そのエラーはハンドリングできません

nao@そのエラー完結

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12月14日(金)

第48話

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 時刻は七時過ぎだった。定時過ぎから落ち着かず、矢口が帰り支度をしている気配を感じながらも、パソコンの画面に集中している振りをしてしまう。

「お疲れ様です。お先に失礼します」
「お疲れさま」

 顔を上げずに返事する。矢口が会釈をして、フロアから立ち去ると、残っているのは、俺と佐々木だけになっていた。

「瀬川さん、まだ残業していきますか?」

 佐々木の帰りたそうな気配を感じて、微笑んだ。

「あーうん、もう少し残るよ。……佐々木くんは気にせずに帰ってもいいから。俺はちょっと、煙草休憩してくるよ」

 物言いたげな佐々木を残して、フロアを後にする。やることはあるのに、仕事に集中ができなくて、とりあえず一時的にでも逃げられる場所を探してしまう。

 エレベーターで一階に降りて、喫煙室に入った。珍しく俺以外には利用者がおらず、狭い空間を貸し切ると、安堵の息をつく。ゴーと低い音を立てる換気扇の音をBGMに、煙草に火をつけて、煙を肺に充満させる。壁に寄りかかって、ふっと煙を吐き出した。

 帰宅していくサラリーマンたちが、ガラス張りの喫煙室の前を横切っていく様子をぼんやりと眺めながら、紫煙をくぐらせる。

 わらわらと若い社員の団体が前を通って、ビクリと肩が揺れた。男が一人、こちらに顔を向けたのだ。

 ガラス越しに、矢口と目が合えば、身体が硬直してしまう。まだ彼がビル内に居るとは思わなかったのだ。矢口は仲間内に声をかけると、喫煙室に入ってきた。

「瀬川さん、お疲れ様です」
「ああ、矢口くん、お疲れさま。同期飲み会、楽しそうでいいね」

 にっこりと微笑むと矢口は戸惑ったように顔を強張らせた。

「ええ、あの、昼休みに連絡があって、林がどうしても同期に報告したいことがあるからって、それで本社に在籍中の連中で呑みに行こうかって流れに……」
「そうなんだ」

 何に対する言い訳なのだろう。ガラスの壁の向こう側で、第三グループの女子社員と目が合った。黒髪のロングヘアーと赤い口紅が色っぽい。
 うちの会社は、女子社員が少ない割に美人が多いようだ。大人っぽい雰囲気の彼女に笑顔を向けると、軽くこちらに会釈を返された。

「あの、本当に行っても大丈夫ですか?」
「ああ、行ってこいよ? 俺の許可なんていらないから」
「でも」
「ほら、早く行けよ」

 火のついた煙草の先を入り口に向けると、暁斗は口を閉じて出ていった。四人組のグループが通り過ぎていくのを横目で見送る。
 完全に独りになったのを確認すると、小さく壁を蹴った。

「あれ、瀬川、珍しいな」
「何が?」

 喫煙室に入ってきた長身の男は、片眉を上げて、面白そうに笑った。

「そんな風にイラついてる顔、初めて見た」

 軽く咳き込んだ。吉田は小さく笑って「まあ、そんな日もあるよな」なんて、気のないフォローを入れてきた。

 俺よりもずっと強めの煙草を取り出して、口に咥える。火を探しているのようだったので、手の中で弄んでいたライターを点けてやると、「悪いな」と一言添えて、手に顔を寄せた。
 煙草を吸っている長身の男は、精悍さの中に男らしい色気のようなものがある。俺はどうも無理して吸っているように見えるらしく、吉田のような大人らしい出で立ちは、少し羨ましい。

「なあ、吉田って今夜ヒマ? 呑みに行かないか?」

 やはり今夜は一人で家に居たくなくて、気心知れた同期の男に声をかけてしまった。吉田は、意外そうに俺を一瞥して、それから、申し訳なさそうに眉を下げた。

「悪いな。これから接待があるんだ……」
「そうか、なら仕方ないな」

 忘年会シーズンの金曜日。営業部はさぞかし忙しい時期だろう。フラれてしまったバツの悪さに、軽く頭を掻く。

「明日の夜なら空いてるけど?」
「いや、明日は先約があるから」

 約束はしてないが、明日こそは暁斗と過ごすつもりでいる。また俺だけがそう思っているのかもしれないが。なんて、自分から約束を取り付ける努力もせずに、何を勝手に期待しているんだろう。
 情けなくて笑いが込み上げる。

 吉田は面倒臭そうに溜め息を吐き、じいと俺の顔を覗き込んでくる。ぎょっとして、一歩後ずさってしまった。まるで、心の内を見透かされそうで、落ち着かない。

「何か、悩んでいるんだろ?」
「は?」
「厄介な女にでも引っかかったか?」

 当たらずとも遠からず。吉田は妙に確信を持った口振りだった。

「そんなんじゃないよ。ちょっと今夜、呑みたい気分だっただけだから」

 少し声が上擦った。男は「ふーん」と納得いかない様子で、煙草を咥えたまま、煙を吐き出す。視線を外して、ポンポンと頭を叩かれた。

「まあ、同期のよしみだから、何かあれば話ぐらい聞いてやるから、あんまり思い詰めるなよ」
「お前に相談するようなことは何もないよ」

 大きな手の感触が、思いの外、悪くなくて、少しだけ顔がゆるんでしまった。




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