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nao@そのエラー完結

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11月17日(土)

第12話

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 時刻は朝の八時だった。
 ベッドから離れ難い倦怠感を振り払って、体を引きずるように起こした。隣で眠っていたはずの男は、既に起床して、Tシャツとスウェットパンツのラフなスタイルで、機敏に動いている。

 バスルームを借りて、熱めのシャワーを浴びる。上品な香りのシャンプーを洗い流して、髪をかきあげてみれば、思わぬ指通りの良さに驚いた。

 昨夜は気づかなかったが、この狭いバスルームは、まるでホテルのように整っていた。綺麗に整理されたボトル類だとか、曇りがひとつもない鏡だとか、磨かれたバスタブだとか。そういうところに、矢口がマメな男であることが窺い知れた。
 住居とは、最大のプライベート空間であるが故に、家主の性格がそのまま滲み出てしまうのかもしれない。

 ズボラな俺とは全然違うのだ。

 洒落たスーツの着こなし方だとか、いつも整っている髪型だとか、こういう生活の一つ一つの積み重ねが、あのような小綺麗な男を構築しているだろう。

「どうかしました?」
「なんでもない」

 扉越しに声をかけられて、我に返った。バスルームから出ると、用意されているバスタオルで体を拭いて、洗濯済みのシャツに袖を通す。どんな魔法を使ったのか、俺のスーツは皺が綺麗に消失し、煙草の臭いの代わりに、仄かに爽やかな柑橘系の香りがした。

 矢口は何か朝食を用意してくれようとしていたが、朝は食べない主義だと断った。その代わりに、美味しいブラックコーヒーを淹れてもらった。香ばしくて、まろやかな酸味と適度な苦味のバランス良くて、とても好ましい。多少の思い込みもあるが、カフェインが効いて、頭が冴えてくるような気がしてくる。少し癖になりそうだな、なんて口元がゆるんでしまう。

「本当に会社に行くんですか?」

 不満そうに矢口が口を挟む。

「マネージャーと打合せがあるからな」
「土曜日に? おかしくないですか?」
「篠田さん、本社にあまり居ないだろ。やっと今日、捕まえられたんだ」
「プロジェクトリーダーって大変なんですね」
「そうだよ。矢口くんみたいなぺーぺーとは違うんだ」

 含んだ物言いに、つい応戦してしまった。想定外に矢口の顔が曇る。
 俺が一方的に感じた劣等感は、矢口には関係がない。勝算があるとするなら、仕事ぐらいしか思いつかなかった。けれど、七つも下の後輩と比べようなんてのは、あまりにも大人げない。我ながら、ずんと気持ちが沈んでしまう。


 玄関で革靴を履いていると、背後から声がかけられる。

「また外で会ってくれますか?」
「ああ、金曜の夜なら」
「あの、」

 振り返ると、矢口が何か言い難そうに唇を歪めていた。促すように首を傾げたが、矢口は言葉を喉の奥に引っ込めた。

「いえ、なんでもないです。じゃあ、来週の金曜日もデートしてくださいね」
「ああ、うん。デート……な」

 デート、という言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えた。来週の予定を思い出そうとしている間に、ネクタイを引かれて、前のめりにバランスが崩れてしまう。呆気に取られている内に、噛みつくように唇を重ねられた。

「佑介」

 キスの合間に名前を呼ばれた。逃げようとすると、顎を捕まれる。口内をまさぐり、絡みつく舌に、情欲が煽られる。

 言いたいことは、たくさんあった。けれど、唇をはなした矢口がにっこりと微笑んだので、何も言えなくなってしまった。

「瀬川さん、いってらっしゃい」


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