30 / 95
11月26日(月)
第28話
しおりを挟む
疲労が残ったまま、憂鬱な月曜日を迎えてしまった。始業前に、コーヒーを飲みながら、受信メールと自分のスケジュールをチェックする。年の瀬ということもあるのか、やたら飲み会のスケジュールが目立っている。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
矢口は、笑顔で出社してきた。俺も普段通りに笑顔で返すことができた。会社でうまく振る舞えるか不安があったが、案外と取り繕えていることに胸を撫で下ろす。
「おはようございます」
篠田マネージャーが颯爽と出社してきた。横目で追えば、トレンチコートをハンガーにかけて、ビジネスバッグをディスクに置いた。自席に座り、パソコンの電源を入れる。そうして、仕事に取り組む準備が整ったタイミングを見計らって、マネージャーの席へと出向いた。
「あの、金曜日はご馳走さまでした。記憶が少し怪しいのですが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「ああ、無理に呑ませて悪かったな。ほら、瀬川くん店のトイレで戻しちゃっただろ? 吉田くんが心配していたよ」
「え……かなりご迷惑かけたみたいで、すみません!」
吉田から受信したメッセージは、帰宅できたかを確認するのような簡素なモノだった。寿司屋で酒を呑んでいて、吉田が遅れてきたところまでは覚えているが、その後の記憶がぼんやりとしている。何か可笑しなことを口走っていないか、不安に思っていたが、それどころではなさそうだ。
「まあ、これに懲りずに、また呑みに行こうな」
「ええ、でも、酒はちょっと自粛しますね」
篠田マネージャーは、のんびりと微笑んだ。久しぶりにやってしまった粗相に打ちのめされながら、自席に戻る。
「金曜は、篠田マネージャーとご一緒だったんですね」
有沢が興味津々といった顔で訊いてくるものだから、頭をかいた。
「ああ、寿司をご馳走になってね」
「へー、いいですね!」
有沢と談笑していると、斜め前から声がかかる。
「瀬川さん、記憶がなくなるまで呑まれたんですか?」
話に割って入ってきたというのに、矢口はパソコンから目を離さない。
「完全になくなってるわけじゃないけど、ちょっと怪しいかなぁ」
「大人なんですから、もう少し上手な呑み方をされたらどうです?」
有沢と顔を見合わせる。
「なんだよ。矢口くんだって、呑み過ぎて記憶失くしたことあっただろ? どこかの優しい先輩が介抱してやったんだから」
有沢が驚いた顔で、けれど、詳しい話を聞かせて欲しいと目を輝かせる。
「矢口さんの潰れたところなんて想像つかないですね」
「……それは、俺が新人の頃の話じゃないですか。瀬川さんはおいくつでしたっけ?」
「そうだな。気持ちは新人だから、永遠の二十二歳かなぁ?」
矢口が頬を赤らめて拗ねたようにこちらに視線を寄越したので、思わず軽口を叩いてしまった。
「瀬川さん、さすがにそれは無理がありますよぉ」
有沢はツッコミを入れながらも、コロコロと笑ってくれた。篠田マネージャーにも聞こえていたのか、くすりと鼻で笑われる。
「瀬川さんのことだから、金曜日は、てっきり彼女さんとデートかと思ってましたよ」
「残念。彼女なんてしばらくいないしな」
彼氏はいるけど、なんて脳内でごちて、苦笑いしてしまう。篠田マネージャーの視線を感じて、横目で見ると、片眉を上げて、不思議そうな表情をしていた。意図がわからず、小首を傾げる。
「じゃあ、今度から遠慮なく呑みに誘いますね」
「ああ、都合つけば、いつでも」
社交辞令でも、若い女子社員に誘われるのは悪い気がしない。もう三ヶ月もすると新人のカテゴリーから脱するとはいえ、未だフレッシュな雰囲気を纏う有沢は、大きな瞳をキラキラさせている。
「瀬川さん、お話し中のところ申し訳ありませんが、メールを送ったので確認してもらえませんか?」
「了解」
矢口から声がかかったのを合図に、有沢が軽く会釈をして自席に戻っていく。急ぎの要件なのかと、俺もパソコンに向き直って、矢口からメールを確認した。けれど、メールの文面は、ただの業務連絡だった。
送信元の男に視線を投げると、目が合った。矢口は、物言いたげに眉を寄せていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
矢口は、笑顔で出社してきた。俺も普段通りに笑顔で返すことができた。会社でうまく振る舞えるか不安があったが、案外と取り繕えていることに胸を撫で下ろす。
「おはようございます」
篠田マネージャーが颯爽と出社してきた。横目で追えば、トレンチコートをハンガーにかけて、ビジネスバッグをディスクに置いた。自席に座り、パソコンの電源を入れる。そうして、仕事に取り組む準備が整ったタイミングを見計らって、マネージャーの席へと出向いた。
「あの、金曜日はご馳走さまでした。記憶が少し怪しいのですが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「ああ、無理に呑ませて悪かったな。ほら、瀬川くん店のトイレで戻しちゃっただろ? 吉田くんが心配していたよ」
「え……かなりご迷惑かけたみたいで、すみません!」
吉田から受信したメッセージは、帰宅できたかを確認するのような簡素なモノだった。寿司屋で酒を呑んでいて、吉田が遅れてきたところまでは覚えているが、その後の記憶がぼんやりとしている。何か可笑しなことを口走っていないか、不安に思っていたが、それどころではなさそうだ。
「まあ、これに懲りずに、また呑みに行こうな」
「ええ、でも、酒はちょっと自粛しますね」
篠田マネージャーは、のんびりと微笑んだ。久しぶりにやってしまった粗相に打ちのめされながら、自席に戻る。
「金曜は、篠田マネージャーとご一緒だったんですね」
有沢が興味津々といった顔で訊いてくるものだから、頭をかいた。
「ああ、寿司をご馳走になってね」
「へー、いいですね!」
有沢と談笑していると、斜め前から声がかかる。
「瀬川さん、記憶がなくなるまで呑まれたんですか?」
話に割って入ってきたというのに、矢口はパソコンから目を離さない。
「完全になくなってるわけじゃないけど、ちょっと怪しいかなぁ」
「大人なんですから、もう少し上手な呑み方をされたらどうです?」
有沢と顔を見合わせる。
「なんだよ。矢口くんだって、呑み過ぎて記憶失くしたことあっただろ? どこかの優しい先輩が介抱してやったんだから」
有沢が驚いた顔で、けれど、詳しい話を聞かせて欲しいと目を輝かせる。
「矢口さんの潰れたところなんて想像つかないですね」
「……それは、俺が新人の頃の話じゃないですか。瀬川さんはおいくつでしたっけ?」
「そうだな。気持ちは新人だから、永遠の二十二歳かなぁ?」
矢口が頬を赤らめて拗ねたようにこちらに視線を寄越したので、思わず軽口を叩いてしまった。
「瀬川さん、さすがにそれは無理がありますよぉ」
有沢はツッコミを入れながらも、コロコロと笑ってくれた。篠田マネージャーにも聞こえていたのか、くすりと鼻で笑われる。
「瀬川さんのことだから、金曜日は、てっきり彼女さんとデートかと思ってましたよ」
「残念。彼女なんてしばらくいないしな」
彼氏はいるけど、なんて脳内でごちて、苦笑いしてしまう。篠田マネージャーの視線を感じて、横目で見ると、片眉を上げて、不思議そうな表情をしていた。意図がわからず、小首を傾げる。
「じゃあ、今度から遠慮なく呑みに誘いますね」
「ああ、都合つけば、いつでも」
社交辞令でも、若い女子社員に誘われるのは悪い気がしない。もう三ヶ月もすると新人のカテゴリーから脱するとはいえ、未だフレッシュな雰囲気を纏う有沢は、大きな瞳をキラキラさせている。
「瀬川さん、お話し中のところ申し訳ありませんが、メールを送ったので確認してもらえませんか?」
「了解」
矢口から声がかかったのを合図に、有沢が軽く会釈をして自席に戻っていく。急ぎの要件なのかと、俺もパソコンに向き直って、矢口からメールを確認した。けれど、メールの文面は、ただの業務連絡だった。
送信元の男に視線を投げると、目が合った。矢口は、物言いたげに眉を寄せていた。
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
優しく恋心奪われて
静羽(しずは)
BL
新人社員・湊が配属されたのは社内でも一目置かれる綾瀬のチームだった。
厳しくて近寄りがたい、、、そう思っていたはずの先輩はなぜか湊の些細な動きにだけ視線を留める。
綾瀬は自覚している。
自分が男を好きになることも、そして湊に一目で惹かれてしまったことも。
一方の湊は、まだ知らない。
自分がノーマルだと思っていたのにこの胸のざわつきは、、、。
二人の距離は、少しずつ近づいていく。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる