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12月12日(水)
第42話
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居酒屋の「お手洗い」は狭いものである。二畳ほどの空間に、洋式トイレと手洗い場が詰め込まれている。必要最低限で合理的な設計である。だから、男が二人で入ることなど想定されていない。特に、こんなに図体の大きな男とは。
「シャツとネクタイ、洗っとう」
「やっぱりいいよ、出てってくれ」
「せやかて、俺の気ぃ済まん」
ひどい圧迫感だったが、テコでも動かなさそうなので、早々に抵抗を諦めた。仕方なく、洋式トイレの蓋を下げて、替えのシャツを置くと、男に背を向ける。ネクタイを緩めて抜き取り、後ろ手で男に手渡した。男は自分のネクタイの端を胸ポケットに入れて、腕捲りをすると、手洗い場で水洗いを始めた。
それを横目で見ながら、シャツのボタンに手をかける。
「なぁ、いつ抜けとぅ? なんで抜けなあかんの? 岡本さんが人使い荒いのイヤになっとぅ?」
顔だけこちらに向けて、矢継ぎ早に問いかけられる。
「そんなんじゃないよ。次のプロジェクトの関係で、離脱することになったんだ。会社都合なんだから、俺がどうこうできるもんじゃないんだよ。けど、まあ、Yシステムのリリース完了までは神戸に缶詰めになるから、その間はよろしくな」
男は不満げに舌打ちして、蛇口に視線を落とした。
「岡本さんは、よう許さんやろ。瀬川くんのこと気に入ってるもん」
「あはは……ありがたいな。まあ、でも、メンバー抜けるなんて、よくあることだろ?」
きゅっと蛇口の栓を止めて、男は洗ったネクタイを絞って寄越してきた。受け取って、トイレの蓋に置く。こちらもシャツが脱ぎ終わり、替えのシャツに腕を通した。
「瀬川くんて、意外とビジネスライクなんやね」
「湯川、くん…?」
酒に焼けた赤ら顔で睨まれて、ぎょっとした。いつも穏やかに笑っている男の瞳とは別人で、背筋に悪寒が走る。動揺している俺の顔が、彼の瞳に映り込んでいた。
「まあ、ええわ」
にこりと笑って、男は手を離した。
「それより、えらいとこにキスマークつけとぅな」
「え?」
男の視線を追うと、ボタンが全開のシャツでは、胸も腹も晒されており、脇腹の辺りに紅い痣が見えていた。
脳裏を過るのは、生々しい暁斗との情事。カァと身体が熱くなる。
「瀬川くん、ひょっとすると女を知らんのかと思とうたけど……やることやっとんのやなぁ」
「どういう意味だよ」
「ふーん、まあ、ええんやけど。……にしても、瀬川くん、えらい嫉妬深いのと、付きおうとんのやなぁ。こんなキワドイとこばっかつけて、やらしいわぁ」
嫉妬深い。確かに、矢口暁斗は嫉妬深い。
「いい加減にしてくれよ」
「東京に彼女さんがおるから、プロジェクトも抜けるん?」
「そんなことで仕事を選んだりするわけないだろ」
「ふーん、やっぱりビジネスライクやなぁ」
男の手を払い除けると、湯川氏は喉の奥で可笑しそうに笑った。
「シャツとネクタイ、洗っとう」
「やっぱりいいよ、出てってくれ」
「せやかて、俺の気ぃ済まん」
ひどい圧迫感だったが、テコでも動かなさそうなので、早々に抵抗を諦めた。仕方なく、洋式トイレの蓋を下げて、替えのシャツを置くと、男に背を向ける。ネクタイを緩めて抜き取り、後ろ手で男に手渡した。男は自分のネクタイの端を胸ポケットに入れて、腕捲りをすると、手洗い場で水洗いを始めた。
それを横目で見ながら、シャツのボタンに手をかける。
「なぁ、いつ抜けとぅ? なんで抜けなあかんの? 岡本さんが人使い荒いのイヤになっとぅ?」
顔だけこちらに向けて、矢継ぎ早に問いかけられる。
「そんなんじゃないよ。次のプロジェクトの関係で、離脱することになったんだ。会社都合なんだから、俺がどうこうできるもんじゃないんだよ。けど、まあ、Yシステムのリリース完了までは神戸に缶詰めになるから、その間はよろしくな」
男は不満げに舌打ちして、蛇口に視線を落とした。
「岡本さんは、よう許さんやろ。瀬川くんのこと気に入ってるもん」
「あはは……ありがたいな。まあ、でも、メンバー抜けるなんて、よくあることだろ?」
きゅっと蛇口の栓を止めて、男は洗ったネクタイを絞って寄越してきた。受け取って、トイレの蓋に置く。こちらもシャツが脱ぎ終わり、替えのシャツに腕を通した。
「瀬川くんて、意外とビジネスライクなんやね」
「湯川、くん…?」
酒に焼けた赤ら顔で睨まれて、ぎょっとした。いつも穏やかに笑っている男の瞳とは別人で、背筋に悪寒が走る。動揺している俺の顔が、彼の瞳に映り込んでいた。
「まあ、ええわ」
にこりと笑って、男は手を離した。
「それより、えらいとこにキスマークつけとぅな」
「え?」
男の視線を追うと、ボタンが全開のシャツでは、胸も腹も晒されており、脇腹の辺りに紅い痣が見えていた。
脳裏を過るのは、生々しい暁斗との情事。カァと身体が熱くなる。
「瀬川くん、ひょっとすると女を知らんのかと思とうたけど……やることやっとんのやなぁ」
「どういう意味だよ」
「ふーん、まあ、ええんやけど。……にしても、瀬川くん、えらい嫉妬深いのと、付きおうとんのやなぁ。こんなキワドイとこばっかつけて、やらしいわぁ」
嫉妬深い。確かに、矢口暁斗は嫉妬深い。
「いい加減にしてくれよ」
「東京に彼女さんがおるから、プロジェクトも抜けるん?」
「そんなことで仕事を選んだりするわけないだろ」
「ふーん、やっぱりビジネスライクやなぁ」
男の手を払い除けると、湯川氏は喉の奥で可笑しそうに笑った。
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