19 / 42
第二章 恋愛と友愛
第一話
しおりを挟む
恋はするものじゃない、落ちるものだ。
……と誰かは言うが、
落ちるというからには崖か何かから飛び降りるのか?
無事着地できるかどうかが争点なのだろうか。
それとも飛行機の着陸みたいな?
きっと本物の飛行機より墜落の確率は高い。
機体損傷で火だるまになることもある。
それでも人は抗えなくて落ちてしまうんだって。
僕は無事に着陸できた人も、そうでなかった人も知らない。
そんな滑走路もどこにあるのか分からない。
あるとすれば僕と長政の滑走路はジャングルの中。
濃い霧が立ち込めてて、木が生い茂ってるんだろう。
『多分、巴のことが好きだからじゃない?』
半疑問文で告げられた長政の想いは、あのままあの夜に置き去りにした。僕らの制服もすっかり衣替えをした。
僕には勿体無い言葉だった。
僕の長政への想いはもっとドス黒くて、生々しい。
長政を大切にしたいから、あの言葉に返すことはないだろう。
この家を出るのも、僕ひとりだ。
満員電車は今日もギチギチ。梅雨入りしてジメジメ。
僕を潰さないように電車の扉に手を付いてくれている長政の腕の毛を見ていると指先で摘んでしまう。腕の毛も色素が違うんだと感心してしまうんだ。
そしてつい摘みすぎて長政の腕がピクッっとして、思わず焦って顔を見上げると長政と目が合って、片眉をあげて笑ってる。いつから見られていたんだろうとさらに焦ってしまう。
腕に視線を戻して指先で撫でてその体毛の毛並みを整える。すると頭上から「くっくっ……」と低い笑い声がする。
あぁ、好き。
好きだ、その笑い方。
絶対揶揄われてるだけ、再婚相手の連れ子への興味とかそういうことだと思う。なのに最近の長政からは僕への気持ちがちゃんと乗せられているように思えてくる。僕がそう感じるのだから仕方ない。それを感じてしまうのは自己都合。つまり幻なんだ。
なぜなら僕は恋に落ちているから。
僕はひとり飛行機を操縦していて、ジャングルに突っ込む手前なんだ。
無償の愛と呼ばれる親からの愛情でさえ貰ってない僕のことなんかに、心を乗せる人なんかこの世に居ない。僕は居ても居なくてもいい存在なんだから。
長政の幻に恋してる、実に初恋らしい。
僕は見事に散ってやろう。
「またため息じゃん、お母さんとまた何かあったの?」
カケルが心配そうに僕に言う。僕はあの雨の日以降、継母の作る弁当を持ってきている。継母の落ち込む顔を見るのがだんだん辛くなってきたからだ。笑っていてほしいとかそんなことは思わないが自分のせいで落ち込んでいるのはやはり嫌だった。
「はぁ……」
「ほらまた、どうしたの?」
「あ、違う、弁当のことじゃない」
「なら、どうしたの?」
今までずっと僕の感情線は底辺にあって一直線でピクリともしなかったのに、最近ピクンピクンと跳ね上がったり、波がやってきていて、カケルもそれを異変に感じてる。
「じゃぁ、弟?」
「え?」
「弟と、最近仲良いよね」
「ただ一緒ってだけだろ」
「弟、女いるんだろ?」
「……知らない」
「この前学校にまで来てたの見たじゃん」
カケルはなにが言いたいのだろう。すごく嫌な言い方だ。
「聞いた話だとすげー女遊びしてるらしいじゃん、まぁイケメンだもんね、モテるよね」
「は……?」
僕は長政が女遊びしているというより、カケルがこんなことを面白おかしく言うことに対して一気に嫌悪感が溢れる。
「モテるやつは良いよね、取っ替え引っ替えできて」
「やめろ」
「え?」
カケルの顔が引きつる。
「なに、怒ってんの? なんで?」
「おまえがそんなこと言うとは思わなかった」
「……なんだよそれ、あいつは女遊びしてるんだぞ?なのに俺が悪いわけ?」
「あいつは仮にも僕の家族だ」
「家族?」
引きつりながら口角をあげて呆れるように笑った。
「巴は……、俺よりたった数カ月しか一緒にいないやつを取るのか?」
「時間じゃない」
「あぁ、そうかよ、そうだな。お前はまともな家庭で育ってない、だから少し優しくされて絆されたんだな!」
ドンっ!!
