Maybe Love

茗荷わさび

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噂のスーパーイケメン

第七話

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 講義室に入るなり扉を閉めた。

 階段を駆け上がったせいで二人とも肩で息をしている。

「あ……っ、悪い」

 伊都はパッと吾妻の手を離した。

「人気者は大変だな」
「俺は気にしないよ」

 皮肉を簡単にかわされた伊都はさっきまで座っていた席に戻った。そして再びおにぎりを広げる。入り口に立っていた吾妻も部屋を少し見回したあと伊都に続いて隣に座った。

 吾妻は昼を食べたのだろうか。時間的には不可能そうだが……。

「……一個食べるか? コンビニのだけど」

 ひとつおにぎりを吾妻に差し出してみる。

「いや、伊都の大切な栄養源なんだからしっかり食べろ」

 そう言われて伊都は手を引っ込めると、おにぎりに付いているラッピングを剥がしひとくち頬張る。


 伊都より大きいはずの吾妻が、申し訳なさげに肩を落としているのを見ているとすごく罪悪感に苛まれる。

 昨日はちゃんと見ることができなかったが、吾妻は同い年の学生と比べるとすごく大人びている。子供らしい丸さが削げて男らしい輪郭に変わっていた。

 肩幅もしっかり大きい。まだバスケはやっているのだろうか。きっとよく食べるのだろう。

 お互い、時間がとても経ったのだと今更ながら再認識した。

 もう、突っぱねていても仕方がない、そう思えた。

「話を聞くよ」

 伊都はおにぎりをひとつ食べきると吾妻に言った。




 なにから話せばいいか頭をポリポリ掻いて少し考えていたが吾妻は話し始めた。

「まず、昨日は知らない人のフリして近づいてすまなかった。……帰国したから会いたいって誘いたかったんだけどどう声をかけたらいいのか全く浮かばなくて……伊都に拒否されるかもしれないって思ったし」
「にしてもあんな近づき方して、おぉ久しぶりだね! ってなると思ったのかよ」

 吾妻は膝に手を当てて頭を下げた。

「本当にガキみたいなことした、ごめん」
「顔をあげてよ」
「本当にごめん」
「うん」

「俺は、ずっと伊都に会いたかった」

 頭を上げて伊都を見据えた吾妻の真っ直ぐな目に心臓が跳ねる。

「僕は留学したのはそれは仕方のないことだと思うし、そんなの反対しない」
「うん」
「なんで黙って行ったのかがどうしても理解できなかったんだ」

 それもごめんと何回も謝る吾妻。

「僕のことなんかどうでもいいのかと思った」
「そんなこと一度も思ったことない」
「僕だけ除け者なんだと思った」
「除け者になんか」

 大きな手が伊都の手に伸びてきてぎゅっと握りしめた。

 その手が小さく震えていた。

「……なんでそんな震えてるの」

 そう言われて吾妻は自分の手が震えていることに気づき、手を離すと手を軽く何回か握って震えを解消させようとしている。そして、まだ震えてると、呆れたように笑った。

「伊都に嫌われてるって思ったら、怖いんだよ」

 笑っているけどそれがとても物悲しく、昔吾妻の母親が出ていったあとで寂しくて泣いていた顔を思い出してしまう。

「あん時、伊都にちゃんと別れを言えなかったのは、伊都が泣くだろうと思ったからなんだ、馬鹿だろ、伊都を泣かせたくなくてさよならが出来なかった」

 嫌われてたんじゃなかったんだ……

「その後も、伊都に電話したかったんだけど声聞いたらもう帰りたくてどうしようもなくなるの分かってたし、寄宿舎での生活は耐えられなかったと思う」

「そっか……、ずっと嫌われたんだと思ってたよ」

「伊都を嫌うなんてことは絶対にないから!」


 当時十二歳の吾妻の精一杯だったということなのだろう。今更十二歳の少年に寂しかったんだよと訴えているようでどこか恥ずかしい気持ちになってくるからおかしい。

 そのうち十年積もりに積もった吾妻への恨みつらみがどこかへ飛んでいく。

 伊都は大きく頷いた。

 それを見た吾妻はようやく安堵した。

「自分のことしか考えてないガキだ。ガキ過ぎて伊都を思い遣ることができなかった、本当に申し訳なかった」

「……わかったよ」

「伊都」

「会いたかったのは僕も同じだよ?」

 伊都はたぶん泣きそうな顔をしていると思う。

 伊都の右肩に手が置かれ握力を強めに握られる。泣かなくていいよと伝えてるのかもしれない。そのまま親指で伊都の鎖骨あたりをゆっくり撫でている。掴まれている肩に吾妻の手のひらの温かさがじんわりと伝播する。


「伊都、抱きしめていいか?」

 伊都の肩に置かれている手に再び力が込められたと感じた瞬間

 返事をするより先に抱きしめられた。




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