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拝啓プラトン様
第四話※
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いよいよ、今日だ。
隠しておいたチョコレートの箱がリビングのローテーブルの上に置かれた。それはまるで神様への貢物のように。
「風邪、良くなったかな」
なのに、吾妻は急な気温の変化に風邪をひいたようで熱を出している。
伊都にはあれだけ気をつけろと注意しておいて、自身はレポート作成のために食事を抜いたり不摂生をしていたようだ。
感染させてはならぬと伊都と面会禁止になって二日。
吾妻とは電話でのやりとりだけ。そうしないと熱があっても元気な吾妻はちゃんと休んでくれない。
『いとぉ……会いたい』
「まだ病み上がりだから無理しちゃ駄目だよ」
『もう元気だって』
「油断大敵!」
『そんなぁ……』
チョコレートを見つめる伊都。
三十分後。
吾妻実家のインターホンを鳴らすと家政婦が開けた。
「吾妻に会いにきました」
家政婦と少し世間話をして家にあがった。
久しぶりに入る吾妻の実家。伊都の実家とは正反対の古い日本家屋の屋敷だ。昔の記憶を頼りに長い廊下を進んだ。
「吾妻?……起きてる?」
返事がないので少し襖を開けて中を覗く。六畳ほどの座敷がありそのさらに奥が吾妻の寝室のはず。
畳のいい香りについ深呼吸してしまう。
「吾妻?」
最後の襖を開けると二間続きの座敷になっており、手前の間には座卓がありその上にはお盆の上に小さな土鍋と茶碗が置いてある。おそらくお粥だろう。
そしてその奥の間にベッドがありその上で吾妻は寝ていた。伊都は座卓の近くにコートとマフラーと持参したチョコレートを置くと吾妻に近づく。
熱がさがったとはいえ、やはり本調子ではないのだろう。いつもの寝顔となんとなく違う。
ベッドの脇に腰掛け吾妻のくせっ毛を指先で少し摘んでみる。
「吾妻……早く良くなってね」
伊都は立ち上がると先程の座卓のあったところに戻り畳に座った。
「チョコレート、どうやって渡そう」
座卓にはチョコレートの入った紙袋。
伊都はその隣につっ伏してそれを眺めた。
「あの女子高生は今頃手作りチョコで愛の告白してるのかなぁ……うまくいってほしいな。……いや、うまくいかなくても、大丈夫。……いや、きっとあの子の好きになった人だ、大丈夫、ちゃんと受止めてくれるはずだ、うん」
「………………伊都」
突然の声にガバッと体を起こす。
え? 吾妻? 起きた?
「その女子高生とやらは誰なんだ?」
ムスッとした寝起きの男がベッドから睨んでいる。
「バスでナンパしたのではないですか?」
向かい合い、伊都被告を尋問する吾妻検事。
「いいえ、あれはナンパではありません!」
「女子高生が話しかけてきたと?」
「そうです、僕の独り言の声が大きいせいで……聞かれてしまったんです……」
「いったい何を聞かれてしまったのですか?」
「えっと……」
「黙秘ですか?」
伊都がチラリと紙袋を見る。
ノリでごっこに乗っていた伊都だが本当に追い詰められているようで体に悪い。悪いことしてないのに動揺してしまって嘘の供述をしてしまう人の気持ちが分かるような気がする。
「吾妻! もうやめ!」
吾妻はいたずらっぽく笑うと伊都の頭をポンポンとする。そしてそのまま伊都の頭を胸に引き寄せ抱き締めた。
「………今日、なんの日か知ってる?」
「ん? 今日、は……」
今日が何日かを思い出している吾妻に伊都は答えを教える。
「バレンタインデーだよ」
吾妻が腕を緩めると伊都は紙袋を吾妻に渡した。
「はい、チョコレート」
「え! えぇ?? ええええええぇぇぇ?!」
まさかイベントに伊都が何かしてくれるとは思っていない吾妻は驚くばかりだ。
「さっきの女子高生が、オススメしてくれたんだよ」
「……」
吾妻はそうかと頷いてもう一度伊都を抱き寄せる。
「伊都、あいしてるよ、ありがとう」
「うん」
髪に、おでこに、耳に、頬に、鼻先に、そして少し見つめ合って最後に唇にキスをする。
「ん……、あず……チョコ……」
「今は伊都を味わう」
伊都のその細い腰に腕を回すと力強く抱き締め、後ろから太ももを掴むとそれを広げ自身に跨がせた。
「あ、ずま、ん……っ」
伊都の背中を弄りながら伊都の胸に噛み付くようなキスをする。しかしそのキスはすぐに止まり頬ずりに変わる。ついには手も止まり、いつもの優しい手つきで撫でられた。突如としてやってくる欲求を理性が荒い息を整えて抑えているようだった。
プラトン様。
