【R18】猫は異世界で昼寝した

nekomata-nyan

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71 躁と鬱のカナ

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 カナの学校。今日は放課後、個人面接が行われる。

カナは教室で順番を待っていた。順番は今日の最後。順番が近づいたら、前の子が教えてくれる。

「ふえ~……。今の成績なら難しいって言われちゃった」
 カナと仲がいい琴音がぼやく。

「高望みしすぎじゃないの? 吐け! 第一志望はどこだ!」
 高三の一学期、面接となれば、ある程度将来の方向は聞かれる。琴音は思った通り、進学希望のようだ。

成績はカナとどっこい、どっこいだけど。

「カナこそ全然話さないじゃん。大学、どうするの?」
 琴音が反撃してきた。琴音は丸顔のかわいい系。あっけらかんとしているところがカナと共通し、気が合っている。
志望大学は話さないけど。きっと言うに言えない大学だと、カナは想像している。

「私は大体決めてるの。服飾系の専門学校か就職」
 カナは一部省略して応えた。

「そっか~。今大学も、私たちレベルじゃ、なんだかな~って感じだしね。
カナ、針とかミシン大丈夫なの?」
 幸いなことに「就職」の方はスルーしてくれた。カナは迷っていた。死語かもしれない「永久就職」を話すべきかどうか。

話したい気もするし、時期尚早という気もする。

「わりと好きだよ」
 カナは無難に応えた。ウソではないし。先日の日曜、あちらの世界でルマンダの絵を見せられた。

古い絵の服は華美ではあるが、現代受けしない感じ。近いところの絵は、現代より先をいっている気がした。

こっちの雑誌を見て、勉強したという。


ルマンダさんは、ファションの才能もある。残念ながら裁縫はうまくできないという。カナはそれなら、と思い、専門的にお針子の勉強をしてみたいと思い始めた。

あの超人的な嫁たちとは、別方向で自分の個性を主張したかった。

「全然知らなかった。そっか~、いいんじゃない? 
就職って、やっぱ服飾関係? 
それなら専門学校行った方がいいと思う。
工場で機械的にミシン動かすじゃ、つまんないでしょ? 
やっぱ専門技術持ってたら強いよ」
 琴音は思い切り正論を語った。

「就職は工場じゃないの。絶対秘密守って」

「うわ~、もしかして、やっぱりそうなの!」

「やっぱりって?」

「永久就職と言いたいんでしょ?」
 やっぱり分かってたんだ……。カナは急に照れくさくなった。

だが、ここで引き下がっては女じゃない。見せたかった、あの指輪が見せられる。

「ホントに、ないしょだよ」
 カナは鞄の底に、いつも隠している箱を取り出した。

「これ、いただきました!」

 俊也からもらった、ダイヤのエンゲージリングだった。高校生にはヤバすぎるでしょ、というビッグサイズの。

琴音はその指輪を見て、しばらく魂が抜けていた。そして、首につけたアメジストのネックレスも。
それは先日カナが見つけた戦利品だった。

カナはちょうど呼ばれ、職員室へ向かった。
 抜け殻になった友人を教室に残し。 
 

カナは面接を終えた。予想通り、友人から鬼のような質問攻め。

「相手は誰なのよ。できたな、とは分かってたけど」
 琴音は質問攻めの第一段。

「名前はまだ明かせないんだけど。色々事情があるの」

「まあ、あんたは高校生だからね。明かせないこともわかる。
十八になるの来年だし。
まさかの同校(おなこう・同じ学校の略語)? 
さっき酒井君、なにげにカナの進路聞いた。
あんた、何年になったの、と言ってやったけど。
私に感謝しろ。あいつ、ずっと前から気があった。
気づいてた?」

「なんとなく」
 カナはこう言いたかった。どうしてあのころ、はっきり言ってくれなかったの? 多分断っただろうけど。

あのとき、とはルラと初めて会ったときだ。カナは酒井君、嫌いじゃなかった。
もしかしたら、ふらふら~と付き合ってたかも。カナはイマイチ不安だった。
自分があの世界に適合できるかどうか。はっきり腹を据えたつもりだが、あの超絶過ぎる嫁たちと会うと、自信がくだけてしまう。

仮に酒井君と付き合ってたらどうだろう? 今より安心できただろうか? 

まあ、無理か。コ〇ナ絶好調のころだったし、コクる(告白するの略語)どころの話じゃなかっただろう。

あのころはラインでしか、クラスメイトと話せなかった。やっぱりラインじゃね、軽すぎると思う。

今日、指輪を見せたのは、心のどこかで「幸福」を確認したかった。そう思えてならない。

考えてみたら、現地妻になると考えていたころの方が、幸せだったかもしれない。

「何幸せ笑いしてるのよ!」
 
お友達からきついクレーム。

「私、笑ってた?」

「ほら、またとぼける。まあ、何か事情があることはわかった。
多分、マリッジブルーっていうやつ? 
いざ婚約したら、結婚が現実味を帯びて不安になる。
お姉ちゃんがそうだった。
今は『マリッジブルー? なにそれっ?』って顔。
いつまで笑っていられることやら」

「琴ちゃん、今から暇? 
よかったら銀座につきあってくれない?」

「銀座に? 何しに行くの?」
 琴音はきょとんとして聞く。その心は、買い物するなら違ってるでしょ、ということ。
庶民派にとって銀座は、やはり敷居が高い。

「絵を見て感想を聞かせてほしいの。あなた、絵が好きでしょ?」

「まあ、そうなんだけど。誰の絵?」

「ごく一部にしか知られてない無名画家よ。今はね」
 琴音は、意味がわからないままうなずいた。絵を見せて、何が聞きたいのだろう?



 琴音は『銀座朝日』という画廊から出て、深くため息をついた。

その画廊では個展が開かれていた。作者は「ルマンダ」という女性だそうだ。

自画像が一点だけあった。ひたすら色っぽい女性だった。

他のモデルもすごい。すごいとしか言いようがなかった。そして彼女の絵は不思議な力が、どの作品にも感じられる。

作品カタログには、どの写真にも「非売品」と記されていた。意味わかんないんだけど……。

実をいえば、わからないでもない、という気はするが。

深い愛情が感じられるという意味で。普通じゃない、モデルへの執着とでも言えばいいだろうか。

「見て見て、みんな美しいでしょ?」
と自慢したい感じ? 

作者とモデルたちは、どんな関係なんだろうと疑ってしまう。自画像も美しい作品だが、どこか突き放すような印象があった。

全然卑下する必要なんかないのに、と思って琴音は気づいた。

つまり、あの作者はモデルたちの美にひざまずいている。

「どうだった?」
 カナが真顔で聞く。

「すごいの一言。モデルも作者も」

「でしょうね……」
 カナの表情は、どこか寂しそうだった。

「特に金髪碧眼の美少女…て何人もいたか。
女王様と王女様がいた。
少し年下の王女様も。
青い王女様も。
どこかの国の貴族?」

「女王様は多分ルラさん。
王女様はフラワーさん、エレンさん。
黒髪はローランさん、プラチナブロンドはユーノさん。
青い王女は黒髪がエンランさん、金髪がマサラさん。
他の人もみんな個性が際立ってるでしょ? 
どう思う?」
 
琴音はとまどった。カナはどんな返事を期待しているのだろう?

「美しい、なんて当たり前の感想聞きたくないんだ?」
 カナは力なくうなずく。

「もしかして、あなたと比べて、ということ?」
 カナは、ためらいがちにうなずく。

「あんなのと比べちゃダメだって。
ごめん。『あんなの』は、なかったね。
あんた、あのモデルの人たち、みんな知ってるみたいだから。
でも、比べちゃダメ。
比べたらいけない気がする。
カナはカナじゃない? 
私が自信を持ってお勧めできるいい女。
ク~! あんたを嫁にしたかった。
これは絶対ジョークじゃないから」

「ありがとう……。全部聞いてくれる? 
私、幸せだと思う。だけどつらいの」

「任せろ! なんでも聞いてやる!」

 
琴音は二時間後、安請け合いをしたことに後悔した。カナの気持ちが、わかり過ぎるほどわかったから。

全部あれだってさ。しかも、あれはないよ、あれは……。ハーレム?

琴音は聞いていた。カナが「隣のお兄ちゃん」に失恋したことを。

失恋が解消したことは、祝福できる。

だけどね……。おい、お兄ちゃん! 今すぐ出て来い! あの絵のモデルたち全員が、嫁ってどういうことよ!
 琴音はそう言ってやりたかった。

そして、「ハーレム」ショックで、聞き流していたショッキングな内容に、琴音は今さらながら気づいた。

『異世界チートハーレム王』?

異世界とチートって、なんだそれは! 
……単なる比喩、だよね?
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