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11月23日(金)
第21話
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篠田マネージャーが予約してくれた店は、六本木の高そうな寿司屋だった。予想以上の店のランクに、少し気後れする。高級感漂う店構えに、既に入店している客も、どこか品が良い。
カウンターに並んで座り、篠田マネージャーは大将に目配せする。どうやら、常連らしくて阿吽の呼吸でビールが置かれる。
「じゃあ、吉田くんが来る前に0次会ってことで、先に一杯やってようか」
「そうですね」
篠田マネージャーのグラスにビールを注ぐ。代わって俺のグラスにも琥珀色の液体が注がれる。しゅわしゅわと音を立てて、きめ細かな白い泡が膨れ上がる。グラス同士をコツンとぶつけて乾杯する。
「やっぱり、仕事終わりのビールは旨いな」
「そうですね」
空きっ腹にアルコールは、下戸の俺には少し危うい。喉を通る炭酸が、胃の中で熱を発する。一口だけにしてグラスを置くと、お通しの貝類の酒蒸しを肴に、旨そうにビールを嗜む篠田マネージャーを眺めた。
「瀬川くん、来月から神戸だけど選抜メンバーには話ができてるか?」
「はい、前向きにやってもらえそうです」
「ならよかった。抜けるメンバーの行き先も決まったから、来週にでも俺の方から話をしておくよ」
「ありがとうございます」
今年いっぱいで、抜けるメンバーの顔を思い出す。彼等もまた年明けから別のプロジェクトで、新しい仕事をすることになる。
「吉田くんが居ない間に、少し瀬川くんの本音を聞かせてもらおうかな」
減らないグラスに、ビールが注ぎ足される。もう半分になっている篠田マネージャーのグラスにも、注ぎ返す。もう一口、口に含んだ。少し体が熱くなり、脈が早くなり始めている。
「M社の仕事、瀬川くんはどう思ってるのかな」
「どうとは?」
「本当は気が乗らないってことはないのか」
「そんな、とんでもない。大原さんにはお世話になりましたし、期待していただけるなら、できる限り応えたいです」
「ふーん、そうか」
篠田マネージャーは、ぐいっとグラスを傾ける。少し間を開けて、こちらに視線を寄越した。
「瀬川くんってさ、もう少し、力抜くことできないのかなぁ?」
「力を抜く……?」
「君は、少し危なっかしいよ」
真意を図りかねて、眉を寄せる。篠田マネージャーは言葉を重ねた。
「君は男にしては珍しいタイプだけど、周囲の気持ちにとても敏感なんだろうね。相手が何を考えているのか、自分に何を期待されているのか、無意識に察してしまっているんじゃないか?」
ドクドクと心臓が早まる。アルコールのせいか、何か核心を言い当てられたような気がしたからか。
「それは、君の長所だし、強みだよ。誇っていい。瀬川くんは、相手が望む自分を演出するのが上手い。だから、瀬川くんにはフォロワーが多いのだろうね」
息を呑む。
「けどね、瀬川くん。別に相手の要求に全て応える必要なんてないんだ。無理に相手に合わせる必要もない」
ポンポンと背中を叩かれて、弾みで何か甘えた言葉を吐き出しそうになる。息を吐いて、目の前のビールを口に含んで誤魔化した。
「瀬川くんは飲み込みが早くて優秀だと思うけど、まだ俺が教えられていないことが多い。営業部の肝入りだからと話を受けたけれど、このまま他社に二年も瀬川くんを預けてしまっていいか、少し迷ってるんだ」
「俺は、そんなヤワじゃありませんよ」
「瀬川くんは、頑張りすぎている自覚が薄いところもいただけないな。まあ、そこが可愛いところでもあるのだけど」
ふっと優しく微笑む篠田マネージャーの顔から、目を反らす。
「でも、今から白紙に戻すのは難しいのでは?」
「そんなことはないよ。瀬川くんのこれからのキャリアを思えば、たいした話じゃない」
ポツリと呟かれた言葉に、驚いて篠田マネージャーを見れば、悪戯っ子のように笑って、ビールを呑んでいた。彼も少し酔ってきたのか、顔が赤くなり始めている。ちゃんと見てくれていたのだと思うと、胸がきゅっと熱くなる。こういうところが、篠田マネージャーが部下に慕われる理由なのかもしれない。
「それでも俺は、この仕事やりたいです。大原さんは優秀な方だから、下につけば実力をつけられる気がするんです。これはチャンスなのかなって」
「そうか。瀬川くんが、前向きに捉えてくれているならいいんだ」
篠田マネージャーは楽しげに笑う。
「あまりアテにならない上司かもしれないけれど、俺は瀬川くんの味方だから、何かあれば、いつでも頼ってくれよ」
デキる上司の条件があるとするなら、きっと部下の心を掴む術を知っている男に違いない。どこまでも、この人に、付いていきたくなってしまう。なんだか、そんな自分に可笑しくなって、誤魔化すように更にビールを煽った。次第に心臓の音が煩くなり、頭の中がふわふわしてくる。少し呑み過ぎてしまったかもしれない。
「すみません、お冷やいただけますか」
カウンターに並んで座り、篠田マネージャーは大将に目配せする。どうやら、常連らしくて阿吽の呼吸でビールが置かれる。
「じゃあ、吉田くんが来る前に0次会ってことで、先に一杯やってようか」
「そうですね」
篠田マネージャーのグラスにビールを注ぐ。代わって俺のグラスにも琥珀色の液体が注がれる。しゅわしゅわと音を立てて、きめ細かな白い泡が膨れ上がる。グラス同士をコツンとぶつけて乾杯する。
「やっぱり、仕事終わりのビールは旨いな」
「そうですね」
空きっ腹にアルコールは、下戸の俺には少し危うい。喉を通る炭酸が、胃の中で熱を発する。一口だけにしてグラスを置くと、お通しの貝類の酒蒸しを肴に、旨そうにビールを嗜む篠田マネージャーを眺めた。
「瀬川くん、来月から神戸だけど選抜メンバーには話ができてるか?」
「はい、前向きにやってもらえそうです」
「ならよかった。抜けるメンバーの行き先も決まったから、来週にでも俺の方から話をしておくよ」
「ありがとうございます」
今年いっぱいで、抜けるメンバーの顔を思い出す。彼等もまた年明けから別のプロジェクトで、新しい仕事をすることになる。
「吉田くんが居ない間に、少し瀬川くんの本音を聞かせてもらおうかな」
減らないグラスに、ビールが注ぎ足される。もう半分になっている篠田マネージャーのグラスにも、注ぎ返す。もう一口、口に含んだ。少し体が熱くなり、脈が早くなり始めている。
「M社の仕事、瀬川くんはどう思ってるのかな」
「どうとは?」
「本当は気が乗らないってことはないのか」
「そんな、とんでもない。大原さんにはお世話になりましたし、期待していただけるなら、できる限り応えたいです」
「ふーん、そうか」
篠田マネージャーは、ぐいっとグラスを傾ける。少し間を開けて、こちらに視線を寄越した。
「瀬川くんってさ、もう少し、力抜くことできないのかなぁ?」
「力を抜く……?」
「君は、少し危なっかしいよ」
真意を図りかねて、眉を寄せる。篠田マネージャーは言葉を重ねた。
「君は男にしては珍しいタイプだけど、周囲の気持ちにとても敏感なんだろうね。相手が何を考えているのか、自分に何を期待されているのか、無意識に察してしまっているんじゃないか?」
ドクドクと心臓が早まる。アルコールのせいか、何か核心を言い当てられたような気がしたからか。
「それは、君の長所だし、強みだよ。誇っていい。瀬川くんは、相手が望む自分を演出するのが上手い。だから、瀬川くんにはフォロワーが多いのだろうね」
息を呑む。
「けどね、瀬川くん。別に相手の要求に全て応える必要なんてないんだ。無理に相手に合わせる必要もない」
ポンポンと背中を叩かれて、弾みで何か甘えた言葉を吐き出しそうになる。息を吐いて、目の前のビールを口に含んで誤魔化した。
「瀬川くんは飲み込みが早くて優秀だと思うけど、まだ俺が教えられていないことが多い。営業部の肝入りだからと話を受けたけれど、このまま他社に二年も瀬川くんを預けてしまっていいか、少し迷ってるんだ」
「俺は、そんなヤワじゃありませんよ」
「瀬川くんは、頑張りすぎている自覚が薄いところもいただけないな。まあ、そこが可愛いところでもあるのだけど」
ふっと優しく微笑む篠田マネージャーの顔から、目を反らす。
「でも、今から白紙に戻すのは難しいのでは?」
「そんなことはないよ。瀬川くんのこれからのキャリアを思えば、たいした話じゃない」
ポツリと呟かれた言葉に、驚いて篠田マネージャーを見れば、悪戯っ子のように笑って、ビールを呑んでいた。彼も少し酔ってきたのか、顔が赤くなり始めている。ちゃんと見てくれていたのだと思うと、胸がきゅっと熱くなる。こういうところが、篠田マネージャーが部下に慕われる理由なのかもしれない。
「それでも俺は、この仕事やりたいです。大原さんは優秀な方だから、下につけば実力をつけられる気がするんです。これはチャンスなのかなって」
「そうか。瀬川くんが、前向きに捉えてくれているならいいんだ」
篠田マネージャーは楽しげに笑う。
「あまりアテにならない上司かもしれないけれど、俺は瀬川くんの味方だから、何かあれば、いつでも頼ってくれよ」
デキる上司の条件があるとするなら、きっと部下の心を掴む術を知っている男に違いない。どこまでも、この人に、付いていきたくなってしまう。なんだか、そんな自分に可笑しくなって、誤魔化すように更にビールを煽った。次第に心臓の音が煩くなり、頭の中がふわふわしてくる。少し呑み過ぎてしまったかもしれない。
「すみません、お冷やいただけますか」
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