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172 クレオとフレア それぞれの思い 

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「え~! 家出したの!」
 クレオが娘に事情を聞いたところ、あの男たちは家の使用人だそうだ。
そうじゃないかという気もしたのだが。

ごめん!
 クレオは男たちに、心の中で謝った。

「だけど…お父様ったらひどいんです。
化け物みたいな魔導師に、弟子入りしろだなんて。
いくらロン王のご要望だと言っても、無茶だと思いません?」

 なるほど……。全然話が見えない。

「化け物みたいな魔導師?」
「ナームの魔導師部隊を、全滅させちゃったそうです。
どんな人か知らないけど、化け物でしょ?」

 おやおや? 私の夫のこと?
 クレオは問題の魔導師を、勝手に夫と決めていた。

「ナームの魔導師って、そんなに強いの? 
いや、強かったの?」

「はい。死体も残ってなかったそうですが、強かったという噂です。
中には熊の魔物を操って、暴れさせた人もいたほど。
その魔導師が、死んだかどうかわかりませんが。
魔導師部隊が、布陣していたはずの山には、焼けた跡が残っていただけ。
その山のふもとには大きな穴と、ばらばらになったナーム兵の死体多数。
魔導師部隊の護衛兵でしょうね。
焼死体も残ってなかったから、魔導師部隊は強力な炎系魔法。
大穴があいていたから、護衛部隊は爆裂系の魔法。
十分化け物でしょ?」

「超すてきな化け物じゃない! 
よっし、こうしよう。
私があなたの代わりに弟子入りする。
家に案内して」
 これは棚ぼたの展開。クレオは喜々として立ちあがった。

あきれないでください。クレオはこんな女の子なんです。単なる脳筋ではありません。強さこそ何よりの美徳。ガッチガチの信念を持っているわけです。

「あなた、ミスト人じゃないでしょ? 
言葉は通じるけど、南大陸系のなまりがある。
外国人じゃ、私の代わりは無理ですよ」
 少女はあきれ顔で言う。

「無理じゃない! 簡単よ。
私があなたの家の、養女になればいいの」
 少女はクレオの短絡思考に、いっそうあきれかえった。


 少女は仕方なくクレオと肩を並べ、家を目指した。
衝動的に家を飛び出したが、全然あてがなかったから。

少女の名はフレア。ギースの領事を務めるユース伯爵の次女だ。

ロン王は、フィード伯爵から報告を聞き、当初は研修生自由化をしぶった。
だが、よくよく話を聞けば、全然損はないと気づいた。

研修生たちの上達ぶりは、フィードが太鼓判を押している。そして、ミスト有事の際には味方として駆けつけるという。

しかも、あの俊也付き。
全然問題なし。

だけど、強力な助っ人は多いほどいい。ならば……というわけで、第二次研修生を募集しようと決めた。

フレアの父親は、王からの要請を一度断った。娘が超嫌がったから。
だが、二度目の要請は、さすがに断りにくい。

また、第一次研修生たちの実家は、王の覚えがたいそうめでたくなった。
お家のためにも、娘に涙を飲んでもらうしかない。

ユース伯爵は、娘に無断で王の要請を受け入れた。

フレアは「黙ってカントへ行け」という言葉にキィ~~となって、家を飛び出した。


「そうなんですか。クレオさん、化け物の妻になるために来たんですか」
 フレアはクレオを横目で見ながら言う。

「そうだお。
強い男じゃないと、私は夫に選ぶ気はない。
化け物上等。
私も化け物と言われ続けてきたし」

ですよね……。あの三人、平民出身だが決して弱くない。一瞬で当て落としたあの実力は立派に化け物。

「あなた、魔力は強いの? 
そうは感じないけど。
秘匿魔法でも使ってる?」
 クレオはフレアに言う。

「そんな魔法なんて使えませんよ。
ミスト人は魔法が苦手なんです。
高い魔力を持った上流貴族は、革命戦争で真っ先に殺されて、生き残りはナームに追われました」
 フレアは肩をすくめて応える。

「ああ、一応カテキョから、その辺の事情は教わった」
 クレオはウムウムとうなずきながらそう言った。

「カテキョ?」
「家庭教師。あなたにも、ついてたでしょ?」
「まあ、付いてましたけど。そういえば、クレオさんのフルネームは?」

「パトラン。クレオ・パトラン。
父親はエジパトのパトラン族首長。
母親は第八夫人だけどね」
 フレアはなるほどと思った。パトラン族はエジパト有数の勢力を誇る部族で、武闘派の勇名はミストにまで轟いている。
剣や槍、弓を使っても強い。魔法も強い。一人一人がとにかく強い。そんな定評がある。

「王の話では、少しでも魔法の素養があれば、その魔導師に弟子入りすると、強い魔導師になれるそうです。
クレオさんは、要するに強い魔導師になりたい、そういうことですか?」

「そうだお。強さは美徳。弱さは悪徳。
間違ってる?」

「まあ、人それぞれですから」
 フレアはお茶を濁す。

「貴族の嫁になって、社交界で、おほほ、さようでざ~ますわね。
そんな生活絶対嫌! 
あなた、そんな生活で満足できるの?」
 クレオは立ち止まって、フレアの目を見つめる。

フレアはその視線の強さにひるむ。そうか…それもそうだよね。

フレアの価値観が揺らぐ。というより、自分には、確かな価値観が、なかったことに気づかされた。

ひたすら強さを求めて生きる。単純だけど確かな生き方だ。

「私、養女にしてもらえそう?」
 ふとクレオの目に不安が浮かぶ。

「それは問題ないと思います。
格的にはクレオさんの家が上でしょ。
だけど、お勧めできません。
ミストのひも付きじゃ、化け物魔導師さんが引いちゃうでしょ? 
第二次魔法研修団の護衛役、父に頼んでみます。出発するまで、うちにいてください」

「助かった! 私、方向オンチには自信があるんだよね。
当分カントに、たどりつけない自信もある」

「変な自信持たないでください。私も一応頑張ってみます」
「何を?」

「魔法の修行です。化け物のもとで。
父は王の要請を受けちゃいました。
冷静に考えたら、それしかないです。
貴族の娘の価値なんて、そんなものです」
 フレアは、自虐的に笑った。

「悲しいね。
ウチの部族のモットーは独立自尊。
行きたい! 
そうか、行け!」

「うらやましいです。
そういえば、護衛もなしなんですか?」
「必要だと思う?」
「思いません。
クレオさんと一緒なら心強い。
強い魔導師になりましょう!」
「おう!」
 ちょっぴり盛り上がった二人だった。

父親の話では、追い返されるかもしれない、とのこと。

私的にはどっちでもいい。一度カントへ行けば父の顔も立つ。

クレオさんは、絶対帰らないだろうな。

フレアは笑ってしまった。そしてちょっぴり泣けてきた。

情けない女だ。

「どうしたの? 急に泣いたり笑ったり」
 クレオが心配そうにフレアの顔をのぞきこんだ。

「なんでもないです」

「やっぱり嫌なの? 
化け物魔導師に弟子入りすること」

「単なる弟子入りじゃないんです。
クレオさんは妻になる気満々ですから、全然問題ありませんよ」

「え~! 化け物魔導師、代償に体求めるの?」
 クレオは、どどっと引いた。

「違います。体を押し売りするんです。
その魔導師とのセックスに、上達の秘密があるんです。
これ、極秘情報ですから絶対他言無用で。
候補者にしか明かされない情報です」

「ふむ……。変な秘密。
だけど、化け物的には秘密にする必要があるよね。
私みたいな女が殺到する可能性大。
身がもたない」
 クレオが漏らした言葉に、フレアはなるほど、と思った。「追い返される可能性がある」理由はそれしかないか。

フレアは自慢ではないが…、本当は自慢だが、容貌には自信がある。

自分が「まな板の上の鯉」になったら、おいしくいただかない男はいないと、無意識的に思い込んでいたのだ。

被害者意識でいたが、被害者はむしろ化け物魔導師?
 彼がミストに協力したのは、研修生のしがらみがあったから? 

そうか、そういうことなんだ。せめて私は素直に追い返されてあげよう。私的には「どっちでも」だから。

フレアは名前とは裏腹に、超軟弱属性の女の子だった。
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