苦しくても悲しくても あなたのそばにいればよかった

瀬音

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第一章:ドミナント「瑛斗」視点

君に初めて触れた夜

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 ずっと、陸久リクのすべてが欲しいと思っていた。さらさらと揺れる茶色の髪も、ツンとした鼻も、薄い唇もすべて自分のものにしたかった。
 けれど、陸久の瞳に宿る信頼の光が嫌悪や警戒の色に変わることが怖くて、どうしても気持ちを伝えることはできなかった。

 そもそも陸久という人間には性的な欲求があるようには見えなくて、そんな年下の友人の姿態を想像しては自慰を繰り返す自分自身に、瑛斗エイトは心底うんざりしていた。

 陸久に対する気持ちを隠すために、瑛斗は自分の容姿を利用して色んな相手と付き合った。モデルのように整った顔立ちの瑛斗から「恋人になって」と甘く告げられると、女性たちは簡単に首を縦に振った。
 しかし、そうやって恋人になってくれた誰もが、瑛斗のハートを奪ってはくれなかった。誰といても誰と寝ても、瑛斗が愛しく思うのはこの世界でただひとり陸久だけだった。

 陸久は、瑛斗のことを頼れる兄貴のようにしか思っていない。それに、瑛斗は陸久の性的指向さえ知らないのだ。自分と陸久が恋人同士になる可能性はゼロだ。もう、骨の髄から諦めていた。それほどまでに、二人の関係は「先輩と後輩」であり、「親友」であり、「兄と弟」だった。




 だから今、互いに酔っ払ってはいるけれど、それでも陸久がキスを受け入れてくれているという事実が信じられなかった。あの陸久が、瑛斗の腕の中で瞼を閉じて脱力している。

 二人は普段の週末と同じように、今夜も陸久の部屋で一緒に過ごしていた。いつも通りコンビニで買った食料や酒を持ち込んで映画を見ていたら、主人公の恋人が亡くなる場面で陸久が鼻をすする音が聞こえてきた。
 
 瑛斗は思わず隣に座る陸久を見下ろした。少し茶色がかった瞳いっぱいに涙を溜め、薄く唇を開いて画面に見入っている様を見たら、衝動的に肩を抱き寄せてキスしていた。愛しさが胸の中で爆ぜて、好きという想いを自分の中に留めておくことはできなかった。
 あとさきも考えず、陸久の薄い唇に自分のそれを押しつける。泣き顔だった陸久を慰めるように上唇と下唇を交互に啄んで、唇の端にキスを落とし、溢れてきた涙を吸う。

 涙の塩気にほんの少しの正気を取り戻し瞼を開けると、陸久は頬を赤くして目を閉じていた。もう一度キスをしてから薄い唇をぺろりと舐めると、意図を察したのか口を開いてくれた。

 舌を差し入れると、陸久が飲んでいるレモンサワーの味がした。歯列を割った舌に、陸久のそれが遠慮がちに絡みついてくる。壊れたように小さな舌を味わい、綺麗に並んだ歯の滑らかさを確かめ、内頬を舌先で舐めた。

 陸久の喉の奥から甘い音が鳴り、小さな両手が瑛斗のシャツをぎゅっと握ったとき、完全にタガが外れた。

 肩に置いているのとは反対の手を、陸久のTシャツの裾から中に潜り込ませる。肩甲骨の形を確かめ、脇腹を撫で、あばら骨を辿って乳首を柔らかに擦ると、合わせている唇から熱い息が零れた。

