秋汀〜御曹司は婚約破棄したい〜

Gemini

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第一章

第三話 社交会

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 貴族会館の車寄せに到着すると、数正が先に車を降りた。一方玲はドアマンによってドアが開かれるのを待った。エスコート役を連れ立つ者の作法だ。少ししてドアが開かれると、玲は両脚を揃えて地面に足を降ろした。するとこちらに回ってきた数正が玲に手を伸ばしてきた。
 逞しく長い腕は、ドキンと玲の胸を昂ぶらせる。その手に玲の華奢な手を乗せれば、優しく座席から引き上げられた。そのまま流れるようにするりと己の腕に玲の小さな手を絡ませると、さらに絡んだ玲の手に自身の手を重ねる。まるでいつものことだと言わんばかりに、華麗に玲をエスコートするのだった。

 会場へ入るとすぐに数正と玲は数人に囲まれた。

「髙藤殿、いつぞやはありがとうございました」
「この間の話を詳しくお聞きしたいのだが」

 次期社長である数正へ次々に人が集まり始める。
 数正は髙藤グループの二代目。旧華族でもない、男爵の身分を賜ったわけでもなく、この十数年あまりで急成長させ莫大な富を築いた企業だ。戦中戦後特需で勃興した髙藤家に、旧華族たちは興味津々で、縁談を持ち掛け縁戚を作りたがっていると専らの噂だ。

 元来、ここはそういう場だ。男たちが自身の顔を売ったり、横のつながりを作ったりする。結婚もその道具にするし、必要があれば娘、息子を差し出す世界だ。目の前にいる男たちは皆適齢期の子を持つ父親でもある。
 しかもここに集まる者たちは、髙藤と玲の婚約を知らないはずはない。まだ諦める気はないらしい。愛人でもいいなどと思っているかもしれない。

 そんな人間たちを見ていて、玲は自分が隣に居ていいのだろうかと迷い始めていた。自身の存在が数正の邪魔になってはいないだろうか。この数年渦巻いていた思いがふつふつと湧き出す。

 ──旧華族の令息、令嬢のうちの誰かと結婚した方が、数正兄さまにとって良い話なのではないか。

 最初こそ母親に仕込まれたきれいな笑顔を作っていた玲だったが、ついに下を向いてしまった。
 するとふいに玲の腰が数正へとぐっと引き寄せられた。数正から離れたほうがいいのではと逃げ腰になっていたらしい。
 婚約してからの二年は、数正と共にパーティーに参加している。その都度数正が毎回このように玲を扱うことに玲は慣れないでいた。少しでも玲が離れようならその手を引き止め、また手が離れることのあった時には、今度は玲の腰に手を回して引き寄せる。どうしても体が密着することに戸惑い数正を見上げると、穏やかで涼しげな眼差しが向けられるのだった。

「どこへ行く」

 その眼差しは、玲の白い肌を容易く桜色に染めてしまう。何故人前でこのように、玲の心を乱すような真似が出来るのか。
 耐えきれず思わず視線を反らすと、少し離れたところから黄色い声があがった。数正に見惚れているのだろう、頬を赤らめてうっとりとしている令息たちと目が合ってしまった。戸息い小さな笑顔を作ると、彼らは綺麗なボウアンドスクレープをした。彼らにとっても、数正は夢物語に出てくる王子様なのだろう。

「いつ見ても惚れ惚れする」
「お兄様、口が開いてますよ」
「お前こそ鼻の下が伸びているよ」
「お二人のご結婚はまだなのですか? お兄様はお父様から聞いてらっしゃらないのですか?」
「お前が気に病むことではない」
「一ノ瀬様はもうじき二十歳になられるのに」
「あぁ、本当に。でもスコットランドへ留学なさると聞いた。卒業まで結婚はお待ちになるのかもしれないね」
「それではまだ先のことですね。髙藤さまも待ち遠しいでしょう」
「お前、あのような男前が自身を持て余すようなことをなさるはずがない」
「ええ!?」
「アルファですよ。愛人の一人や二人いらっしゃらないほうが不健全」

 噂話というのは本人に聞こえないように囁くものではないのかと、玲は小さくため息をついた。玲に劣等感を抱かせるのはいつもこのような噂話だ。数正を見上げると、幸いにもまだ取り巻きから逃れられず数正には聞こえていないようだった。



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