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12月17日(月)
第59話
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十二時を回れば、各々が思い思いにフロアを後にする。ビルの一階にあるコンビニで、適当にサンドイッチとコーヒーを買って、仕事場に戻った。
佐々木が、自席でカップ麺を食べていることを確認して、こっそりと近づくと、空いている矢口の席に腰を下ろした。少し驚いたように、佐々木が顔を向けてきたので、笑顔をつくる。
「佐々木くん、DVD観たよ」
「もう、ご覧になったんですか?」
佐々木の顔がパッと明るくなる。
「まだ三本目だけど、作画、気合い入ってて見応えあるよな」
「そんなんですよ!」
にこりと微笑むと、佐々木が堰を切ったように語り出した。相手との距離を詰めるのに、一番手っ取り早い方法は、趣味を共有することだと思う。少し打算的ではあるけれど、相手を観察して、興味を持っているものを見つけ出すのが俺のクセになっている。
佐々木は、SF系のロボットアニメが好きらしいことを掴んだので、彼のテリトリーをかい摘まんでみた。
こういうことを繰り返しているためか、どうも俺は多趣味な人間だと思われることが多い。けれど、何かに熱中しているとは言えず、全てが浅くて、低温で終わってしまう。他者の趣味を聞き齧っては、少しずつ自分に取り込んでいるだけなのだから、どちらかといえば、無趣味の部類に入るのかもしれない。
楽しそうに語る佐々木を羨ましい気持ちで見つめながら、相づちを打ち続けた。
「すみません、俺ばっかり話してしまって」
「いや、面白い視点で見てるんだなぁと感心したよ」
急に佐々木は恥ずかしそうに頬を紅潮させて俯いた。それでも、口角は緩んでいるものだから、かわいらしいと思ってしまう。
コンビニの袋からロールケーキを取り出して、彼のディスクに置いた。不思議そうにケーキと俺の顔を見比べるものだから、可笑しくなる。
「こんなもので申し訳ないけど、DVDを貸してくれたお礼。甘いものは苦手だったりするか?」
首を横に振って「ありがとうございます」と佐々木は嬉しそうに受け取った。
「なあ、佐々木くん、金曜の打ち上げに参加してみないか?」
「え、」
Yシステムの工程の区切りの打ち上げだ。年明けから残留の三名を残して、他のメンバーはプロジェクトから離れるため、今回の打ち上げには全員参加してほしいというのが本音だった。幹事の有沢が出欠を取っていたが、佐々木はいつも通り欠席で回答していた。
「少人数の飲み会だし、佐々木くんも、緊張しないんじゃないかと思って。何か予定あるなら無理はしなくていいけどな」
佐々木は、唖然と俺の顔を見つめてる。
「俺なんかが行っても飲み会が白けるだけじゃないですか……?」
「また『俺なんか』って言ってる」
苦笑いすると、佐々木が気まずそうに俯いた。
「俺は、佐々木くんが来てくれたら嬉しいけどな」
肩をポンと叩いてみれば、佐々木は複雑そうな顔で見上げてきた。いきなりハードルが高かっただろうか。髪型を変えて、眼鏡を変えて、彼にとっては、それだけでも十分すぎるぐらいに挑戦している。
「別に無理はしなくていいから」
「少し、考えてみます」
肩に乗せた手を離すと、佐々木は困ったように笑って、俯いた。もしかすると無理強いしてしまっただろうか。
「案外、佐々木くんと俺は、似た者同士なのかもしれないな」
矢口のディスクを撫でた。佐々木は、それはないですよ、なんて否定する。
不思議そうな佐々木に苦笑いしながら、矢口のキレイに整えられたディスクを眺める。ディスプレイの端にはフセンのメモが貼られている。俺が教えた仕事のやり方を試しているのだろう。
矢口はきっと、これからどんどん成長していくだろう。仕事は丁寧で、飲み込みも早くて、要領もよくて、人好きだってする。彼の成長は楽しみだけれど、少しこわいとも思う。
俺には足りていないものがたくさんある。
自分が二十五歳の頃は、三十代は、もっと大人だと思っていた。それは高校生が大学生に抱くような、大学生が社会人に抱くような、そんなモノに似ているのかもしれない。
結局のところ、俺は俺のままでしかない。劇的な変化などなく、積み重ねてきたようにしか成長していない。そんな自分に、少しだけ落胆してしまう。
「矢口くん」
佐々木が、唐突に呟いた。視線の先は、俺の後方に向けられている。視線の先へと振り返れば、矢口が俺を無表情で、見下ろしている。
「俺の席で何してるんですか」
「あ、悪い。すぐ退くから」
矢口は、どこか責めるような目をしていた。居心地が悪くて、視線を合わせられず、席を明け渡すしかない。
フロアの入り口付近のゴミ箱に、コンビニの袋を捨てる。背中に、刺さるような男の視線を感じて、振り返るのが躊躇われる。
どこから聞かれていたのだろう。
腕時計に目をやる。まだ休憩時間は残っていたし、一本だけ煙草を吸ってこようかな、なんて逃げるようにフロアを後にした。
佐々木が、自席でカップ麺を食べていることを確認して、こっそりと近づくと、空いている矢口の席に腰を下ろした。少し驚いたように、佐々木が顔を向けてきたので、笑顔をつくる。
「佐々木くん、DVD観たよ」
「もう、ご覧になったんですか?」
佐々木の顔がパッと明るくなる。
「まだ三本目だけど、作画、気合い入ってて見応えあるよな」
「そんなんですよ!」
にこりと微笑むと、佐々木が堰を切ったように語り出した。相手との距離を詰めるのに、一番手っ取り早い方法は、趣味を共有することだと思う。少し打算的ではあるけれど、相手を観察して、興味を持っているものを見つけ出すのが俺のクセになっている。
佐々木は、SF系のロボットアニメが好きらしいことを掴んだので、彼のテリトリーをかい摘まんでみた。
こういうことを繰り返しているためか、どうも俺は多趣味な人間だと思われることが多い。けれど、何かに熱中しているとは言えず、全てが浅くて、低温で終わってしまう。他者の趣味を聞き齧っては、少しずつ自分に取り込んでいるだけなのだから、どちらかといえば、無趣味の部類に入るのかもしれない。
楽しそうに語る佐々木を羨ましい気持ちで見つめながら、相づちを打ち続けた。
「すみません、俺ばっかり話してしまって」
「いや、面白い視点で見てるんだなぁと感心したよ」
急に佐々木は恥ずかしそうに頬を紅潮させて俯いた。それでも、口角は緩んでいるものだから、かわいらしいと思ってしまう。
コンビニの袋からロールケーキを取り出して、彼のディスクに置いた。不思議そうにケーキと俺の顔を見比べるものだから、可笑しくなる。
「こんなもので申し訳ないけど、DVDを貸してくれたお礼。甘いものは苦手だったりするか?」
首を横に振って「ありがとうございます」と佐々木は嬉しそうに受け取った。
「なあ、佐々木くん、金曜の打ち上げに参加してみないか?」
「え、」
Yシステムの工程の区切りの打ち上げだ。年明けから残留の三名を残して、他のメンバーはプロジェクトから離れるため、今回の打ち上げには全員参加してほしいというのが本音だった。幹事の有沢が出欠を取っていたが、佐々木はいつも通り欠席で回答していた。
「少人数の飲み会だし、佐々木くんも、緊張しないんじゃないかと思って。何か予定あるなら無理はしなくていいけどな」
佐々木は、唖然と俺の顔を見つめてる。
「俺なんかが行っても飲み会が白けるだけじゃないですか……?」
「また『俺なんか』って言ってる」
苦笑いすると、佐々木が気まずそうに俯いた。
「俺は、佐々木くんが来てくれたら嬉しいけどな」
肩をポンと叩いてみれば、佐々木は複雑そうな顔で見上げてきた。いきなりハードルが高かっただろうか。髪型を変えて、眼鏡を変えて、彼にとっては、それだけでも十分すぎるぐらいに挑戦している。
「別に無理はしなくていいから」
「少し、考えてみます」
肩に乗せた手を離すと、佐々木は困ったように笑って、俯いた。もしかすると無理強いしてしまっただろうか。
「案外、佐々木くんと俺は、似た者同士なのかもしれないな」
矢口のディスクを撫でた。佐々木は、それはないですよ、なんて否定する。
不思議そうな佐々木に苦笑いしながら、矢口のキレイに整えられたディスクを眺める。ディスプレイの端にはフセンのメモが貼られている。俺が教えた仕事のやり方を試しているのだろう。
矢口はきっと、これからどんどん成長していくだろう。仕事は丁寧で、飲み込みも早くて、要領もよくて、人好きだってする。彼の成長は楽しみだけれど、少しこわいとも思う。
俺には足りていないものがたくさんある。
自分が二十五歳の頃は、三十代は、もっと大人だと思っていた。それは高校生が大学生に抱くような、大学生が社会人に抱くような、そんなモノに似ているのかもしれない。
結局のところ、俺は俺のままでしかない。劇的な変化などなく、積み重ねてきたようにしか成長していない。そんな自分に、少しだけ落胆してしまう。
「矢口くん」
佐々木が、唐突に呟いた。視線の先は、俺の後方に向けられている。視線の先へと振り返れば、矢口が俺を無表情で、見下ろしている。
「俺の席で何してるんですか」
「あ、悪い。すぐ退くから」
矢口は、どこか責めるような目をしていた。居心地が悪くて、視線を合わせられず、席を明け渡すしかない。
フロアの入り口付近のゴミ箱に、コンビニの袋を捨てる。背中に、刺さるような男の視線を感じて、振り返るのが躊躇われる。
どこから聞かれていたのだろう。
腕時計に目をやる。まだ休憩時間は残っていたし、一本だけ煙草を吸ってこようかな、なんて逃げるようにフロアを後にした。
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