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nao@そのエラー完結

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11月16日(金)

第11話

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 家主にバスルームを借りて、手早くシャワーを浴びた。ドラム式の洗濯機の上には、バスタオルが置いてある。身体を拭えば、ふわふわのバスタオルはよく水分を吸い込み、柔軟剤のいい匂いがした。

 脱ぎ散らかされた衣類は、いつの間にか洗濯機にかけられているらしく、ぐるぐると回転している。スーツやネクタイは、綺麗にハンガーにかけて、クローゼットに仕舞われていた。

「俺の着るものがないんだけど」

 ベッドに腰かけ、肌寒さを凌ぐために掛け布団を手繰り寄せる。矢口は少し考えて、二時間ぐらいそのままでも、と愉しそうに笑った。

 家主から衣類の提供がないのなら、俺には選択肢がない。矢口が入れ替わりでバスルームに消えていくのを見届けると、布団にくるまって横になる。遠くから響く水音は心地よい。急に力が抜けて、瞼が重くなってくる。

 どのぐらいそうしていたのか。やんわりと微睡んでいれば、シャワーを済ませた矢口が下着姿のままで、俺が占拠しているベッドに潜り混んでくる。シングルより、やや大きいセミダブルのベッドだったが、男が二人が寝そべるには少し狭い。背後から腕が伸びて、抱きすくめられる。ぴったりと寄せられる人肌は温かく、気持ちがいい。肩甲骨の辺りに男の額が押し当てられた。

「瀬川さん、俺のこと、好きになってくれたんですよね」

 熱っぽく問われて息を呑む。

「矢口くんって女と付き合ったことしかなかったんだろ? どうして俺だったんだ?」

 答えられず質問を質問で返してしまった。背中越しに、矢口が溜め息混じりに微笑んでいる気配を感じる。

「今までは、女性と付き合ったことしかありませんでしたが、瀬川さんとこんなことできるんだからバイってやつなのかもしれません」 

 そういう理屈であれば、俺も、もう「普通」ではないのだろう。自分の属するカテゴリーが、マジョリティからマイノリティにスライドしているのだと気がついた。

「でも、本当は瀬川さんが女の人だったら、良かったのになぁとは、思っていますよ」
「なんだそれ、俺の尻にでも突っ込みたいってことか?」

 可笑しくて思わず笑ってしまう。熱い溜め息が耳にかかる。

「瀬川さんが許してくれるなら」

 墓穴を掘ったのだと気づくのに時間は要しなかった。腰を撫でられ、尻の溝に指を這わせられた。孔を見つけた指が、ゆっくりと押し立てられる。

「やめろよ」

 今にも挿れられそうな気配に、腰が引けた。ゆっくりと解すような指の動きに、冗談ではない雰囲気を感じた。

「や、矢口くん」
「指だけでも」

 それは、処女を抱くときの常套句だ。危険を告げるサイレンが頭の中に木霊する。熱い吐息混じりに、耳たぶを甘く噛まれた。スイッチが入った男を止める方法を必死に思案する。

「こ、これ以上されたら、お前のこと嫌いになるかも……ッ」

 びくりと手が止まった。身を寄せていた男の身体がゆっくりと離れていく気配に、安堵の息を吐く。振り返ると、男はバツが悪そうに笑っていた。 

「ビールでも飲みますか? それともコーヒーを淹れましょうか?」
「じゃあ、コーヒーで」



 ワンルームの部屋では、キッチンの様子も隠しようがない。手慣れたようにコーヒーを淹れている男を眺めた。珈琲豆を挽いて、サイフォンに火をつける。ドリップポットでフラスコに湯を注ぎ、ロートに粉を入れる。湯が上がってきたところで、手早く撹拌する。しばらくして、フラスコを火から逃がす。コポコポと音を立てて抽出されていく黒い液体と、部屋中に広がる香りに、喉が鳴った。

 抽出されていくコーヒーを無言で見つめる矢口の横顔は、どこか虚ろで、物思いに耽っているようだった。

 小さく溜め息を吐いて、ヘッドボードに置いてあるスマホを手に取った。ブラウザを立ち上げて、インターネットの海に飛び込んでいく。

「何してるんですか?」

 コーヒーカップを顔の前に差し出される。淹れ立ての深みのある芳香が鼻孔をくすぐる。

「アナルセックスのやり方を調べてるんだ」

 矢口が息を呑むのがわかった。誤解されても困るので、言葉を重ねる。

「俺はあまり未知数のことは、得意じゃないんだ。想定を越えたものは対処しきれない」

 スマホを置いて、差し出されたマグカップを受け取った。香ばしく、上品な深みのあるコーヒーで驚いた。会社で飲むインスタントコーヒーとは、全く別の飲み物だ。

「前向きに考えてくれるんですか?」
「どうかな。やるにしても、やらないにしても、根拠もなく判断するのは性に合わないからさ。ちゃんと自分なりに調べてから答えを出したいんだ」
「瀬川さんらしいですね」

 矢口は、苦笑いを浮かべたまま頬に触れるだけのキスをした。

 俺らしいってなんだろうか。男とキスするのも、男と抱き合うのも、男に突っ込ませられるか検討するのも、全然、俺らしくはないのだけれど。

「それにしても、売り物みたいなコーヒーだな」
「ああ、学生の頃、カフェでバイトしてたんですよ」

 やはりこの男は鼻につくぐらいイイ男なのだ。さぞかし女にモテるだろうに、やっぱり、どうして、俺だったのだろう。


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