スキル『箱庭』を手にした男ののんびり救世冒険譚〜ハズレスキル? とんでもないアタリスキルでした〜

夜夢

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第68話 現在のイストリア侯爵領

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 レイが避難民の受け入れを始めた頃、その原因となったイストリア侯爵領はまさに地獄と化していた。

 ノワールの皮を被っていた魔族は侯爵邸を本拠地に据え、侯爵が使っていた執務室から延々広がる瓦礫の山を見つつ酒を嗜んでいた。

《実に美しい光景デスねぇ。ああ、もっと殺したい! 早く討伐に来てもらいたいものデス》

 そこで扉がノックされた。

《失礼します、【グリモア】様》
《エリス……デスか。なにか?》

 ここで補足しておく。ノワールとエリスは儀式を受けた日に執事長に殺されていた。だが今はこうして再び侯爵邸を支配している。

 理由は簡単だ。儀式前にノワールは既に魔族にすり替わられ、その魔族と交わったエリスは魔人に生まれ変わっていた。そして墓地に入れられるまで死んだふりをし、一番苦しむタイミングを計り侯爵を襲ったのである。

 魔族は負の感情を糧にする。人を苦しめ絶望に追いやり喰らい尽くすのである。

 ノワールに化けていた魔族グリモアが魔人エリスを抱き寄せる。

《相変わらず素晴らしい抱き心地デスねぇ~。私に作り替えられた気分はいかがデスか?》
《生まれ変わった気分……ではなく、グリモア様。ここにフォールガーデンの軍隊が迫っております》
《数は?》
《五千程度と》

 グリモアは溜め息を吐いた。

《まだ舐められているようデスねぇ。第一陣は三千人でしたか。魔人化はどうなっていマスか?》
《滞りなく。私が何人か男騎士を魔人化させ、その男騎士が女騎士を魔人化させています。最初の三千人は全て支配下に》
《結構。では配下にした魔人を使い来た者を捕らえさせなさい》
《はい、グリモア様》

 エリスが出ていくとグリモアは再び窓から外を眺めた。

《全ての兵を失ったフォールガーデンは最後にどんな手を打つのでしょうねぇ。あなた方の敵はゴルゴーン帝国デスよ? 私ばかりにかまけていたら同種に殺られ……くくくっ、笑いが込み上げてきますねぇ。人間の醜い感情……実に美味ッ! はははははっ!》

 そんな中、イストリアと隣接していた領地から次々と国民が他領に避難を始めていた。

「聞いたか? イストリアは魔族に支配されているらしいぜ」
「知ってんよ。だから今逃げてんだろうが。この国はもうおしまいだよ」
「ならどこ行っても同じじゃね?」
「エルドニアなら大丈夫だろ。ここと繋がる国境は狭いしな」
「フォールガーデンの騎士が倒せない魔族をエルドニアが倒せるかよ。逃げるなら北のゴルゴーン帝国だろ」
「あそこは税金めちゃくちゃ高いんだよっ。暮らしていけねぇよ」
「どこも地獄だな……」

 フォールガーデン国民は北に向かう者、南に向かう者、そして最後まで国を信じて残る者にわかれた。

 ここはフォールガーデン王城。第一陣で三千人の兵を失った王は慌てて第二陣を編成させ、自身は隣国の同盟国に救援を要請していた。

「頼む! 国内で魔族が暴れているのだ! こちらは既に三千人の兵士を失っているっ!」
《助けに行きたいのは山々ですがこちらもゴルゴーン帝国が動いており無理なのです!》
「ゴルゴーン……帝国だとっ! ま、まさかあいつら!」
《とにかく! 我らは我らの国を守る事に注力します! 救援はゴルゴーン帝国が引き上げたらという事で。ではっ!》
「ま、待たれ──くぅっ!」

 フォールガーデン国王は通信水晶の前で膝から崩れ落ちた。

「へ、陛下! 魔族討伐に向けた五千人が味方と争っているとの報告が!」
「な……なんだと? どういう事だ!」
「な、何故か第一陣が進軍中の部隊に攻撃を始めたそうです!」
「第一陣だと!? 全滅したのではないのか!?」
「は、はい。確かに全滅したはずなのですが……」

 王は頭を抱えた。

「まさか……死体を操っているのか? くっ! 第二陣を退却させよ! もはやイストリア奪還は無理だ! 退避させ王都の防衛に回すのだ!」
「はっ!」

 しかし王の宣言は間に合わず、第二陣の騎士五千人は魔人と化した味方に捕縛され、二度と王都に戻る事はなかった。

「陛下……。第二陣……全て捕縛されました……」
「……間に合わんかったか……。残存兵力はいくらだ」
「全土から招集して三万が限度かと……。しかし招集してしまうと国民が……」
「国民も全て王都に避難させよ。もはや残された道は籠城しかない」
「し、しかしどこからも援軍は……」
「どうしようもないのだっ! 兵を出したら魔族に奪われるのだからなっ! 王都の城壁なら耐えられる! 同盟国が必ず来てくれるっ! それまで耐えるのだっ!」

 この王命は自らの首を締め、戦力のなくなった領地は魔人に蹂躙され、戦えず逃げ遅れた国民は魔人にされていった。

「陛下……。城壁が取り囲まれました……。敵勢力……およそ百万……」
「……ここまでか」

 国王は玉座に座ったまま項垂れ、宰相に最後の指示を出した。

「宰相、全ての兵に伝えよ」
「はっ」
「今までよく仕えてくれた。最後まで人として抗おう。フォールガーデンは今日終わる。長い間ご苦労であった──!」
「陛下っ! お供いたしますっ!」

 こうしてフォールガーデンはたった一人の魔族によりわずかな期間で滅亡の道を歩んだのだった。
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