そのエラーはハンドリングできません

nao@そのエラー完結

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11月6日(火)

第4話

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「なにしてるんですか」

 地を這うような低い声色に、血の気が引いていく。俺の耳元で吉田が可笑しそうに囁く。

「瀬川、後輩までたらしこんでるのか」

 ぎょっとして、吉田の顔を見上げているうちに、矢口が喫煙室の扉を開けて入ってくる。

「瀬川さんに気安く触らないでくれますか」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ」

 矢口の冷ややかな言葉に、吉田が挑発的に笑うものだから喫煙所の空気は一気に張り詰める。

「そういえば、あの設計書の仕様変更ってどうなったんだっけ? 矢口くん、早めに確認しておきたいから、フロアに戻ろうか」

 吉田の腕を押し退けて、矢口の背中を叩く。やや強引だが、頭に血が上っている男を喫煙室から追いやった。それなのに、吉田の声が背後から追いかけてくる。

「瀬川、今度、二人で祝杯あげに行こうぜ」
「お、おう」

 吉田が含んだ笑みを浮かべているものだから、矢口が小さく舌打ちした。

 乗り込んだ先のエレベーターは息が詰まりそうだった。逃げ場のない狭い密室で、不機嫌な矢口と二人きり。

「矢口くん、ああいうのはやめてもらえるかな」
「ああいうのってなんですか?」
「そんな風に公私混同するんだったら、このまま付き合い続けるのも考えものだな」
「瀬川さんが、他のやつに気安く触らせたりするから」

 矢口の目が伏せられる。震える唇は憤りだろうか。なるべく穏便に済ませたかったが、子どもっぽくヘソを曲げている男に、こちらも苛立ちが募っていた。

「あんなのフツーだろ? あいつは誰にでもあんな感じだし」
「そんなの、相手がどう思ってるかなんてわからないじゃないですか」

 恋は盲目とはよく言ったものだ。俺みたいな普通の男に、恋愛感情を抱くような特殊な男が、近場に何人もいるわけないだろう、と思ったが口には出さなかった。矢口があまりにも悲痛に顔を歪めていたからだ。なぜか自分が悪いことをしてしまったような気になってくる。
 仕方なく不機嫌な顔を覗き込んで、その整った唇に、触れるだけのキスをした。

「なあ、これで機嫌直せよ」

 矢口が目を見開いたので、なんだかこちらも恥ずかしくなる。エレベーターの扉が開くと、矢口に腕を引かれて歩かされる。足早に向かう先は、フロアとは反対側だった。

「おい、どこ行くんだよ」
「人の気も知らないで。あんなことされたら、我慢できるわけないじゃないですか」

 空いてるミーティングルームに連れ込まれれば、後頭部を押さえられて、強引に唇を重ねられる。ちょっとしたご機嫌取りのつもりが、男に火を点けてしまったのだと気がついた時には、もう遅かった。女とは異なる奪うようなキスに呑まれそうになる。何度も角度を変えて、僅かに開いた唇を強引に割り込まれ、舌を絡められる。口内をなぶられると、息が上がって、少し気が遠くなる。壁際に追い込まれて、ようやく、離れた唇に、男の肩にもたれかかった。矢口の手が臀部を撫でてきて、思わず身を固くする。

「やめろよ」

 自分でも驚くほどに、か細い声だった。

「佑介」

 低い声で熱っぽく囁かれ、耳に舌を這わされる。ゾクゾクと首筋が痺れて、肩をすくめる。それでも矢口はお構い無しだった。首筋に舌が降りて、啄むように首筋に何度もキスされる。躰を反らそうとすれば、男の手が胸に伸びてきた。シャツの上から膨らみのない胸をゆっくりと揉まれると、くすぐったい。
 男の胸なんて揉んだって楽しくないだろう、と思うと同時に、これが矢口の女の抱き方なのだろうか、と考えてしまい、妙な羞恥心が沸き立った。親指でゆるく胸の突起をを転がされると、むず痒くて、吐息が漏れそうになる。スラックスの上から、股の間をゆっくりと円を描くように撫でられる。

「こんなとこで、なに考えてるんだ」
「会社じゃなかったらいいんですか?」

 矢口の顔からは笑みが消え、見たこともないギラついた瞳に息を呑んだ。ファスナーの縫い目に指で撫で上げられれば、イヤでも勃起している事実を突き付けられる。

「やめろって!」

 ほとんど叫び声だった。何に興奮しているのかもわからずにひどく混乱していた。
 矢口の手がピタリと止まる。俺の肩口に男が額を埋めてきた。熱く浅い息を吐きながら、矢口は「すみません」と掠れた声で謝罪する。俺は硬直したまま、どうしていいやらと天井を仰ぎ見る。

「少し頭を冷やしてきます」

 矢口は俺の目を見ずに、ミーティングルームを出て行った。取り残された俺は、力が抜けて、その場にしゃがみ込んだ。こんな風に、矢口に心を掻き乱されるなんて思ってもみなかった。熱く滾った下半身が窮屈に締め付けられて、じんじんと鈍く痛む。なんだか、それがとても情けなく思えた。



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