98 / 230
98 勇気がないので
しおりを挟む
日も落ちかけてから一行は、ガスムの街に到着。
ガスムは王国第二の都市、エスタリアに近い。馬車で一日もあればエスタリアへ着く。
そして、明日からは、王都イスタリアとエスタリアを結ぶ中央街道だ。
道には敷石が整備され、しばらくはずっと快適な旅となるはずだ。
ちなみに、両都市は名前も似ているし、規模も王都の方が、少し大きいという程度。イスタルトの双子都市と呼ばれている。
エスタリアはルラの父親、リラーナ公爵の領地内にある。今は父親に代わり、彼の長男ミック・リラーナが領主を代行している。
ルラは長兄と、もう十年会っていない。父親のヘンリーが国政に忙しく、滅多に領地へ帰らないからだ。つまり、領地は、ほとんど長兄が治めているというのが実情だ。
「メシができたら呼んで。俺は馬車で寝る」
俊也は御者席のマサラにそう言って、後ろに移る。
「ガムスの宿は、これまでと違いますよ。行きは素通りでしたけど」
マサラが苦笑して馬車から下りる。
ガムスは、エスタリアの衛星都市として栄えた町である。「双子の都市」ほどではないが、上質の宿も何軒かある。
「い~の。お休み」
要するに眠かったんだ? 眠くなったら、すぐ寝ちゃうもんね。
ああなったらダメだ。マサラは放置することにした。
「俊也さんは?」
アンが聞く。アンは馬車の結界を張る係りだ。
「オネムターイム。ダメですね。私たちで食堂決めるしかありません」
マサラは肩をすくめて言う。
「そうなんだ? じゃ、簡単な結界にしておく。解除するの面倒だし。またテイクアウト?」
「一応起こしてと言われましたが、その方が無難ですね。ナイト君、中途半端で起こしたらご機嫌悪いですから」
「今から食堂探すとして…確かに中途半端だ。ちゃっちゃと結界張るからどいて」
アンは、馬車の四隅に雷属性の魔石を置く。それが一番確実で簡単な方法だから。実は、雷魔石の一般的な使用方法は、この簡易結界ぐらいなのだ。他の魔石より安くて当然。
アンは「雷結界アリ。寄るな危険」の木札を馬車にセットし、呪文を口の中で唱えた。
これで外から結界に入ったら、電流が通り、はじかれてしまう。心臓が弱い者などは、マジで命が危ない。
アンがみんなの後を追おうとしたら、ブレイブとミーナが、ブルーとちょっぴりもめているような感じ。
二人とも勇気あるな、と感心しながら、アンは歩み寄る。
「だから、俺たち、こんな……持ったことないんですって」
ブレイブが、泣きそうな目でブルーに訴えている。
「心配で、心配で。こんな大きな街で……を持ってるなんて」
ニーナはそう言って、周囲をきょろきょろ見る。
あ~、そうか、とアンは納得。二人は勇気がないからもめてたんだ。
「自分の、金貨は、自分で守りなさい」
アンは金貨をことさら強く発音し、三人の前を通り過ぎた。
「ひっど~!」
ブレイブとミーナは、マジで泣きそうになった。二人は俊也から、雷魔石の代金を受け取っているから。金貨で。
お、ここにもいたぞ。
「その剣、食堂まで持っていくつもり? 結界に入れておいたら大丈夫だよ」
アンがそう声をかけた。ミネットが剣を大事そうに抱え、イザベルの後を付いて歩いていた。
「でも……」
「大切だということはわかるんだけどね。
イザベルさん、この街でいっそあの六人に、武器装備させてあげたらどうですか?
気安めぐらいにはなるでしょ? 昼間あんなことがあったし。
ここの武器屋は、多分カントよりましですよ」
アンが提案する。
「そうだね。俊也さんに……は?」
「オネムターイム」
アンはにこっと笑って答える。
「そっか。ミネット、何食べたい? 私がおごって上げるよ」
おっと~、すっかりあの子がお気に入りですか。
まあ、あの美形なら、ルラさんのゴーサイン、即お褥入りだ。
館の今年の冬は、ずいぶんにぎやかだ。
アンにとって、かつて冬は最悪の季節だった。
俊也以外のメンバーが、食事をとっていたところ…、
「おい、マスル街道で、強盗団の死体がごろごろ転がってたぞ。
あの人数はショック団だと思うぜ!」
髭もじゃの男が、食堂へ飛び込んできてそう言った。
「ショック団が? マジかよ! 何人ぐらい死んでた?」
その男の知り合いだと思われるムサイおっさんが、大声で聞いた。
「わかんね~。三十人ぐらい? 軍が討伐したのかな? みんな矢か魔法で殺されてた」
「軍が動いたら目立つだろ? お前、賞金もらったか?」
「バカ言うんじゃね~よ。そりゃ賞金は欲しいよ。だけど、俺一人で、あいつらやっつけられるわけね~だろ?
それに、生き残りがいたらおっかねえし。
一応は報告したけどさ、俺は無関係。
ただの発見者」
あれだけ大声で騒いでくれたら、状況は見えた。
「イザベルさん、賞金がかかってるそうですよ」
ミネットがこっそり耳打ちした。
「俊也さんが言うことは決まってる。めんどくさいからいい。放っておきなさい」
イザベルは知っている。俊也は事情聴取を嫌う。
聴取する側は、小さな事件でも、調書と報告書が必要だ。
カントに最近赴任してきたジミー軍曹は、俊也の顔を見るたびぼやく。
「またですか?」
俊也はこう答える。
「どうもごめんなさい。またです。ブルーは俺の手に負えません」
俊也が自警団育成を、本気で考える理由、それでお分かりだと思う。
自警団員なら、比較的軽微な犯罪者の腕を、ありえない方向へ曲げることはしない。
ガスムは王国第二の都市、エスタリアに近い。馬車で一日もあればエスタリアへ着く。
そして、明日からは、王都イスタリアとエスタリアを結ぶ中央街道だ。
道には敷石が整備され、しばらくはずっと快適な旅となるはずだ。
ちなみに、両都市は名前も似ているし、規模も王都の方が、少し大きいという程度。イスタルトの双子都市と呼ばれている。
エスタリアはルラの父親、リラーナ公爵の領地内にある。今は父親に代わり、彼の長男ミック・リラーナが領主を代行している。
ルラは長兄と、もう十年会っていない。父親のヘンリーが国政に忙しく、滅多に領地へ帰らないからだ。つまり、領地は、ほとんど長兄が治めているというのが実情だ。
「メシができたら呼んで。俺は馬車で寝る」
俊也は御者席のマサラにそう言って、後ろに移る。
「ガムスの宿は、これまでと違いますよ。行きは素通りでしたけど」
マサラが苦笑して馬車から下りる。
ガムスは、エスタリアの衛星都市として栄えた町である。「双子の都市」ほどではないが、上質の宿も何軒かある。
「い~の。お休み」
要するに眠かったんだ? 眠くなったら、すぐ寝ちゃうもんね。
ああなったらダメだ。マサラは放置することにした。
「俊也さんは?」
アンが聞く。アンは馬車の結界を張る係りだ。
「オネムターイム。ダメですね。私たちで食堂決めるしかありません」
マサラは肩をすくめて言う。
「そうなんだ? じゃ、簡単な結界にしておく。解除するの面倒だし。またテイクアウト?」
「一応起こしてと言われましたが、その方が無難ですね。ナイト君、中途半端で起こしたらご機嫌悪いですから」
「今から食堂探すとして…確かに中途半端だ。ちゃっちゃと結界張るからどいて」
アンは、馬車の四隅に雷属性の魔石を置く。それが一番確実で簡単な方法だから。実は、雷魔石の一般的な使用方法は、この簡易結界ぐらいなのだ。他の魔石より安くて当然。
アンは「雷結界アリ。寄るな危険」の木札を馬車にセットし、呪文を口の中で唱えた。
これで外から結界に入ったら、電流が通り、はじかれてしまう。心臓が弱い者などは、マジで命が危ない。
アンがみんなの後を追おうとしたら、ブレイブとミーナが、ブルーとちょっぴりもめているような感じ。
二人とも勇気あるな、と感心しながら、アンは歩み寄る。
「だから、俺たち、こんな……持ったことないんですって」
ブレイブが、泣きそうな目でブルーに訴えている。
「心配で、心配で。こんな大きな街で……を持ってるなんて」
ニーナはそう言って、周囲をきょろきょろ見る。
あ~、そうか、とアンは納得。二人は勇気がないからもめてたんだ。
「自分の、金貨は、自分で守りなさい」
アンは金貨をことさら強く発音し、三人の前を通り過ぎた。
「ひっど~!」
ブレイブとミーナは、マジで泣きそうになった。二人は俊也から、雷魔石の代金を受け取っているから。金貨で。
お、ここにもいたぞ。
「その剣、食堂まで持っていくつもり? 結界に入れておいたら大丈夫だよ」
アンがそう声をかけた。ミネットが剣を大事そうに抱え、イザベルの後を付いて歩いていた。
「でも……」
「大切だということはわかるんだけどね。
イザベルさん、この街でいっそあの六人に、武器装備させてあげたらどうですか?
気安めぐらいにはなるでしょ? 昼間あんなことがあったし。
ここの武器屋は、多分カントよりましですよ」
アンが提案する。
「そうだね。俊也さんに……は?」
「オネムターイム」
アンはにこっと笑って答える。
「そっか。ミネット、何食べたい? 私がおごって上げるよ」
おっと~、すっかりあの子がお気に入りですか。
まあ、あの美形なら、ルラさんのゴーサイン、即お褥入りだ。
館の今年の冬は、ずいぶんにぎやかだ。
アンにとって、かつて冬は最悪の季節だった。
俊也以外のメンバーが、食事をとっていたところ…、
「おい、マスル街道で、強盗団の死体がごろごろ転がってたぞ。
あの人数はショック団だと思うぜ!」
髭もじゃの男が、食堂へ飛び込んできてそう言った。
「ショック団が? マジかよ! 何人ぐらい死んでた?」
その男の知り合いだと思われるムサイおっさんが、大声で聞いた。
「わかんね~。三十人ぐらい? 軍が討伐したのかな? みんな矢か魔法で殺されてた」
「軍が動いたら目立つだろ? お前、賞金もらったか?」
「バカ言うんじゃね~よ。そりゃ賞金は欲しいよ。だけど、俺一人で、あいつらやっつけられるわけね~だろ?
それに、生き残りがいたらおっかねえし。
一応は報告したけどさ、俺は無関係。
ただの発見者」
あれだけ大声で騒いでくれたら、状況は見えた。
「イザベルさん、賞金がかかってるそうですよ」
ミネットがこっそり耳打ちした。
「俊也さんが言うことは決まってる。めんどくさいからいい。放っておきなさい」
イザベルは知っている。俊也は事情聴取を嫌う。
聴取する側は、小さな事件でも、調書と報告書が必要だ。
カントに最近赴任してきたジミー軍曹は、俊也の顔を見るたびぼやく。
「またですか?」
俊也はこう答える。
「どうもごめんなさい。またです。ブルーは俺の手に負えません」
俊也が自警団育成を、本気で考える理由、それでお分かりだと思う。
自警団員なら、比較的軽微な犯罪者の腕を、ありえない方向へ曲げることはしない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる