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第26話 大切な妹
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沙夜はこの村に医者はいないと言った。
俺がどうしたらいいかわからず狼狽えていると、沙夜は彩を抱きかかえ部屋に運び、手早く着替えさせて布団に寝かせた。
焦る俺とは対照的に、沙夜は何度も経験しているようで冷静だった。雑巾で床の血を拭き取りながら、詠を呼んできて欲しいと頼んできたので俺は全力で神社まで走った。
なぜ詠なのかを考えている余裕はなかった。ただ言われた通りに、詠を長峰家に連れてきた。
詠は数分ほど彩の様子を見ていたが、沙夜と同じように落ち着いた口調で『問題ありません』と言い残して神社に帰っていった。
「聞いてる? 桜居さんは、もう寝たほうがいいわ」
「……お前もな」
「私はいい」
「なら、俺も起きてる」
「あれくらいの吐血なら、前にも何度かあったから平気よ」
「……」
散歩に出ていた俺と沙夜が長峰家に帰って来たのが午後2時過ぎで、今は午前3時ちょっと前。お互いに夕飯もとっていない。
彩は静かな寝息を立てている。
寝顔も穏やかだ。
問題ないと詠は言っていたが、俺には信じられない。あんなに血を吐いて、苦しそうで──それで問題がない?
俺は自分の服についた血を見つめる。
真っ赤だった血は服に染みこんで乾き、赤茶色っぽく変色していた。
呪い……こんな風に彩はずっと痛み苦しんできたのか。
「なあ、」
「なに?」
「この部屋……」
「彩の部屋よ。そういえば初めてよね、入るの」
「……」
これが彩の。
14歳の女の子の部屋とは思えなかった。
普段の明るく元気な彩からは想像できない部屋。
廃屋の一室のような……壁紙はぼろぼろで、タンスや襖も異常と思わずにはいられないほど傷つけられていた。
それらの傷はきっと爪の痕。
そして大小の赤茶色いシミは血の跡だろう。
一人で部屋に監禁され、食べ物も与えられず、渇きと餓えに耐えながら懸命にここを出ようともがき苦しんだ痕のように見えた。
「綺麗にしても無駄だから。この部屋はこうしてあるの」
俺は黒川葉子の日記のことを思い出す。
不治の病の痛みと苦しみを綴った日記──この部屋とあの日記は同じなんだと思った。
「……」
彩の頭を優しく撫でている沙夜。
「昔、まだ彩が生まれたばかりで、お父さんもお母さんもいた時……よくこうしてお母さんが彩の頭を撫でていたの。するとね、彩はすぐに泣き止むのよ。私がいくらあやしても泣いていたのに、お母さんが額に手を置くだけで彩は泣き止んじゃうの。それが羨ましくて、どうやったら彩を泣きやますことができるんだろうって、撫で方を真似したりしたんだけど全然ダメで……ある日お母さんに聞いたら教えてくれたの」
「なんて?」
沙夜は俺の質問を無視して、
「もしかしたら、彩は村を出ても大丈夫かもしれない」
話題を変えた。
幼かったころの彩を泣きやます話と、彩が村の外に出ても安全という予測がどう繋がっているのだろう。
「理由は?」
「まだ言えないわ」
「……桜居さん、きっと怒るから。村には村の、意思というものがあるのよ」
「わからない」
「村を出ることができたら教えてあげるわ。全部」
「……」
「桜居さん、」
「なんだ?」
「……ごめんなさい。私には、みんなを救うことはできない。あの子を犠牲にしてしまうことを許して欲しい」
「あの子?」
「……」
「一体、何をしようとしているんだ?」
まったく話が見えてこない。
彩が村を出ても大丈夫?
理由を今は話せなくて、それを話すと俺が怒る?
あの子を犠牲に? 誰のことだ? 彩か? それとも詠か?
「ううん、私は何もしない。今更、救いの手を差し伸べても、意味を為さないのよ。誰も喜ばない」
「……」
沙夜の悲痛に満ちた表情を見ていると、何も言うことができなかった。
「……今は何も聞かないことにする。お前が、それを正しいと思うならそうすればいい」
「何が正しいかなんて分からない。ただ私は、彩のことを一番に考えたいの。それだけ」
「わかった」
いつしか俺は座ったまま寝てしまっていた。
しばらくして台所から流れてくる味噌汁の匂いで目が覚めた。隣には、タンスに寄りかかって眠る沙夜の姿があった。
沙夜を起こさないように部屋を出て台所に行くと、
倒れる前と変わらない彩がいて、
朝食を作っていて、
何事もなかったかのように、元気な声で『おはよう、桜居さん』と笑いかけてきた。
俺がどうしたらいいかわからず狼狽えていると、沙夜は彩を抱きかかえ部屋に運び、手早く着替えさせて布団に寝かせた。
焦る俺とは対照的に、沙夜は何度も経験しているようで冷静だった。雑巾で床の血を拭き取りながら、詠を呼んできて欲しいと頼んできたので俺は全力で神社まで走った。
なぜ詠なのかを考えている余裕はなかった。ただ言われた通りに、詠を長峰家に連れてきた。
詠は数分ほど彩の様子を見ていたが、沙夜と同じように落ち着いた口調で『問題ありません』と言い残して神社に帰っていった。
「聞いてる? 桜居さんは、もう寝たほうがいいわ」
「……お前もな」
「私はいい」
「なら、俺も起きてる」
「あれくらいの吐血なら、前にも何度かあったから平気よ」
「……」
散歩に出ていた俺と沙夜が長峰家に帰って来たのが午後2時過ぎで、今は午前3時ちょっと前。お互いに夕飯もとっていない。
彩は静かな寝息を立てている。
寝顔も穏やかだ。
問題ないと詠は言っていたが、俺には信じられない。あんなに血を吐いて、苦しそうで──それで問題がない?
俺は自分の服についた血を見つめる。
真っ赤だった血は服に染みこんで乾き、赤茶色っぽく変色していた。
呪い……こんな風に彩はずっと痛み苦しんできたのか。
「なあ、」
「なに?」
「この部屋……」
「彩の部屋よ。そういえば初めてよね、入るの」
「……」
これが彩の。
14歳の女の子の部屋とは思えなかった。
普段の明るく元気な彩からは想像できない部屋。
廃屋の一室のような……壁紙はぼろぼろで、タンスや襖も異常と思わずにはいられないほど傷つけられていた。
それらの傷はきっと爪の痕。
そして大小の赤茶色いシミは血の跡だろう。
一人で部屋に監禁され、食べ物も与えられず、渇きと餓えに耐えながら懸命にここを出ようともがき苦しんだ痕のように見えた。
「綺麗にしても無駄だから。この部屋はこうしてあるの」
俺は黒川葉子の日記のことを思い出す。
不治の病の痛みと苦しみを綴った日記──この部屋とあの日記は同じなんだと思った。
「……」
彩の頭を優しく撫でている沙夜。
「昔、まだ彩が生まれたばかりで、お父さんもお母さんもいた時……よくこうしてお母さんが彩の頭を撫でていたの。するとね、彩はすぐに泣き止むのよ。私がいくらあやしても泣いていたのに、お母さんが額に手を置くだけで彩は泣き止んじゃうの。それが羨ましくて、どうやったら彩を泣きやますことができるんだろうって、撫で方を真似したりしたんだけど全然ダメで……ある日お母さんに聞いたら教えてくれたの」
「なんて?」
沙夜は俺の質問を無視して、
「もしかしたら、彩は村を出ても大丈夫かもしれない」
話題を変えた。
幼かったころの彩を泣きやます話と、彩が村の外に出ても安全という予測がどう繋がっているのだろう。
「理由は?」
「まだ言えないわ」
「……桜居さん、きっと怒るから。村には村の、意思というものがあるのよ」
「わからない」
「村を出ることができたら教えてあげるわ。全部」
「……」
「桜居さん、」
「なんだ?」
「……ごめんなさい。私には、みんなを救うことはできない。あの子を犠牲にしてしまうことを許して欲しい」
「あの子?」
「……」
「一体、何をしようとしているんだ?」
まったく話が見えてこない。
彩が村を出ても大丈夫?
理由を今は話せなくて、それを話すと俺が怒る?
あの子を犠牲に? 誰のことだ? 彩か? それとも詠か?
「ううん、私は何もしない。今更、救いの手を差し伸べても、意味を為さないのよ。誰も喜ばない」
「……」
沙夜の悲痛に満ちた表情を見ていると、何も言うことができなかった。
「……今は何も聞かないことにする。お前が、それを正しいと思うならそうすればいい」
「何が正しいかなんて分からない。ただ私は、彩のことを一番に考えたいの。それだけ」
「わかった」
いつしか俺は座ったまま寝てしまっていた。
しばらくして台所から流れてくる味噌汁の匂いで目が覚めた。隣には、タンスに寄りかかって眠る沙夜の姿があった。
沙夜を起こさないように部屋を出て台所に行くと、
倒れる前と変わらない彩がいて、
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