が痺れていくようであった。

「もう苦しまなくていい……」

 低く優しい声色に、薫の意識は緩やかに遠退いていったのであった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~

水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。 「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。 しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった! 「お前こそ俺の運命の番だ」 βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!? 勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)

おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが… *オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ *『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

【完結】後宮に舞うオメガは華より甘い蜜で誘う

亜沙美多郎
BL
 後宮で針房として働いている青蝶(チンディエ)は、発情期の度に背中全体に牡丹の華の絵が現れる。それは一見美しいが、実は精気を吸収する「百花瘴気」という難病であった。背中に華が咲き乱れる代わりに、顔の肌は枯れ、痣が広がったように見えている。  見た目の醜さから、後宮の隠れた殿舎に幽居させられている青蝶だが、実は別の顔がある。それは祭祀で舞を披露する踊り子だ。  踊っている青蝶に熱い視線を送るのは皇太子・飛龍(ヒェイロン)。一目見た時から青蝶が運命の番だと確信していた。  しかしどんなに探しても、青蝶に辿り着けない飛龍。やっとの思いで青蝶を探し当てたが、そこから次々と隠されていた事実が明らかになる。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。 ⭐︎登場する設定は全て史実とは異なります。 ⭐︎作者のご都合主義作品ですので、ご了承ください。 ‪ ☆ホットランキング入り!ありがとうございます☆

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

処理中です...