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大学時代から付き合いのある男から「来週、結婚式の二次会をやるから都合つくなら来いよ」と短いメッセージが入った。
怒りよりも呆れた、といった方がいいかもしれない。彼とは、就職を機に上京して遠距離になると、ぷっつりと連絡が途絶えてしまった。所謂、自然消滅というやつなのだろう。
それでも半年に一度くらいは彼から一方的に呼び出されて、セックスする仲ではあった。最近では、それすらもなくなっていたが、どうせオレから連絡しても、うざがられるだけなのだから、と遠慮していた。そうして、久しぶりに連絡が来たかと思えば、コレだ。
直接会って文句の一つも言ってやろうと、参加の旨の返信をすると「前日に会えないか。独身最後の夜はお前と過ごしたい」なんて、軟派な返信が返ってきた。
ああ、こいつは、こういうヤツだった、なんて呆れながらも「最後」という淫靡な響きに惹かれてしまう。
思えば、彼がろくでもない男なのは、大学時代からだった。少し垂れ目がちで、穏やかな笑顔は、慈悲深い優しい男のように見えた。それに、彼は理想的な手を持っている。綺麗な筋が入っていて、ごつごつとした関節が堪らない。彼ほどの好みの手を持つ男は、他には知らない。触れることはできなくても、じっと目で追ってしまう。
性の対象が男であるばかりか、他人の手に異常なほど興奮してしまう性癖があると気づいてから、オレは他人との関わりを薄くして、欲望をひた隠して生きてきた。
そんなオレは、他人から優しくされることに免疫がなかったのだろう。
研究室が一緒だったこともあり、彼とは接点がそれなりにあった。だからだろう、オレの物欲しそうな視線は、彼に簡単に気づかれてしまった。
それは、研究室の飲み会だった。隣で飲んでいた彼は、大きな手をそっと、俺の手に重ねてきたのだ。酔った弾みだと思ったが、テーブルの下で、誰にも見られないように優しく手の甲を撫でられ、甘く指を絡まされた。そんな秘密めいた愛撫に胸が高鳴って、オレはこれは恋なのだと勘違いした。そうして、駄目押しのように、耳元で熱っぽく囁かれたのだ。
「お前なら男でもイケるかも」
オレは相当チョロかったのだと思う。あれが欲しい、これが欲しい、と散々貢がされて、他のヤツとは仲良くするなと釘を刺されて、周囲とますます孤立させられた。
オレはおめでたいことに、彼に甘えられているだとか、愛情からの独占欲だとか、そういう幸福感に酔っていた。
それに好みの手で触れられると、どこもかしこも異常なほどに感じてしまう。あの大きくてしなかやかな手が俺を盲目的にさせた。
彼の好きなように肢体を弄り回されて、苦痛を快楽と混ぜ混まれ、彼に従うことが愛であると、完全な主従関係を強いられた。
どうしようもない淫乱だとか、呆れるほどの変態だとか蔑まれて、それでも時々は「可愛い」「好き」「愛してる」なんて甘く囁くから、蟻の巣地獄のように彼の罠にハマっていった。
それでも、彼に彼女がいると知ったときに、オレは別れるべきだったのだと思う。
「あいつはカムフラージュだよ。表向きに付き合ってるだけで、本命はお前だよ」
嘘だとわかっていても、オレはそんな嘘に縋ってしまった。彼の言葉は絶対だった。
それでも地元で彼に溺れて生きていくのは不安で、こわくて、オレは大学を卒業したら上京することをぼんやりと考えていた。愚かにも、彼が「俺の側にいろ」なんて必死に引き留めてくれるんじゃないかと期待もした。けれど、オレが上京を口にしても、彼は興味無さそうに「ふーん」と一言返しただけだった。
彼にとって、オレという存在は、その程度でしかなかったのだ。
そんな男のために、高い交通費を払って、一夜の密事のために会いに行くなんて、オレも相当おめでたいのだろう。
怒りよりも呆れた、といった方がいいかもしれない。彼とは、就職を機に上京して遠距離になると、ぷっつりと連絡が途絶えてしまった。所謂、自然消滅というやつなのだろう。
それでも半年に一度くらいは彼から一方的に呼び出されて、セックスする仲ではあった。最近では、それすらもなくなっていたが、どうせオレから連絡しても、うざがられるだけなのだから、と遠慮していた。そうして、久しぶりに連絡が来たかと思えば、コレだ。
直接会って文句の一つも言ってやろうと、参加の旨の返信をすると「前日に会えないか。独身最後の夜はお前と過ごしたい」なんて、軟派な返信が返ってきた。
ああ、こいつは、こういうヤツだった、なんて呆れながらも「最後」という淫靡な響きに惹かれてしまう。
思えば、彼がろくでもない男なのは、大学時代からだった。少し垂れ目がちで、穏やかな笑顔は、慈悲深い優しい男のように見えた。それに、彼は理想的な手を持っている。綺麗な筋が入っていて、ごつごつとした関節が堪らない。彼ほどの好みの手を持つ男は、他には知らない。触れることはできなくても、じっと目で追ってしまう。
性の対象が男であるばかりか、他人の手に異常なほど興奮してしまう性癖があると気づいてから、オレは他人との関わりを薄くして、欲望をひた隠して生きてきた。
そんなオレは、他人から優しくされることに免疫がなかったのだろう。
研究室が一緒だったこともあり、彼とは接点がそれなりにあった。だからだろう、オレの物欲しそうな視線は、彼に簡単に気づかれてしまった。
それは、研究室の飲み会だった。隣で飲んでいた彼は、大きな手をそっと、俺の手に重ねてきたのだ。酔った弾みだと思ったが、テーブルの下で、誰にも見られないように優しく手の甲を撫でられ、甘く指を絡まされた。そんな秘密めいた愛撫に胸が高鳴って、オレはこれは恋なのだと勘違いした。そうして、駄目押しのように、耳元で熱っぽく囁かれたのだ。
「お前なら男でもイケるかも」
オレは相当チョロかったのだと思う。あれが欲しい、これが欲しい、と散々貢がされて、他のヤツとは仲良くするなと釘を刺されて、周囲とますます孤立させられた。
オレはおめでたいことに、彼に甘えられているだとか、愛情からの独占欲だとか、そういう幸福感に酔っていた。
それに好みの手で触れられると、どこもかしこも異常なほどに感じてしまう。あの大きくてしなかやかな手が俺を盲目的にさせた。
彼の好きなように肢体を弄り回されて、苦痛を快楽と混ぜ混まれ、彼に従うことが愛であると、完全な主従関係を強いられた。
どうしようもない淫乱だとか、呆れるほどの変態だとか蔑まれて、それでも時々は「可愛い」「好き」「愛してる」なんて甘く囁くから、蟻の巣地獄のように彼の罠にハマっていった。
それでも、彼に彼女がいると知ったときに、オレは別れるべきだったのだと思う。
「あいつはカムフラージュだよ。表向きに付き合ってるだけで、本命はお前だよ」
嘘だとわかっていても、オレはそんな嘘に縋ってしまった。彼の言葉は絶対だった。
それでも地元で彼に溺れて生きていくのは不安で、こわくて、オレは大学を卒業したら上京することをぼんやりと考えていた。愚かにも、彼が「俺の側にいろ」なんて必死に引き留めてくれるんじゃないかと期待もした。けれど、オレが上京を口にしても、彼は興味無さそうに「ふーん」と一言返しただけだった。
彼にとって、オレという存在は、その程度でしかなかったのだ。
そんな男のために、高い交通費を払って、一夜の密事のために会いに行くなんて、オレも相当おめでたいのだろう。
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