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12月10日(月)
第37話
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月に一度の1 on 1 meeting。初回の反省を活かして、数ヵ月前より一日に一人のみの実施にしている。
今日は、佐々木の番だった。ミーティングルームで向き合ってみたものの、相変わらず顔を半分も覆っている髪に、猫背な姿勢で、どうにも自信がなさそうに見える。毎回、当たり障りのない会話で終わってしまっていたが、もう少し打ち解けられないだろうか。
コーヒーを淹れて、彼の前の出してやると、ぺこりと会釈した。
「佐々木くんて、ディスクに食玩飾ってるよな」
「……え、ええ」
叱責されるとでも思ったらしく、怯えたように震える佐々木に苦笑いを浮かべた。
「あれって、ユニコーン?」
「瀬川さん、ご存じなんですか?」
ハッとしたように佐々木は顔をあげた。
「おいおい、SEなんだから、SFアニメは一般教養だろ?」
少しおどけてみせた。ここはツッコミを入れて欲しいところであったが、佐々木は素直に「そうなんですか?」と疑わしそうな顔で小首を傾げてくる。気を取り直して、笑顔をつくる。
「俺もあの作品はファンだから、ファーストシーズンから追いかけてるよ。劇場版も良かったけど、俺は前作の方が……」
佐々木は目を見開いて、そこから興奮したように頬を紅潮させた。好きな作品に触れて、お互いの見解を語り合う。興味のある話題であれば、佐々木は面白いほど饒舌に語ってくれた。楽しそうに口を動かして、表情を豊かに変化させる。作品に対する熱意や深く追求した見解は、さすがだな、と感心する。
その熱量で、その自信で、普段から話ができたらいいのだけれど。
「佐々木くんの意外な一面が知れて良かったよ。年明けからも、よろしくな」
佐々木が、心を少しだけ開いてくれた気がして安堵する。けれど、急に彼の顔は強張ってしまった。
「やっぱり、これから上手くやっていけるのか、不安です」
「何がそんなに不安なのかな?」
「矢口くんが……苦手なんです」
意外な原因に面食らう。社交的で人懐っこい矢口暁斗のことを苦手に思う者がいるとは思っていなかった。けれど、佐々木は絞り出すように、不安を口にした。
「俺、コミュ障なので、矢口くんに質問されても上手く答えられなくて……。瀬川さんがプロジェクトを抜けた後、彼と上手くやっていく自信がないんです」
「コミュ障? 俺と普通に会話ができてると思うけど」
「それは、瀬川さんだからです」
佐々木は言った後に、ハッと顔を赤らめて、慌てて言葉を継ぎ足した。
「矢口くんってなんていうか、生意気じゃないですか。瀬川さんに対する口の聞き方とか、信じられないなって思うときがあるんです」
「あはは、言えてる。でも、そういう態度を許してる俺も悪いのかもしれないなぁ」
「そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……」
佐々木は気まずそうに俯いた。彼の目には、矢口は目上の者に礼を欠いた生意気な後輩に映っているのかもしれない。
矢口の勝ち気で生意気なところがカワイイと思ってしまうのは、公私混同だろうか。俺も若い頃は、矢口よりもずっと生意気だったし、同僚と衝突してしまうことも多かった。それでも、互いに意見をぶつけることで成長してきた部分もあったし、今では、ケンカしていた同僚たちと酒を酌み交わすこともできるぐらいには関係も改善している。
自分のそんな過去から、どうしても似たタイプに目がいってしまう。従順な後輩よりも、ちょっとぐらい生意気な後輩の方が、贔屓目に見てしまうのは否めなかった。
これから、俺に代わって細川リーダーがプロジェクトの面倒を見てくれることになっている。細川リーダーは、淡々と理詰めで相手の意見を捩じ伏せていくタイプであるし、矢口は物事を納得するまで突き詰めていくタイプだから、きっと、二人は相性が良く、お互いに理路整然と物事を片づけていけるだろう。
