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俺はどこで間違えたのだろう。いつも本当に欲しいものは、この手からすり抜けていく。
俺には、兄弟のように思っていた幼馴染がいた。まるで魂の片割れのように思っていたし、生涯の親友であることを疑いもしなかった。
互いの家を行き来して、一緒に飯を食って、同じ部屋で布団を並べて眠る。彼と同じ空間で同じ時間を共有することは、何の変哲もない日常だった。
そんな彼が急によそよそしくなったのは、中学生の頃だった。俺に彼女ができた頃から、彼は妙に遠慮がちになったのだ。けれど、その頃の俺は、初めてデキた「彼女」に舞い上がっていて、彼の変化に気づくことができなかった。それどころか、俺たちカップルに気をつかってくれている気の利いたヤツだと思い込んでいた。
結局、その彼女とは長続きせずに、数ヶ月で別れてしまったが、彼との距離は開いたままだった。中学生の俺は、まだガキだったから、非童貞と童貞の差だろうと、彼に対する優越感に浸っていて、あまり気にとめていなかった。
打ちのめされたのは、中学三年生の秋のことだった。まるで天気の話をするような気軽さで、彼は、県内で一番の進学校を受験することを口にした。クラスの連中は軽く流して「がんばれよ」と彼にエールを送る。彼は元々、学年トップの成績だったから、不思議な話ではないのだろう。けれど、俺だけは、ひどく動揺していた。
彼の目指す高校は、俺の学力では、目指すことすら無謀な高校だった。どうして早く言ってくれなかったんだと内心、憤りすら覚えていた。
「お前のいない学校に進学してもつまらないから」なんて笑いながら、俺の第一志望の学校推薦を一緒に受けると約束してくれていたのに。
けれど、彼の進路に口出しする権利なんて持ち合わせておらず、俺には「がんばれよ。お前なら必ず受かるよ」なんて、心にもない応援をするしかなかった。
魂の片割れが離れていくのは、身を引きちぎられるような痛みが伴った。それでも、高校生の頃は、まだよかったのかもしれない。
家が近いこともあり、家を少し早く出て、一本早いバスに乗れば、彼と途中までは一緒に通学することができた。毎日、たった三十分しか、彼の側にはいられなかったけれど。
彼と重ならない時間がもどかしくて堪らなかった。彼は学ランで、俺はブレザーで、制服の違いがとても腹立たしかった。
彼が、どんどん知らない男になっていくようで、不安で堪らなかった。あんなに毎日、二人で長い時間を共有していたのに、どうして、そんなに涼しい顔をしていられるのだろう。
学力で劣等感はあったが、高校生の俺は、女によくモテていた。それなのに、整った面の彼には、浮いた話がなかったから「彼女はできたか?」なんて、彼をからかうことで、僅かな優越感に浸ろうとしていた。
ある時に「付き合っている人ならいるよ」と照れ臭そうに返されて、俺はようやく自分の中にある彼への想いを自覚した。
彼は女をどんな風に抱くのだろう。彼はどんな顔でイクのだろう。彼の学ランの下は、どんな体をしているのだろう。彼と唇を重ねたら、どんな気持ちになるのだろう。
頭がおかしくなりそうなぐらいに、彼に対する欲望が募った。無理矢理にでも彼を自分のものにしてしまおうか、なんて、できもしないことを毎日妄想して、やるせなさを募らせていくことしかできずにいた。
それでも、俺は彼に対しては、真っ当でありたかった。俺は頭が良い方ではなかったが、地元で一番の国立大学を目指すことにした。彼と同じ大学に行きたくて、俺は必死に勉強した。けれど、そんな俺の努力も虚しいものだった。
彼は俺よりも数ランク上の都心の大学を目指していると知ったとき、俺には絶望しかなかった。彼は、もう俺と同じ空間や同じ時間を共有したいとは、思っていないのだ。
彼が「盆と正月は帰るよ」と笑う。
幼馴染で親友の彼は、地元に帰省したときに、隣りの家にふらりと立ち寄って、懐かしい友人と、子どもの頃の思い出話に花を咲かせるような、そんな穏やかで希薄な関係を、俺に求めているのだと思い知らされたのだった。
俺には、兄弟のように思っていた幼馴染がいた。まるで魂の片割れのように思っていたし、生涯の親友であることを疑いもしなかった。
互いの家を行き来して、一緒に飯を食って、同じ部屋で布団を並べて眠る。彼と同じ空間で同じ時間を共有することは、何の変哲もない日常だった。
そんな彼が急によそよそしくなったのは、中学生の頃だった。俺に彼女ができた頃から、彼は妙に遠慮がちになったのだ。けれど、その頃の俺は、初めてデキた「彼女」に舞い上がっていて、彼の変化に気づくことができなかった。それどころか、俺たちカップルに気をつかってくれている気の利いたヤツだと思い込んでいた。
結局、その彼女とは長続きせずに、数ヶ月で別れてしまったが、彼との距離は開いたままだった。中学生の俺は、まだガキだったから、非童貞と童貞の差だろうと、彼に対する優越感に浸っていて、あまり気にとめていなかった。
打ちのめされたのは、中学三年生の秋のことだった。まるで天気の話をするような気軽さで、彼は、県内で一番の進学校を受験することを口にした。クラスの連中は軽く流して「がんばれよ」と彼にエールを送る。彼は元々、学年トップの成績だったから、不思議な話ではないのだろう。けれど、俺だけは、ひどく動揺していた。
彼の目指す高校は、俺の学力では、目指すことすら無謀な高校だった。どうして早く言ってくれなかったんだと内心、憤りすら覚えていた。
「お前のいない学校に進学してもつまらないから」なんて笑いながら、俺の第一志望の学校推薦を一緒に受けると約束してくれていたのに。
けれど、彼の進路に口出しする権利なんて持ち合わせておらず、俺には「がんばれよ。お前なら必ず受かるよ」なんて、心にもない応援をするしかなかった。
魂の片割れが離れていくのは、身を引きちぎられるような痛みが伴った。それでも、高校生の頃は、まだよかったのかもしれない。
家が近いこともあり、家を少し早く出て、一本早いバスに乗れば、彼と途中までは一緒に通学することができた。毎日、たった三十分しか、彼の側にはいられなかったけれど。
彼と重ならない時間がもどかしくて堪らなかった。彼は学ランで、俺はブレザーで、制服の違いがとても腹立たしかった。
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学力で劣等感はあったが、高校生の俺は、女によくモテていた。それなのに、整った面の彼には、浮いた話がなかったから「彼女はできたか?」なんて、彼をからかうことで、僅かな優越感に浸ろうとしていた。
ある時に「付き合っている人ならいるよ」と照れ臭そうに返されて、俺はようやく自分の中にある彼への想いを自覚した。
彼は女をどんな風に抱くのだろう。彼はどんな顔でイクのだろう。彼の学ランの下は、どんな体をしているのだろう。彼と唇を重ねたら、どんな気持ちになるのだろう。
頭がおかしくなりそうなぐらいに、彼に対する欲望が募った。無理矢理にでも彼を自分のものにしてしまおうか、なんて、できもしないことを毎日妄想して、やるせなさを募らせていくことしかできずにいた。
それでも、俺は彼に対しては、真っ当でありたかった。俺は頭が良い方ではなかったが、地元で一番の国立大学を目指すことにした。彼と同じ大学に行きたくて、俺は必死に勉強した。けれど、そんな俺の努力も虚しいものだった。
彼は俺よりも数ランク上の都心の大学を目指していると知ったとき、俺には絶望しかなかった。彼は、もう俺と同じ空間や同じ時間を共有したいとは、思っていないのだ。
彼が「盆と正月は帰るよ」と笑う。
幼馴染で親友の彼は、地元に帰省したときに、隣りの家にふらりと立ち寄って、懐かしい友人と、子どもの頃の思い出話に花を咲かせるような、そんな穏やかで希薄な関係を、俺に求めているのだと思い知らされたのだった。
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