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6 そのころ日本では
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同じころ、日本では穏やかな師走の朝を迎えていた。
ルラの住む王都イスタリアとの時差はおおよそ半日。季節は約半年の違いがある。
俊也の妹、朝陽(あさひ)が、こっそり兄の部屋のドアを開けた。
こっそりベッドに近づく。
「おきろ~! あれ?」
布団をはぐと、ベッドには白猫のぬいぐるみがいるだけだった。
「寒いよ~。布団掛けて」
えっ……。朝陽は兄とナイトがいない以上に驚いた。
「どうか布団をかけてください。
お願い!」
朝陽は震える手で布団をかけた。
慌てて階段を駆け降りる。
「お、お母さん……」
キッチンで味噌汁を作る、母親にむしゃぶりついた。
「どうしたの?」
母親はコンロを消して、娘に聞いた。
「お兄ちゃんとナイトがいない」
朝陽は震える声で言った。ぬいぐるみがしゃべったことは、話す勇気がなかった。
「トイレじゃない? ナイトはどこか遊びに出かけてるんでしょ?」
「そうかもしれないけど……。私の言葉、信じてくれる?」
「はいはい。信じますよ」
母親は炊飯器の蓋を開けて、杓子で炊きたてご飯を混ぜる。
「兄さんのベッドに、白猫のぬいぐるみがいて…しゃべったの。
寒いから布団を掛けてって」
「ナイト、前から怪しいと思ってたのよ。
しゃべったり、白のぬいぐるみになる程度なら朝飯前。
そんな感じしない?」
「確かにそんな感じはするけど。じゃ、兄さんは?」
「だから、トイレでしょ? もう一度呼んできて」
母親は相手にしなかった。ナイトが普通の猫でないことは、薄々気づいていたが、そこは俊也の母親。
俊也の超楽天主義は、母親譲りだった。
「こわいよ~! お母さん、付いてきて」
「もう、しょうがないわね。あなた~、起きてる?」
「ああ、起きてるぞ」
父親の声が寝室から聞こえた。
母親はしり込みする朝陽の背中を押して、二階へ上った。
三十秒後、母親の盛大な悲鳴が家中に響き渡った。
俊也の両親と妹が、ベッドの横に並んで座っていた。
「それで、俊也とナイトは、どこへ行ったのでしょうか?」
父親の和也がぬいぐるみに聞く。ぬいぐるみは、ちゃんと猫ポーズで座っている。
「多分イスタルト王国だと思う。
ビリヤードって知ってるでしょ?」
青形家一同うなずく。
「私が手玉だと考えてちょうだい。
私がイスタルトから飛んできて、物体化する。
私に当たった猫と俊也?
その人たちが、転移魔法の魔法陣出口にはじかれた。そういうことだと思う。
私、ただのぬいぐるみだったんだけど、ルラの愛情を一身に注がれていた。
だからある程度、イスタルトの記憶があるの。
ルラは天才級の魔導師だから、知らないうちに、多少の魔力が蓄えられていたのかもしれない。
あ、名前はプリンよ」
家族三人は納得しきれないが、とりあえずうなずく。
「そのナイト? 絶対普通の猫じゃないでしょ?
ありえないほどの魔力の持ち主。
当たった衝撃で魔力が伝播(でんぱ)されたらしい。
魔法のぬいぐるみになっちゃった、といったところ?」
「あの~、プリンちゃん、兄さんとナイトは大丈夫なの?」
十歳の朝陽は、ナイトの異常ぶりを最も素直に受け入れていた。だからそれほど驚かなかった。
「なんとなく大丈夫な気がする。
なんとなく私の主人ともうまくいってる気がする。
起きてるときは……、おやすみなさい。
布団掛けてね」
プリンは大きな猫目をあけたまま、眠ってしまったようだ。
『起きてるときは』どうなの? と、三人とも気になったが、どうやら俊也もナイトも生きているようだ。
三人とも仕事や学校がある。とりあえず出かけることにした。
母親の美佐枝は、会社に着いてすぐ、学校に電話をかけた。息子が急に発熱し、数日間休む旨(むね)を告げた。
担任は俊也急病の知らせを受け、うるさいほど「受験大丈夫そうですか?」という感じのことを聞いてきた。美佐枝は「多分大丈夫だと思います」と繰り返すしかなかった。
本当に大丈夫だろうか?
ルラの住む王都イスタリアとの時差はおおよそ半日。季節は約半年の違いがある。
俊也の妹、朝陽(あさひ)が、こっそり兄の部屋のドアを開けた。
こっそりベッドに近づく。
「おきろ~! あれ?」
布団をはぐと、ベッドには白猫のぬいぐるみがいるだけだった。
「寒いよ~。布団掛けて」
えっ……。朝陽は兄とナイトがいない以上に驚いた。
「どうか布団をかけてください。
お願い!」
朝陽は震える手で布団をかけた。
慌てて階段を駆け降りる。
「お、お母さん……」
キッチンで味噌汁を作る、母親にむしゃぶりついた。
「どうしたの?」
母親はコンロを消して、娘に聞いた。
「お兄ちゃんとナイトがいない」
朝陽は震える声で言った。ぬいぐるみがしゃべったことは、話す勇気がなかった。
「トイレじゃない? ナイトはどこか遊びに出かけてるんでしょ?」
「そうかもしれないけど……。私の言葉、信じてくれる?」
「はいはい。信じますよ」
母親は炊飯器の蓋を開けて、杓子で炊きたてご飯を混ぜる。
「兄さんのベッドに、白猫のぬいぐるみがいて…しゃべったの。
寒いから布団を掛けてって」
「ナイト、前から怪しいと思ってたのよ。
しゃべったり、白のぬいぐるみになる程度なら朝飯前。
そんな感じしない?」
「確かにそんな感じはするけど。じゃ、兄さんは?」
「だから、トイレでしょ? もう一度呼んできて」
母親は相手にしなかった。ナイトが普通の猫でないことは、薄々気づいていたが、そこは俊也の母親。
俊也の超楽天主義は、母親譲りだった。
「こわいよ~! お母さん、付いてきて」
「もう、しょうがないわね。あなた~、起きてる?」
「ああ、起きてるぞ」
父親の声が寝室から聞こえた。
母親はしり込みする朝陽の背中を押して、二階へ上った。
三十秒後、母親の盛大な悲鳴が家中に響き渡った。
俊也の両親と妹が、ベッドの横に並んで座っていた。
「それで、俊也とナイトは、どこへ行ったのでしょうか?」
父親の和也がぬいぐるみに聞く。ぬいぐるみは、ちゃんと猫ポーズで座っている。
「多分イスタルト王国だと思う。
ビリヤードって知ってるでしょ?」
青形家一同うなずく。
「私が手玉だと考えてちょうだい。
私がイスタルトから飛んできて、物体化する。
私に当たった猫と俊也?
その人たちが、転移魔法の魔法陣出口にはじかれた。そういうことだと思う。
私、ただのぬいぐるみだったんだけど、ルラの愛情を一身に注がれていた。
だからある程度、イスタルトの記憶があるの。
ルラは天才級の魔導師だから、知らないうちに、多少の魔力が蓄えられていたのかもしれない。
あ、名前はプリンよ」
家族三人は納得しきれないが、とりあえずうなずく。
「そのナイト? 絶対普通の猫じゃないでしょ?
ありえないほどの魔力の持ち主。
当たった衝撃で魔力が伝播(でんぱ)されたらしい。
魔法のぬいぐるみになっちゃった、といったところ?」
「あの~、プリンちゃん、兄さんとナイトは大丈夫なの?」
十歳の朝陽は、ナイトの異常ぶりを最も素直に受け入れていた。だからそれほど驚かなかった。
「なんとなく大丈夫な気がする。
なんとなく私の主人ともうまくいってる気がする。
起きてるときは……、おやすみなさい。
布団掛けてね」
プリンは大きな猫目をあけたまま、眠ってしまったようだ。
『起きてるときは』どうなの? と、三人とも気になったが、どうやら俊也もナイトも生きているようだ。
三人とも仕事や学校がある。とりあえず出かけることにした。
母親の美佐枝は、会社に着いてすぐ、学校に電話をかけた。息子が急に発熱し、数日間休む旨(むね)を告げた。
担任は俊也急病の知らせを受け、うるさいほど「受験大丈夫そうですか?」という感じのことを聞いてきた。美佐枝は「多分大丈夫だと思います」と繰り返すしかなかった。
本当に大丈夫だろうか?
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