けれど、その間に入る佐々木はどうだろうか。
参ったな。目立つ人間ばかりに意識がいってしまい、物静かに仕事をこなす佐々木のことを、ちゃんと意識できていなかった。
「きっと、私が頼りなくて、矢口くんをイライラさせていると思うんです。彼から相談されると頭が真っ白になってしまって、口ごもっていると『もう大丈夫です』ってすぐに瀬川さんのところに行ってしまいますし」
なるほど。佐々木は、矢口が嫌いなわけでない。むしろ、矢口に頼られたいのかもしれない。
「確かに、俺に相談が集中する状況は改善が必要かもしれないな。……たとえば、矢口くんに質問されたときに『今は手が離せないから、少し待っててくれ』とか待たせてみたらどうだろう? それなら、俺に聞きにくることもないと思うけど」
「そんなに上手く切り返せるでしょうか……」
不安気な瞳に、なるべく優しく微笑みかける。
「まあ、いろいろ試してみればいいんじゃないか? 上手くいかなかったら、また一緒に考えよう。トライ・アンド・エラーは得意だろ?」
彼は小さく頷いて、照れ臭そうに微笑んだ。
「それに、矢口くんはちゃんと佐々木くんのこと、尊敬していると思うけどな。前に『佐々木さんの組んだコーディングは読みやすくて綺麗ですね』って感動していたし」
「本当ですか」
佐々木の頬が染まる。
「私も、瀬川さんみたいに堂々と話ができるようになれたらいいんですけど……」
眼鏡の奥で卑屈っぽく笑う姿に、彼の最大の悩みを知る。腕を組んで、考える素振りを見せながら、彼のことを観察してみる。赤面症なのか、すぐに顔が赤くなる。色白だから、余計に目立つのかもしれない。小さく、細い体はひ弱に見えた。けれど、よくよく見れば、瞳は大きく、目鼻立ちが整っている。
野暮ったく見えるのは、小さな顔に不釣り合いの黒淵眼鏡や無精ぽく伸ばした前髪のせいかもしれない。
「佐々木くんってよく見ると、美人なんだな」
「やめてください……」
再び佐々木は俯いた。
「あー、そういうのが嫌なのか」
「はい、俺、ずっと女顔だとか、なよなよしてるとかってバカにされてきたんです」
恨めしそうな言葉に、苦笑いする。
「俺も童顔を散々バカにされてきたから、少しわかる気がするよ」
若い頃は気にして、髪型を弄ってみたり、視力が悪いわけではないのに、伊達眼鏡をしてみたりしたが、背伸びをしてみても全然似合わず、返って気恥ずかしくなってしまい、そういう努力はしなくなった。代わりに「絶対仕事で見返す」なんて意気がっていたところもある。
相変わらず「可愛い」などと言われて腹が立つことはあるが、彼等も悪意があっての発言ではなく、俺が勝手にコンプレックスを刺激されているだけだと気がついたのは、ここ最近になってからかもしれない。
「女顔ってことは、つまりイケメンってことだろ? 相手も僻み半分でからかってるだけなんだから、『可哀相なやつだな』って心の中で格下扱いしておけばいいんだよ。それで佐々木くんが下を向いてたら、そういうやつらの思うツボだろ?」
佐々木は、きっと学生の頃からからかわれてきたのだろう。容姿の自信のなさは、顔を隠し、背を曲がらせ、更に自分に自信が持てなくなる。そういう悪循環に陥っているように見えた。
「髪をあげて、もっと顔をあげていれば自然と自信がついてくるんじゃないかな」
「でも、俺なんて……」
「その『俺なんて』は禁止。佐々木くんを認めている俺まで否定しないでくれよ」
ハッとした顔で見上げてくる。小さな声で、すみません、なんて謝られる。別に責めるつもりはなかったのだけれど、なかなか上手くいかないものだ。
「大丈夫だよ。もし、からかわれたら、俺がガツンと言ってやるから」
冗談めかして拳を振り上げると、綺麗な男は、ふふっと口元を抑えて笑った。
佐々木からは、話しかけるな、関わってくれるな、というオーラを感じ取ってしまい、最低限の会話で済ますようにしていた。彼は他者と関わるのが嫌いというわけではなく、単純にどのように他者と関わってよいのかわからなかっただけなのかもしれない。
一年以上も一緒に仕事をしていて、どうして気づいてやれなかったのだろう。
今日は、佐々木の番だった。ミーティングルームで向き合ってみたものの、相変わらず顔を半分も覆っている髪に、猫背な姿勢で、どうにも自信がなさそうに見える。毎回、当たり障りのない会話で終わってしまっていたが、もう少し打ち解けられないだろうか。
コーヒーを淹れて、彼の前の出してやると、ぺこりと会釈した。
「佐々木くんて、ディスクに食玩飾ってるよな」
「……え、ええ」
叱責されるとでも思ったらしく、怯えたように震える佐々木に苦笑いを浮かべた。
「あれって、ユニコーン?」
「瀬川さん、ご存じなんですか?」
ハッとしたように佐々木は顔をあげた。
「おいおい、SEなんだから、SFアニメは一般教養だろ?」
少しおどけてみせた。ここはツッコミを入れて欲しいところであったが、佐々木は素直に「そうなんですか?」と疑わしそうな顔で小首を傾げてくる。気を取り直して、笑顔をつくる。
「俺もあの作品はファンだから、ファーストシーズンから追いかけてるよ。劇場版も良かったけど、俺は前作の方が……」
佐々木は目を見開いて、そこから興奮したように頬を紅潮させた。好きな作品に触れて、お互いの見解を語り合う。興味のある話題であれば、佐々木は面白いほど饒舌に語ってくれた。楽しそうに口を動かして、表情を豊かに変化させる。作品に対する熱意や深く追求した見解は、さすがだな、と感心する。
その熱量で、その自信で、普段から話ができたらいいのだけれど。
「佐々木くんの意外な一面が知れて良かったよ。年明けからも、よろしくな」
佐々木が、心を少しだけ開いてくれた気がして安堵する。けれど、急に彼の顔は強張ってしまった。
「やっぱり、これから上手くやっていけるのか、不安です」
「何がそんなに不安なのかな?」
「矢口くんが……苦手なんです」
意外な原因に面食らう。社交的で人懐っこい矢口暁斗のことを苦手に思う者がいるとは思っていなかった。けれど、佐々木は絞り出すように、不安を口にした。
「俺、コミュ障なので、矢口くんに質問されても上手く答えられなくて……。瀬川さんがプロジェクトを抜けた後、彼と上手くやっていく自信がないんです」
「コミュ障? 俺と普通に会話ができてると思うけど」
「それは、瀬川さんだからです」
佐々木は言った後に、ハッと顔を赤らめて、慌てて言葉を継ぎ足した。
「矢口くんってなんていうか、生意気じゃないですか。瀬川さんに対する口の聞き方とか、信じられないなって思うときがあるんです」
「あはは、言えてる。でも、そういう態度を許してる俺も悪いのかもしれないなぁ」
「そんなつもりで言ったんじゃないんですけど……」
佐々木は気まずそうに俯いた。彼の目には、矢口は目上の者に礼を欠いた生意気な後輩に映っているのかもしれない。
矢口の勝ち気で生意気なところがカワイイと思ってしまうのは、公私混同だろうか。俺も若い頃は、矢口よりもずっと生意気だったし、同僚と衝突してしまうことも多かった。それでも、互いに意見をぶつけることで成長してきた部分もあったし、今では、ケンカしていた同僚たちと酒を酌み交わすこともできるぐらいには関係も改善している。
自分のそんな過去から、どうしても似たタイプに目がいってしまう。従順な後輩よりも、ちょっとぐらい生意気な後輩の方が、贔屓目に見てしまうのは否めなかった。
これから、俺に代わって細川リーダーがプロジェクトの面倒を見てくれることになっている。細川リーダーは、淡々と理詰めで相手の意見を捩じ伏せていくタイプであるし、矢口は物事を納得するまで突き詰めていくタイプだから、きっと、二人は相性が良く、お互いに理路整然と物事を片づけていけるだろう。
けれど、その間に入る佐々木はどうだろうか。
参ったな。目立つ人間ばかりに意識がいってしまい、物静かに仕事をこなす佐々木のことを、ちゃんと意識できていなかった。
「きっと、私が頼りなくて、矢口くんをイライラさせていると思うんです。彼から相談されると頭が真っ白になってしまって、口ごもっていると『もう大丈夫です』ってすぐに瀬川さんのところに行ってしまいますし」
なるほど。佐々木は、矢口が嫌いなわけでない。むしろ、矢口に頼られたいのかもしれない。
「確かに、俺に相談が集中する状況は改善が必要かもしれないな。……たとえば、矢口くんに質問されたときに『今は手が離せないから、少し待っててくれ』とか待たせてみたらどうだろう? それなら、俺に聞きにくることもないと思うけど」
「そんなに上手く切り返せるでしょうか……」
不安気な瞳に、なるべく優しく微笑みかける。
「まあ、いろいろ試してみればいいんじゃないか? 上手くいかなかったら、また一緒に考えよう。トライ・アンド・エラーは得意だろ?」
彼は小さく頷いて、照れ臭そうに微笑んだ。
「それに、矢口くんはちゃんと佐々木くんのこと、尊敬していると思うけどな。前に『佐々木さんの組んだコーディングは読みやすくて綺麗ですね』って感動していたし」
「本当ですか」
佐々木の頬が染まる。
「私も、瀬川さんみたいに堂々と話ができるようになれたらいいんですけど……」
眼鏡の奥で卑屈っぽく笑う姿に、彼の最大の悩みを知る。腕を組んで、考える素振りを見せながら、彼のことを観察してみる。赤面症なのか、すぐに顔が赤くなる。色白だから、余計に目立つのかもしれない。小さく、細い体はひ弱に見えた。けれど、よくよく見れば、瞳は大きく、目鼻立ちが整っている。
野暮ったく見えるのは、小さな顔に不釣り合いの黒淵眼鏡や無精ぽく伸ばした前髪のせいかもしれない。
「佐々木くんってよく見ると、美人なんだな」
「やめてください……」
再び佐々木は俯いた。
「あー、そういうのが嫌なのか」
「はい、俺、ずっと女顔だとか、なよなよしてるとかってバカにされてきたんです」
恨めしそうな言葉に、苦笑いする。
「俺も童顔を散々バカにされてきたから、少しわかる気がするよ」
若い頃は気にして、髪型を弄ってみたり、視力が悪いわけではないのに、伊達眼鏡をしてみたりしたが、背伸びをしてみても全然似合わず、返って気恥ずかしくなってしまい、そういう努力はしなくなった。代わりに「絶対仕事で見返す」なんて意気がっていたところもある。
相変わらず「可愛い」などと言われて腹が立つことはあるが、彼等も悪意があっての発言ではなく、俺が勝手にコンプレックスを刺激されているだけだと気がついたのは、ここ最近になってからかもしれない。
「女顔ってことは、つまりイケメンってことだろ? 相手も僻み半分でからかってるだけなんだから、『可哀相なやつだな』って心の中で格下扱いしておけばいいんだよ。それで佐々木くんが下を向いてたら、そういうやつらの思うツボだろ?」
佐々木は、きっと学生の頃からからかわれてきたのだろう。容姿の自信のなさは、顔を隠し、背を曲がらせ、更に自分に自信が持てなくなる。そういう悪循環に陥っているように見えた。
「髪をあげて、もっと顔をあげていれば自然と自信がついてくるんじゃないかな」
「でも、俺なんて……」
「その『俺なんて』は禁止。佐々木くんを認めている俺まで否定しないでくれよ」
ハッとした顔で見上げてくる。小さな声で、すみません、なんて謝られる。別に責めるつもりはなかったのだけれど、なかなか上手くいかないものだ。
「大丈夫だよ。もし、からかわれたら、俺がガツンと言ってやるから」
冗談めかして拳を振り上げると、綺麗な男は、ふふっと口元を抑えて笑った。
佐々木からは、話しかけるな、関わってくれるな、というオーラを感じ取ってしまい、最低限の会話で済ますようにしていた。彼は他者と関わるのが嫌いというわけではなく、単純にどのように他者と関わってよいのかわからなかっただけなのかもしれない。
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