気づけば僕は机を拳で思い切り叩いていた。ペットボトルが弾みで倒れ床に落ちる。
「帰れ」
カケルは自分の荷物を抱えて教室を出ていった。教室にいるクラスメイトが小さい声で何か言っているが構っていられなかった。ジンジンとする拳をずっと収められず、僕は身体を震わせていた。
『おとなしいあいつが怒った』
その日のうちにそれは高校のスキャンダルと化した。でもそんな噂も一時的で主役が僕となればすぐに収まってしまう。しかし『女遊びがひどい』というもうひとつのスキャンダルはなかなか収まってくれなかった。
長政はいつもと変わらなかった。今日も昇降口で僕を待ってる。
「火のないところには煙は立たないっていうしね」
と自虐的に笑うだけだった。
麻里という女性と関係を解消したと聞いたとき確かにその人以外の人とは関係を持っていなかったと聞いた。
「長政は麻里さんしか……」
「巴は信じてくれてるんだ……? ならそれでいいし、それに……」
長政ははにかんで僕の頭をぽんと撫でた。そして僕の耳のそばまで顔が近づいてきた。
「巴が怒ってくれたの知ってるから俺はそれでいい」
そう耳元で囁かれた。
駅のホームで顔を真っ赤にしてしまう僕。手で仰ぐがなかなかその熱は引かない。長政はまた余裕たっぷりに笑ってる。長政が笑ってる。本当に噂を気にしてないのか。少しだけ僕はホッとしていた。
その週はカケルは昼休みに顔を出さなかった。
……と誰かは言うが、
落ちるというからには崖か何かから飛び降りるのか?
無事着地できるかどうかが争点なのだろうか。
それとも飛行機の着陸みたいな?
きっと本物の飛行機より墜落の確率は高い。
機体損傷で火だるまになることもある。
それでも人は抗えなくて落ちてしまうんだって。
僕は無事に着陸できた人も、そうでなかった人も知らない。
そんな滑走路もどこにあるのか分からない。
あるとすれば僕と長政の滑走路はジャングルの中。
濃い霧が立ち込めてて、木が生い茂ってるんだろう。
『多分、巴のことが好きだからじゃない?』
半疑問文で告げられた長政の想いは、あのままあの夜に置き去りにした。僕らの制服もすっかり衣替えをした。
僕には勿体無い言葉だった。
僕の長政への想いはもっとドス黒くて、生々しい。
長政を大切にしたいから、あの言葉に返すことはないだろう。
この家を出るのも、僕ひとりだ。
満員電車は今日もギチギチ。梅雨入りしてジメジメ。
僕を潰さないように電車の扉に手を付いてくれている長政の腕の毛を見ていると指先で摘んでしまう。腕の毛も色素が違うんだと感心してしまうんだ。
そしてつい摘みすぎて長政の腕がピクッっとして、思わず焦って顔を見上げると長政と目が合って、片眉をあげて笑ってる。いつから見られていたんだろうとさらに焦ってしまう。
腕に視線を戻して指先で撫でてその体毛の毛並みを整える。すると頭上から「くっくっ……」と低い笑い声がする。
あぁ、好き。
好きだ、その笑い方。
絶対揶揄われてるだけ、再婚相手の連れ子への興味とかそういうことだと思う。なのに最近の長政からは僕への気持ちがちゃんと乗せられているように思えてくる。僕がそう感じるのだから仕方ない。それを感じてしまうのは自己都合。つまり幻なんだ。
なぜなら僕は恋に落ちているから。
僕はひとり飛行機を操縦していて、ジャングルに突っ込む手前なんだ。
無償の愛と呼ばれる親からの愛情でさえ貰ってない僕のことなんかに、心を乗せる人なんかこの世に居ない。僕は居ても居なくてもいい存在なんだから。
長政の幻に恋してる、実に初恋らしい。
僕は見事に散ってやろう。
「またため息じゃん、お母さんとまた何かあったの?」
カケルが心配そうに僕に言う。僕はあの雨の日以降、継母の作る弁当を持ってきている。継母の落ち込む顔を見るのがだんだん辛くなってきたからだ。笑っていてほしいとかそんなことは思わないが自分のせいで落ち込んでいるのはやはり嫌だった。
「はぁ……」
「ほらまた、どうしたの?」
「あ、違う、弁当のことじゃない」
「なら、どうしたの?」
今までずっと僕の感情線は底辺にあって一直線でピクリともしなかったのに、最近ピクンピクンと跳ね上がったり、波がやってきていて、カケルもそれを異変に感じてる。
「じゃぁ、弟?」
「え?」
「弟と、最近仲良いよね」
「ただ一緒ってだけだろ」
「弟、女いるんだろ?」
「……知らない」
「この前学校にまで来てたの見たじゃん」
カケルはなにが言いたいのだろう。すごく嫌な言い方だ。
「聞いた話だとすげー女遊びしてるらしいじゃん、まぁイケメンだもんね、モテるよね」
「は……?」
僕は長政が女遊びしているというより、カケルがこんなことを面白おかしく言うことに対して一気に嫌悪感が溢れる。
「モテるやつは良いよね、取っ替え引っ替えできて」
「やめろ」
「え?」
カケルの顔が引きつる。
「なに、怒ってんの? なんで?」
「おまえがそんなこと言うとは思わなかった」
「……なんだよそれ、あいつは女遊びしてるんだぞ?なのに俺が悪いわけ?」
「あいつは仮にも僕の家族だ」
「家族?」
引きつりながら口角をあげて呆れるように笑った。
「巴は……、俺よりたった数カ月しか一緒にいないやつを取るのか?」
「時間じゃない」
「あぁ、そうかよ、そうだな。お前はまともな家庭で育ってない、だから少し優しくされて絆されたんだな!」
ドンっ!!
気づけば僕は机を拳で思い切り叩いていた。ペットボトルが弾みで倒れ床に落ちる。
「帰れ」
カケルは自分の荷物を抱えて教室を出ていった。教室にいるクラスメイトが小さい声で何か言っているが構っていられなかった。ジンジンとする拳をずっと収められず、僕は身体を震わせていた。
『おとなしいあいつが怒った』
その日のうちにそれは高校のスキャンダルと化した。でもそんな噂も一時的で主役が僕となればすぐに収まってしまう。しかし『女遊びがひどい』というもうひとつのスキャンダルはなかなか収まってくれなかった。
長政はいつもと変わらなかった。今日も昇降口で僕を待ってる。
「火のないところには煙は立たないっていうしね」
と自虐的に笑うだけだった。
麻里という女性と関係を解消したと聞いたとき確かにその人以外の人とは関係を持っていなかったと聞いた。
「長政は麻里さんしか……」
「巴は信じてくれてるんだ……? ならそれでいいし、それに……」
長政ははにかんで僕の頭をぽんと撫でた。そして僕の耳のそばまで顔が近づいてきた。
「巴が怒ってくれたの知ってるから俺はそれでいい」
そう耳元で囁かれた。
駅のホームで顔を真っ赤にしてしまう僕。手で仰ぐがなかなかその熱は引かない。長政はまた余裕たっぷりに笑ってる。長政が笑ってる。本当に噂を気にしてないのか。少しだけ僕はホッとしていた。
その週はカケルは昼休みに顔を出さなかった。
4
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる