19 / 44
第17話 失意、決意
しおりを挟む
「桜居さん、朝ご飯できたよ」
「……」
「起きてる?」
「……」
襖が開く。
朝の光が部屋に入ってくる。
空気が、揺れる。
「おはよう、桜居さん」
「……」
「ご飯、食べれる?」
「……いらない」
「ちゃんと、寝た?」
「……いや」
「顔色、悪いよ」
「……」
「神社で何かあったの?」
「……」
「食べないと、元気でないよ」
「……俺に構うな」
彩の思いやりも今は煩わしい。
こんな少女にまで気を遣われている……そんな自分も腹立たしい。
「これから学校に行って来るから」
「……」
「ご飯、食べたくなったら食べてね」
「……」
「今日はお姉ちゃんも家にいるから、一緒に食べてね」
「……」
「行ってきます」
「……」
襖が閉まり、部屋に静寂が戻る。
光が再び遮断され、室内の色彩が闇によって薄まっていく。
「……あのまま死んでりゃよかったな」
自嘲的な笑いが込み上げてくる。
「……」
体の中を虫か何かが蠢いているかのような、不快感。
気持ちが悪い。
眠い。
腹が減っている。
気分が悪くて眠れない。
吐き気がして、食う気がしない。
何もかもが、俺の手をすり抜けて消えてしまったような気がした。俺が見てきたものは、なんだったのだろうか。
不治の病であることを隠すこと。
それは黒川の願いだったに違いない。
だけど──そうまでして、体と精神の限界まで我慢しつづけて、俺の近くに居ることに意味があったのだろうか。
そんなことをされる覚えは、俺にはない。
アイツには友達がたくさんいたし、明るい性格でみんなから好かれてもいた。
でも黒川はいつも俺の傍にいた。
『10年前の3月14日から、死ぬ瞬間の瞬間まで──私は桜居宏則くんのことが好きでした』
3年前に読んだ遺書に書かれていた、そして昨日、どういう訳か詠が口にした一節を思い出す。
何故、詠は遺書の内容を知っていたのだろうか。昨日は訊くことができなかった。
10年前の3月14日。
俺と黒川との間で、何があったのだろう。
俺が黒川葉子と知り合ったのは、中学生の時に同じクラスになってからだと思うが、細かいことは思い出せない。
「……」
たとえば──俺が黒川と同じ立場だったとして、病気のことを打ち明けることができただろうか。
痛いって言えただろうか。
言えない。
苦しいって言えただろうか。
たぶん、これも言わない。
長く生きられないことを知りながら、好きな相手にその想いを伝えることができただろうか。すべてを知った相手が、変わらずに接してくれると信じることができただろうか。
「……わからねぇよ」
思わず、声が出る。
わからない。どれだけ考えても、わからない。
ただ、
できることなら、支えになってやりたかった。
「……」
俺は頼りなかったのかもしれないけど、もう少し寄り掛かって欲しかった。
「……帰る……か」
そんな言葉が口から洩れる。
村を出て、街に戻って、あの雑踏の一部として、また時を費やしていこう。黒川の居た、黒川と居た街で。
その前に、途中だった墓参りをしに行って……あと、沙夜と彩の二人には、本当に世話になった。できることがあるのなら、何かをしてやりたい。
彩とは神事を見るという約束をした。
沙夜は、俺が神事に参加することを拒んだが、病気でもなんでもない俺の近い未来に死が待っているとは考えにくい。
俺が神事に参加して何もなければ、沙夜も救われるかもしれない。
3年前、アイツを神事に誘ったことに対する、罪の意識から解放されるかもしれない。神事が終わったら、もう忘れろって笑ってやろう。
そして街に帰ろう。
「……」
一日中、いろいろな事を考えて、いろいろな事をひとりで決めた。結局その日も何も食えず、一睡もできなかった。
彩と沙夜は、姿を見せなかった。
こんなどうしようもない俺に、愛想を尽かしたのかもしれない。
少しだけ、気分が楽になった。
部屋に篭っているだけの2日が過ぎ、気がつくと神事が翌日に迫っていた。
「……」
「起きてる?」
「……」
襖が開く。
朝の光が部屋に入ってくる。
空気が、揺れる。
「おはよう、桜居さん」
「……」
「ご飯、食べれる?」
「……いらない」
「ちゃんと、寝た?」
「……いや」
「顔色、悪いよ」
「……」
「神社で何かあったの?」
「……」
「食べないと、元気でないよ」
「……俺に構うな」
彩の思いやりも今は煩わしい。
こんな少女にまで気を遣われている……そんな自分も腹立たしい。
「これから学校に行って来るから」
「……」
「ご飯、食べたくなったら食べてね」
「……」
「今日はお姉ちゃんも家にいるから、一緒に食べてね」
「……」
「行ってきます」
「……」
襖が閉まり、部屋に静寂が戻る。
光が再び遮断され、室内の色彩が闇によって薄まっていく。
「……あのまま死んでりゃよかったな」
自嘲的な笑いが込み上げてくる。
「……」
体の中を虫か何かが蠢いているかのような、不快感。
気持ちが悪い。
眠い。
腹が減っている。
気分が悪くて眠れない。
吐き気がして、食う気がしない。
何もかもが、俺の手をすり抜けて消えてしまったような気がした。俺が見てきたものは、なんだったのだろうか。
不治の病であることを隠すこと。
それは黒川の願いだったに違いない。
だけど──そうまでして、体と精神の限界まで我慢しつづけて、俺の近くに居ることに意味があったのだろうか。
そんなことをされる覚えは、俺にはない。
アイツには友達がたくさんいたし、明るい性格でみんなから好かれてもいた。
でも黒川はいつも俺の傍にいた。
『10年前の3月14日から、死ぬ瞬間の瞬間まで──私は桜居宏則くんのことが好きでした』
3年前に読んだ遺書に書かれていた、そして昨日、どういう訳か詠が口にした一節を思い出す。
何故、詠は遺書の内容を知っていたのだろうか。昨日は訊くことができなかった。
10年前の3月14日。
俺と黒川との間で、何があったのだろう。
俺が黒川葉子と知り合ったのは、中学生の時に同じクラスになってからだと思うが、細かいことは思い出せない。
「……」
たとえば──俺が黒川と同じ立場だったとして、病気のことを打ち明けることができただろうか。
痛いって言えただろうか。
言えない。
苦しいって言えただろうか。
たぶん、これも言わない。
長く生きられないことを知りながら、好きな相手にその想いを伝えることができただろうか。すべてを知った相手が、変わらずに接してくれると信じることができただろうか。
「……わからねぇよ」
思わず、声が出る。
わからない。どれだけ考えても、わからない。
ただ、
できることなら、支えになってやりたかった。
「……」
俺は頼りなかったのかもしれないけど、もう少し寄り掛かって欲しかった。
「……帰る……か」
そんな言葉が口から洩れる。
村を出て、街に戻って、あの雑踏の一部として、また時を費やしていこう。黒川の居た、黒川と居た街で。
その前に、途中だった墓参りをしに行って……あと、沙夜と彩の二人には、本当に世話になった。できることがあるのなら、何かをしてやりたい。
彩とは神事を見るという約束をした。
沙夜は、俺が神事に参加することを拒んだが、病気でもなんでもない俺の近い未来に死が待っているとは考えにくい。
俺が神事に参加して何もなければ、沙夜も救われるかもしれない。
3年前、アイツを神事に誘ったことに対する、罪の意識から解放されるかもしれない。神事が終わったら、もう忘れろって笑ってやろう。
そして街に帰ろう。
「……」
一日中、いろいろな事を考えて、いろいろな事をひとりで決めた。結局その日も何も食えず、一睡もできなかった。
彩と沙夜は、姿を見せなかった。
こんなどうしようもない俺に、愛想を尽かしたのかもしれない。
少しだけ、気分が楽になった。
部屋に篭っているだけの2日が過ぎ、気がつくと神事が翌日に迫っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる