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164 成仏しろよ

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 翌朝、ナーム軍の進軍が始まった。

ナイトは小さな魔法陣をつくり、念話で手はず通り進行しているか確認。
ローランから『万事よし』の返事を受け、魔法陣を消した。

ナビス平原を見下ろす。開墾したらまずまずの耕作地になるだろうが、見渡せる範囲では農地や民家はない。

ここはミストとナームの火薬庫だから。この辺で両者の小競り合いが、しょっちゅう起こっているらしい。

ミストが勝利したら、この平原を請求し、城砦を築けば大きな抑えとなるだろう。

山の向こうには、ミストの城砦があり、いざという時にはすぐ救援を要請できる。

まあ、俺には関係ないけど。

お、密集した部隊から、一団が離れた。あれが多分魔導師部隊だ。

数でいえば二百人ほどか。護衛がつくはずだから、魔導師部隊は五十人程度?

上級魔導師が、全員そろっていたら、世話はないけど、多分それはないだろう。

だが、最低二人はいるはず。ナームは俺たちもミストの魔導師だと、勘違いするだろう。つまり、この作戦が成功したら、当分手が出せなくなる。

ごめんな。あんたたち。平和の犠牲になってもらうしかないんだ。

ナイトの中の俊也は、両手を合わせた。


 山の上から、分隊は見えなくなった。ふもとに到着したようだ。

高齢者もいるようだが、多分一時間もしないうちにここへたどりつくだろう。

ナイトは悠然と木に登る。猫の体は隠密行動に最適だ。平坦地が見下ろせる太い枝に身をひそめる。
あの場所では、五十人がせいいっぱいだろう。警備の兵は、多分ほとんどふもとに残るはず。


ナイトの体内時計で、きっちり一時間後、声がはっきり聞こえ始めた。

「決戦とはいえ、骨身にこたえる」
「隊長、ミストには、たんまり食料があります。がんばってください」
 ナイトは、後の方の声に聞き覚えがあった。昨日斥候にきた魔導師だ。

「わかっておる。この戦に負けたら、何人餓死者がでるか。
お~、やっと着いたか」
 いかにも魔導師、という老人が、木の真下で一息ついた。

「水をどうぞ」
「おお、すまぬ」
 老魔導師は、若い魔導師から水筒を受け取り、ごくごくと喉を鳴らす。

「ふ~、生き返った」

 そうしているうちに、平坦地へ魔導師たちが続々とたどりつく。ナイトはほっとした。

全員男だ。俊也はフェミニストにつき、女を殺すのはいやだろう。
俊也は頭の中で、まあね、と苦笑する。

だが、女の魔導師は健在ということになるぞ、とナイトは語りかける。
そんなの知らねえ、と俊也は応える。

まあ、魔導師も、少しは生き延びなければ、ナームがもたない。

変な戦だ。敵の戦力温存まで、考慮しなければならない。
だが、願ってもない状況だともいえる。

どうやら一般兵は数名で、後の四十人強は、全員魔導師のようだ。

高い魔力が感じられるのは十人ほど。上級魔導師に届くのはやはり二人か。

今は魔力を隠す必要がないから、ナイトには、はっきり戦力が見えた。

「ミストネズミは、出てきませんね。
おとりの騎馬隊が出撃しました」
 若い魔導師が言う。

「そろそろ準備するか」
 老隊長が告げる。

魔導師たちは二列に整列。前列がしゃがみ、後列が立ったまま杖を構える。

全員魔力強化の呪文を唱える。いわば魔力のドーピング。威力は高まるが、魔力の消費は跳ね上がる。

「おとり部隊、山道に突入!」

「魔法陣準備!」
 隊長が命じる。

成仏しろよ。ナイトは心の中でそういって、魔法陣を描く。

「灼熱!」

 魔法発動。

ナイトの上位魔法は、一瞬で魔導師たちを炭化させた。
ナイトは局部的集中豪雨で延焼を抑え、風属性の魔法で、死骸を吹き飛ばした。

後には焼け焦げの土と、まだ乾ききらない水たまりが残っているだけだった。

ナイトは木から下りて、転位魔法陣を描き、ミーナとミネットを呼び寄せた。

「ミーナ、出番だ。思う存分罪滅ぼしをしろ」

「はい」
 ミーナはナイトの言葉に応え、魔法陣を描いた。

「ミネット、ふもとに護衛兵が集結しているはずだ。
目印は覚えているな?」

「もちろんです。
B班への合図もかねて、おもいきりインプロージョンをかまします!」
 ナイトはうなずく。猫又式魔法発動方は、標的を実際見なくても、イメージさえはっきりしていれば、問題なく命中する。

「インプロージョン、威力五十倍マシマシ!」

 五十倍?

 おい! ナイトが止める間もなく、ミネットは魔法を放った。

ずっし~~~ん!

小山が揺れた。幸いなことに、山は崩れなかった。

「なんかすごい……」
 ミネットは、自分の放った魔法にびびっていた。

まあいいか……。ナームへのけん制にはなる。ナイトは、遠距離魔法を放ち始めた。
標的は騎馬兵。歩兵は多分民間人の寄せ集めだ。

遠く離れた場所から、火の手が上がった。わかりやす過ぎる合図だったから、B班はいやでも開戦に気づいたようだ。

おっと、魔法陣が発動する気配。

「アンチ!」
 ナイトは打ち消し魔法を放つ。

ミネットは、未完成の敵魔法陣に向けてファイアアロー。

想定外の事態に、ナーム軍は算を乱した。統率のないまま個別に退却を始めた。

館勢の攻撃に気づいたか、ミスト軍が山道から湧いて出た。

ミーナは逃げ惑うナーム兵に、容赦なく魔法を浴びせる。
今にも泣きそうな顔をしながら。

『B班、作戦成功。A班に合流します』
 魔法陣からローランの念話が流れた。

もう必要ないかもね。ナイトはそう思ったが、『了解』と答えた。

十分も経たないうちに、戦いの帰趨は決まった。
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