病み上がりの恋人に手を出していいでしょうか。
いや、手を出されているのは伊都の方だが。
隠しておいたチョコレートの箱がリビングのローテーブルの上に置かれた。それはまるで神様への貢物のように。
「風邪、良くなったかな」
なのに、吾妻は急な気温の変化に風邪をひいたようで熱を出している。
伊都にはあれだけ気をつけろと注意しておいて、自身はレポート作成のために食事を抜いたり不摂生をしていたようだ。
感染させてはならぬと伊都と面会禁止になって二日。
吾妻とは電話でのやりとりだけ。そうしないと熱があっても元気な吾妻はちゃんと休んでくれない。
『いとぉ……会いたい』
「まだ病み上がりだから無理しちゃ駄目だよ」
『もう元気だって』
「油断大敵!」
『そんなぁ……』
チョコレートを見つめる伊都。
三十分後。
吾妻実家のインターホンを鳴らすと家政婦が開けた。
「吾妻に会いにきました」
家政婦と少し世間話をして家にあがった。
久しぶりに入る吾妻の実家。伊都の実家とは正反対の古い日本家屋の屋敷だ。昔の記憶を頼りに長い廊下を進んだ。
「吾妻?……起きてる?」
返事がないので少し襖を開けて中を覗く。六畳ほどの座敷がありそのさらに奥が吾妻の寝室のはず。
畳のいい香りについ深呼吸してしまう。
「吾妻?」
最後の襖を開けると二間続きの座敷になっており、手前の間には座卓がありその上にはお盆の上に小さな土鍋と茶碗が置いてある。おそらくお粥だろう。
そしてその奥の間にベッドがありその上で吾妻は寝ていた。伊都は座卓の近くにコートとマフラーと持参したチョコレートを置くと吾妻に近づく。
熱がさがったとはいえ、やはり本調子ではないのだろう。いつもの寝顔となんとなく違う。
ベッドの脇に腰掛け吾妻のくせっ毛を指先で少し摘んでみる。
「吾妻……早く良くなってね」
伊都は立ち上がると先程の座卓のあったところに戻り畳に座った。
「チョコレート、どうやって渡そう」
座卓にはチョコレートの入った紙袋。
伊都はその隣につっ伏してそれを眺めた。
「あの女子高生は今頃手作りチョコで愛の告白してるのかなぁ……うまくいってほしいな。……いや、うまくいかなくても、大丈夫。……いや、きっとあの子の好きになった人だ、大丈夫、ちゃんと受止めてくれるはずだ、うん」
「………………伊都」
突然の声にガバッと体を起こす。
え? 吾妻? 起きた?
「その女子高生とやらは誰なんだ?」
ムスッとした寝起きの男がベッドから睨んでいる。
「バスでナンパしたのではないですか?」
向かい合い、伊都被告を尋問する吾妻検事。
「いいえ、あれはナンパではありません!」
「女子高生が話しかけてきたと?」
「そうです、僕の独り言の声が大きいせいで……聞かれてしまったんです……」
「いったい何を聞かれてしまったのですか?」
「えっと……」
「黙秘ですか?」
伊都がチラリと紙袋を見る。
ノリでごっこに乗っていた伊都だが本当に追い詰められているようで体に悪い。悪いことしてないのに動揺してしまって嘘の供述をしてしまう人の気持ちが分かるような気がする。
「吾妻! もうやめ!」
吾妻はいたずらっぽく笑うと伊都の頭をポンポンとする。そしてそのまま伊都の頭を胸に引き寄せ抱き締めた。
「………今日、なんの日か知ってる?」
「ん? 今日、は……」
今日が何日かを思い出している吾妻に伊都は答えを教える。
「バレンタインデーだよ」
吾妻が腕を緩めると伊都は紙袋を吾妻に渡した。
「はい、チョコレート」
「え! えぇ?? ええええええぇぇぇ?!」
まさかイベントに伊都が何かしてくれるとは思っていない吾妻は驚くばかりだ。
「さっきの女子高生が、オススメしてくれたんだよ」
「……」
吾妻はそうかと頷いてもう一度伊都を抱き寄せる。
「伊都、あいしてるよ、ありがとう」
「うん」
髪に、おでこに、耳に、頬に、鼻先に、そして少し見つめ合って最後に唇にキスをする。
「ん……、あず……チョコ……」
「今は伊都を味わう」
伊都のその細い腰に腕を回すと力強く抱き締め、後ろから太ももを掴むとそれを広げ自身に跨がせた。
「あ、ずま、ん……っ」
伊都の背中を弄りながら伊都の胸に噛み付くようなキスをする。しかしそのキスはすぐに止まり頬ずりに変わる。ついには手も止まり、いつもの優しい手つきで撫でられた。突如としてやってくる欲求を理性が荒い息を整えて抑えているようだった。
プラトン様。
病み上がりの恋人に手を出していいでしょうか。
いや、手を出されているのは伊都の方だが。
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