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12月8日(土)
第30話
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十二月に入り、寒気が日本列島を覆っていた。今朝のニュースによると、日本海側では初雪が降り始め、関東も真冬の寒さになるらしい。
池袋駅の東口。多くの人が行き交う中でも、矢口暁斗はすぐに見つけられた。グレーのロングコートに、黒いストールを巻いたスタイルで、少し大人びて見える。男は駅構内の柱に寄りかかって俯いていた。物思いに耽っている横顔はやたら絵になって、声をかけることも躊躇ってしまうほど。自分の世界に入っているのか、どうにもこちらに気が付かないようなので、彼の隣で同じように柱に寄りかかってみた。
「お兄さん、待ち合わせですか?」
そっと声をかけると、矢口はこちらに視線を寄越して、困ったように微笑んだ。
「もしかして、待たせちゃったかな?」
「いいえ、俺も今来たところですよ」
矢口はそう笑って、赤くなっている鼻の頭を擦った。
目的地は、歩いて十分もすれば辿り着く。都会の真ん中にある大型のアミューズメント施設。休日ということもあるのか、ひどく混みあっている。入り組んだ施設内を通り、エスカレーターで屋上まで上っていく。
「少し前に話題になっていたじゃないですか? ちょっと気になっていたんです」
矢口はそう言って、水族館のチケットを渡してくれた。薄暗くも優しい光が差し込む海の世界は、異世界のように綺麗だった。水族館なんて何年ぶりだろうか。鮮やかな熱帯魚に、くらげがゆらめくトンネル。幻想的で、思わず溜め息が漏れる。それでも話題の人気スポットだからか、子供たちのはしゃぐ声やカップルの楽し気な笑い声が騒がしい。隣に立つ男はというと、水槽に見入るばかりで、口数も少ない。何を話せばいいやらと、横目で矢口の横顔ばかり盗み見てしまう。
「水族館は退屈でしたか?」
「そんなことないよ。キレイだし、癒されるよな」
矢口は安堵したように微笑んだ。何処となく、ぎこちない会話ばかり。デートってこういうものだったろうか。周りからは俺たちはどういう風に見えているのだろう。隣の大学生らしいカップルは、腕を絡み合わせてイチャついている。付き合い始めなのか、だらしなくニヤけた男の顔と、甘えたような女の顔。
公の場所で、ベタベタする行為は見苦しい。と思う。俺は体面を気にする方だったし、今まで付き合った女性とも、外では手を繋ぐことすら、抵抗があった。
それなのに。なんとなく右手の甲に、男の左手の甲を意識的に擦り合わせてみた。それだけで、とても悪いことをしているような気になって、すぐに離してしまう。けれど、今度は矢口の手の甲が俺の手の甲に触れてきて、やんわりと小指を絡ませてきた。冷たい指の感触。それでも、ほんの一瞬で、すぐに離していった。
「次はあっちに行ってみましょうか」
何かを誤魔化すように、矢口が次の展示を指差した。俺たちにできる精一杯は、きっとここまでなんだろうな、とぼんやりと思った。
「あれが話題になっていたやつですね」
屋外に出ると、ある一角に人だかりができていた。それもそうだろう。都会の空にペンギンが飛んでいるのだ。
「本当に空を飛んでるみたいに見えますね」
「ラッタタタタ♪」
懐かしいメロディを小さく口ずさむと、矢口が不思議そうに首を傾げてきた。構わず続けて歌ってみたが、矢口は困惑するばかり。俺が小さな頃にテレビで流れていた曲だから、その頃に生まれていなかった矢口は知らないのかもしれない。
「ねえ君、僕と踊ってくれないか♪ お願いさ♪」
隣の肩をぶつけてみたら、矢口がようやくはにかんだ。
――――不思議なできごと。ペンギンが空を飛ぶなんて。うそみたい。
そう。嘘なのだ。気持ちよさそうに空を飛んでいるあのペンギンは、そう見えているだけなのだ。俺たちが見上げているのは、透明の水槽の中を泳いでいるペンギンたち。そんな子供騙しのトリックだと気づいていても、人々は物珍しそうにスマホをかざして、たくさんの写真を撮っていた。
池袋駅の東口。多くの人が行き交う中でも、矢口暁斗はすぐに見つけられた。グレーのロングコートに、黒いストールを巻いたスタイルで、少し大人びて見える。男は駅構内の柱に寄りかかって俯いていた。物思いに耽っている横顔はやたら絵になって、声をかけることも躊躇ってしまうほど。自分の世界に入っているのか、どうにもこちらに気が付かないようなので、彼の隣で同じように柱に寄りかかってみた。
「お兄さん、待ち合わせですか?」
そっと声をかけると、矢口はこちらに視線を寄越して、困ったように微笑んだ。
「もしかして、待たせちゃったかな?」
「いいえ、俺も今来たところですよ」
矢口はそう笑って、赤くなっている鼻の頭を擦った。
目的地は、歩いて十分もすれば辿り着く。都会の真ん中にある大型のアミューズメント施設。休日ということもあるのか、ひどく混みあっている。入り組んだ施設内を通り、エスカレーターで屋上まで上っていく。
「少し前に話題になっていたじゃないですか? ちょっと気になっていたんです」
矢口はそう言って、水族館のチケットを渡してくれた。薄暗くも優しい光が差し込む海の世界は、異世界のように綺麗だった。水族館なんて何年ぶりだろうか。鮮やかな熱帯魚に、くらげがゆらめくトンネル。幻想的で、思わず溜め息が漏れる。それでも話題の人気スポットだからか、子供たちのはしゃぐ声やカップルの楽し気な笑い声が騒がしい。隣に立つ男はというと、水槽に見入るばかりで、口数も少ない。何を話せばいいやらと、横目で矢口の横顔ばかり盗み見てしまう。
「水族館は退屈でしたか?」
「そんなことないよ。キレイだし、癒されるよな」
矢口は安堵したように微笑んだ。何処となく、ぎこちない会話ばかり。デートってこういうものだったろうか。周りからは俺たちはどういう風に見えているのだろう。隣の大学生らしいカップルは、腕を絡み合わせてイチャついている。付き合い始めなのか、だらしなくニヤけた男の顔と、甘えたような女の顔。
公の場所で、ベタベタする行為は見苦しい。と思う。俺は体面を気にする方だったし、今まで付き合った女性とも、外では手を繋ぐことすら、抵抗があった。
それなのに。なんとなく右手の甲に、男の左手の甲を意識的に擦り合わせてみた。それだけで、とても悪いことをしているような気になって、すぐに離してしまう。けれど、今度は矢口の手の甲が俺の手の甲に触れてきて、やんわりと小指を絡ませてきた。冷たい指の感触。それでも、ほんの一瞬で、すぐに離していった。
「次はあっちに行ってみましょうか」
何かを誤魔化すように、矢口が次の展示を指差した。俺たちにできる精一杯は、きっとここまでなんだろうな、とぼんやりと思った。
「あれが話題になっていたやつですね」
屋外に出ると、ある一角に人だかりができていた。それもそうだろう。都会の空にペンギンが飛んでいるのだ。
「本当に空を飛んでるみたいに見えますね」
「ラッタタタタ♪」
懐かしいメロディを小さく口ずさむと、矢口が不思議そうに首を傾げてきた。構わず続けて歌ってみたが、矢口は困惑するばかり。俺が小さな頃にテレビで流れていた曲だから、その頃に生まれていなかった矢口は知らないのかもしれない。
「ねえ君、僕と踊ってくれないか♪ お願いさ♪」
隣の肩をぶつけてみたら、矢口がようやくはにかんだ。
――――不思議なできごと。ペンギンが空を飛ぶなんて。うそみたい。
そう。嘘なのだ。気持ちよさそうに空を飛んでいるあのペンギンは、そう見えているだけなのだ。俺たちが見上げているのは、透明の水槽の中を泳いでいるペンギンたち。そんな子供騙しのトリックだと気づいていても、人々は物珍しそうにスマホをかざして、たくさんの写真を撮っていた。
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