桜夜 ―桜雪の夜、少女は彼女の恋を見る―

白河マナ

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最終話 桜居、沙夜

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 雲ひとつない空で輝いている太陽を見ながら、俺は汗を拭う。

「この坂をのぼったところだ」

 坂下の花屋で買った花束は色鮮やかで瑞々みずみずしい。
 生まれて初めて花屋の中に入った彩は、村にない花ばかりだと珍しがってなかなか店から出ようとしなかった。
 単に歩いているだけでもあらゆるものに興味がいくようで、道路標識や道を走る自動車のたぐいを見ては、いちいち立ち止まって何かを言った。
 一方の沙夜は、七歳まで村の外にいたこともあって、落ち着いている。

「いいところだね、ここは」

「そうね」

 山の中にある木々に囲まれた霊園。
 街から遠く離れているので、辺りは静かで空気も綺麗だ。

「悪いな。付き合わせちまって」

「いいのよ。私も来てみたかったし」

「それにもともと、ここに来るつもりだったのよね、桜居さんは」

 俺は頷く。

「あたしたちが村を出ることができたのは、桜居さんと黒川さんのお陰だよ」

 坂道を上りきった俺たちは、備え付けの水道の脇に置いてある手桶と柄杓ひしゃくを手にとって、どぼどぼと手桶に水を注ぐ。

 黒川の墓石に向かって歩く。
 二人はすこし離れて、ついてくる。

 俺は黒川家と書かれている石の前に立つ。
 前後左右に並んでいる墓石と同じ、ただの四角い閃緑岩せんりょくがんでできた石。墓標が異なるだけだ。だがそのそれぞれに異なる魂が眠っている。
 黒川の両親が来たのだろう、ステンレス製の花筒には新しい花が供えてあった。

「遅れちまって、ごめん」

 俺は柄杓で墓石に優しく水をかけていく。
 そして花束を2つに分けて左右の花筒にバランスよく追加する。

 花と一緒に買ってきた線香にマッチで火をつけて、三分の一を線香受けに置く。
 彩と沙夜に残りの線香を渡すと、二人は順番に、線香を置いた。

「助けてくれて、ありがとな」

 声に出して言い、両手を合わせる。
 目を閉じると、黒川と一緒にいた日々の記憶が蘇ってくる。

 毎日がそれなりに楽しかった。
 この『それなり』が、いかに掛け替えのないものだったか。
 俺は失ってから知った。

 一人になってからは、まるで心の半分を失ったようだった。何事においてもやる気が失せ、俺は消えてしまったその半分を探して彷徨った。
 過去を懐かしむ俺の背後で、沙夜が口を開く。

「黒川さん、私は、」

 俺が振り返ると意を決したように、

「桜居さんのことが好きです」

 それは月並みな告白だったが、一直線にまっすぐ俺の心に届けられた。
 とても温かくて、俺の心を優しく包み、同時に激しく揺さぶる。

「……どうか、許してください」

 泣き出してしまいそうな顔をして、沙夜が言う。その表情には、葛藤や不安や躊躇とまどいが入り混じっていた。

「お姉ちゃん……」

 彩も心配そうな表情を浮かべる。
 そして俺の顔をのぞき込む。

「……桜居さん?」

 俺は二人から顔を背け、墓石に向き直った。

 墓石を見つめる。
 その時──何かが見えたわけじゃない。

 ただ何となく。
 黒川葉子が、墓石の前に立っているような気がした。

 何度も見てきた表情。
 黒川は、少しだけ目を釣り上げて頬を膨らませて怒っている、そんな気がした。

 俺は、
 目の前にいる黒川に向かって、

「わかったよ」

 と、言う。

 答えは返ってこない。

 だが。
 その代わり、と言っていいのか分からないけれど、突然強い風が吹いた。
 無数の花びらが舞い上がり、青空に溶けていく。

 俺と黒川は、お互いにとって一番の友達同士だった。二人に時間があれば、それ以外にもなり得たかもしれない。でも、その機会は訪れないまま、黒川は死んでしまった。

「……」

 死んでしまった後も、俺のことを想ってくれている。命まで救ってくれた。
 こんなヤツは、ちょっといない。

「……そろそろ行こうか」

 振り返り、
 歩き出そうとすると、

「返事……」

「ん?」

「返事は?」

 うつむき、聞いてくる沙夜。

「ん? 何のことだ?」

「え……」

「悪い、聞いてなかった。もう一度、最初から言ってくれ」

 にやけながら訊く。
 俺は沙夜の大振りのパンチを避け、
 逃げるように走り出す。

「彩、たしか鞄の中に……金属バットが入ってたわよね」

「うん」

「そんなもん持ってくるな!!」

 道理で鞄が重いはずだ。

「彩、出すなよ!」

「どうしようかな~」

「迷うところじゃないだろ! 墓前で金属バットを振り回すヤツがいるか!」

「桜居さん、素直じゃないし……」

 鞄を開けようとする彩。

「待てっ! 答えるから!!」

 脅迫だ……。
 こんな状況で、好きだの嫌いだの言えるか。

「……俺は、実は、彩のことが好きなんだ」

「う、嘘……だよね」

「本当だ。この目を見ろ」

 真顔で答える。

「だから、そのバットを俺に渡してくれないか」

「……え、ええと」

 迷っている彩。
 どうやら形勢を五分に戻すことができたようだ。

「……ぐ」

 沙夜は両拳を握り、わなわなと震えている。

「死ね、ロリコン!!」

「だから、墓前だって言ってるだろ!」

 逃げる俺。
 追いかけてくる沙夜。
 戸惑っている彩。


 春の青空の下、
 俺たちは、大切な友達の墓前だというのに、
 大声で騒いでいた。


 ふと、
 どこからか笑い声が聞こえた。

 懐かしい声──それは風が作り出した、木々の葉が擦れる音だったのかもしれない。


 沙夜の攻撃を避けている最中、俺は、
 久しぶりに心の底から笑っている、自分に気がついた。

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