そのエラーはハンドリングできません

nao@そのエラー完結

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11月6日(火)

第3話

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 ビルの一階にある喫煙室で一息ついた。この時間には珍しく、喫煙所は俺たちの他に誰もいなかった。煙草に火をつけて、紫煙を肺いっぱいに吸い込む。吉田も煙草に手を伸ばしたので、ライターをつけてやった。煙草を加えた薄い唇が寄せられる。

「それで、俺に話があるんだろ?」
「まあまあ、そう焦るなって」

 吉田はやけに上機嫌だった。

「ちょっと前に、M社の新規案件の見積もりの作成に協力してもらっただろ? あれ、まとまりそうなんだ」
「ああ、あれか。お疲れさま」

 本来は営業部が作成した見積もりを確認するのは、マネージャーの仕事だが、四年前にM社で常駐業務を請け負っていたこともあり、研修も兼ねて、今回は俺が引き受けた。
 先方もシステム管理部を持っているが、大規模なシステムを改修するにあたり、今回も専門のソフトウェア会社に外注して一緒にシステムを構築したいという要望である。

「それで、あの見積もり自体は手続きに入ってるんだけどな。ひとつ、M社から要望があったんだ」
「追加の発注ってことか?」
「まあ、そんなとこ。参画予定だったリーダーの都合がつかなくなったそうでさ。M社が代わりを探しているそうなんだが、なかなかこのご時世すぐに見つからないだろ? そこで、うちの『超有力株』の瀬川祐介にオファがあったってわけだ」
「『超有力株』ってなんだよ。適当なことばっかりいうなよ」
「まあまあ、大原さんとは顔見知りなんだろ?」

 M社の大原氏といえば、丸顔に厚い眼鏡が印象的な開発部の部長だ。父親ほどに年が離れている彼には、四年前にメンバーの一員としてフロアに常駐していた頃、随分と目をかけてもらったのだ。「君には素質がある」と、リーダーの役割の一部を任せてもらえたことで、仕事に対する成長を感じられたし、多少は自信もついた。大原氏であれば、俺の性格なども理解してくれているだろうし、仕事も進めやすいかもしれない。だからといって、今回の件は、とても俺の一存で決められることではない。

「要員調整の話なら、マネージャーを通せよな」
「もちろん、この後にマネージャーに報告はするけどな。お前がどう思うか、先に聞いておきたいだろ?」
「そりゃまあ、大原さんのご指名なら受けたいけど、M社の新規案件は三月に開始予定じゃなかったか? 今やってるYシステムの導入時期に被るし、追加開発案件の話も持ち上がってることを考えると、簡単に要員計画は覆せないと思うなぁ」
「まあ、そこは篠田マネージャーがうまいこと調整してくれるんじゃないか?」 
 
 篠田マネージャーは、俺の所属するシステム事業本部の第2グループのトップだ。すべてのプロジェクトの要員調整の責任者でもある。彼が納得しなければ、この話もとん挫するだろう。

「なあ、そのリーダーって、M社に常駐することが条件になっているのか?」
「まあ、二年ぐらいは常駐すると思った方がいいだろうな」
「そうか」

 あのフロアから離れられる、と思ってしまった。

「瀬川がやりたいなら営業部からも後押しするぜ。上手くやれば、他のサブシステムも受注できるかもしれないからな。そうなると、大規模案件に化けるかもしれないだろ? 俺は『超有力株』に期待してるんだぜ」
「おい、勝手にハードル上げるなよ」

 思わぬ拡大契約の見込みに、吉田は高揚しているようで、からかうように肩をぶつけられる。いやまて、必要以上に期待されても困る。

「俺は、本当にまだ全然経験値が足りてないんだ。今のプロジェクトも上手く回せてないし、最近は、リーダーなんて向いてないのかもって思うことも多いしな」
「お前、自分に対する理想が高すぎるんじゃねぇの?」
「そうかな」 

 無言のまま煙草を一本吸い終わり、灰皿に押し付けた。

「なあ、瀬川、営業部に来ないか?」
「は?」

 吉田が妙案という顔で、笑っている。またバカなことを思い付いたもんだ。

「いやぁ、お前と組んだら、契約バンバン取ってこれそうな気がするんだよな」
「俺はそんな気、まったくしないけどな」
「瀬川はイヤかもしれないけど、お前、おっさんウケいいし、向いてると思うぜ?」
「おっさんウケってなんだよ」
「新人みたいな顔してる癖に、生意気に意見いうし、そのくせ、なんか性格は素直だし、肩に力入れて、がんばってます!って感じがな。カワイイなぁー応援したいなぁーっておっさんはなるわけだよ」
「うっわ、なんだよそれ」
「一種の才能だろ?」

 ぐいっと太い腕が肩にのしかかる。吉田の口ぶりでは、どこまでが本当で、どこからが冗談なのかはわからない。けれど、ぞわりと鳥肌は立った。

「なあ、俺と組んで、デッカイ仕事しようぜ」
「俺は、営業には向かないよ。お前みたいに攻めの営業なんてできっこない。やっぱりエンジニアは保守的な営業しかできないと思うんだ。不確定な事柄があると、足がすくむ。お前らみたいに一件の案件に食らいついていく営業なんて、できないんだよ」
「ふーん、そんなもんかな」
「そういうもん。おっさんウケだか知らないけど、俺はSEだから客に大事にされてるだけだ。俺が営業だったら、大原さんも対応が違ってたと思う」 
「ん?」
「俺たちSEは、商品なんだよ。お前らが売ってるのは、システムじゃなくて、俺たちSE自身。客の立場だったら、買った商品に愛着を持って大事に扱うのは当然だろ。でも、売ったヤツには容赦ない。俺がヘマすれば、責められるのはお前だろ?」

 ぐっと肩の重みが増した。吉田が俺の顔を覗き込んでくる。

「だから、俺は営業やってる吉田のこと、これでも尊敬してるんだ」
「そういうとこな」
「なんだよ」

 吉田が意地悪く口角をあげる。

「それで無自覚なんだから、お前も性質が悪いよな」

 ドンッと大きな音が響いた。ガラス張りの向こうで、こちらを睨み付けている男と目が合った。


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