 力の抜けた陸久の頭が、互いに背中を預けていたシングルベッドの上にころんと落ちた。口の端から垂れるどちらのものか分からない唾液が、さらに劣情を煽る。

 瑛斗が陸久の服の裾に手をかけると、陸久がゆっくりと頭を起こし、両手を上に上げて脱がせるのを手伝ってくれた。

「陸久、俺に何をされるか分かってる……?」

 霧散しかけている理性をなんとか搔き集めて、瑛斗は静かに訊ねた。一度のセックスで、友人としてそばにいる権利を失ってしまうわけにはいかなかった。

 今なら、まだ止められる。

「分かってる……。先輩こそ、誰が相手か分かってる……?」
「当たり前だ…」
「先輩が後悔しないなら、俺はいい……」

 陸久は蕩けた瞳でそう言った。

 男を抱いたことはなかったけれど、知識は十分にあった。男同士が交わる動画を見たことは何度もあったし、もしこんな時が訪れたらと妄想して、やり方を調べたことだってあった。

 だから、陸久のアナルが想像よりも柔らかく自分の唾液塗れの指を迎え入れてくれたとき、少なからず驚いた。自分以外の誰かがすでにここに入ったことがあるのだろうかと思ったら、嫉妬で焼け焦げそうだった。

「ねぇ陸久……男と付き合ったことがある……?」

 情け陸久は言い訳のように小さな声で言った。

「先輩が来る日は、飲んでる間におかしくならねぇように、いつも自分で……」
「おかしくって……」
「飲みながら勃ってたらおかしいから…」
「……俺はよくそうなってた」
「……え?」
「ずっと陸久を抱きたかった……。陸久が好きだった」
「まさか……」
「陸久が俺のことをそんな風に想ってくれてるなんて、思うわけがない……。だから別の誰かと付き合って、どうにか気持ちを押さえつけてた。頭の中でお前を抱いて抜いてるなんてバレたら、軽蔑されると思ってた……」
「……それは俺も同じ」
「もっと早く、こうすれば良かった」
「あっ……せんぱ…、まっ……んっ」
「陸久、何かローションとかある?」
「んっ……あ、あるっ」

 そっと指を引き抜くと、はふ、と陸久が小さく息を吐いた。




 ボトルに半分ほど残ったローションを自身にも塗りたくって、十分に解れた陸久のアナルに宛がった。それでも沈めるたびにぎゅっと締め付けられて、快感を逃しながらゆっくりと埋めていった。

「陸久、痛い? ちゃんと、息吸って」
「アタマ……おかしくなりそっ……、あっ……」

 陸久の小さな身体を抱き締めたまま、結び目が馴染むのを待った。
 
 漸くゆっくりと腰を揺らし始めたとき、瑛斗の脳内に強烈な独占欲が芽生えた。

 ついさっきまでは親しい後輩だったのに、こうして身も心も結ばれた途端、この存在のすべてを自分のものにしたいと思った。守りたい、所有したい、保護したい、自分の言うことを聞かせたい、彼が感じる感情のすべては自分が起点であってほしい。

 あまりに非人間的な欲求が次々に沸き起こる。

「陸久……」

 赦しを請うように名前を呼ぶと、陸久の目尻から涙が零れた。

「せんぱっ……」
「気持ちいい?」
「んッ……いい…気持ちいっ…も、イく……」
「これから、陸久を気持ちよくするのは俺だけだよ……。自分で自慰もしてほしくない。いい?」
「なっ‥…」

 瑛斗は動きを止め、ぱんぱんに膨らんだ陸久の性器の先端を撫でた。

「あっ……せんぱっ……ダメっ触らないで…それっ……」
「後ろでちゃんとイキたいよね? 返事は? オナニーはしないって約束できる?」
「できるっ……する…っ!」
「いい子だね……」

 もう一度腰を打ち始めたとき、瑛斗は漸く気付いた。

 自分は、ドミナントであったことに。

 陸久への気持ちを押し殺すことで、自身のドミナントとしての欲求すら抑圧していた。いや、もしかすると陸久を抱いたことで、ドミナントしての本能が覚醒したのかもしれない。一度発露してしまった欲求は、到底飼いならすことなどできない毒蛇のように、心の中で牙を剥き出しにしている。

「あっ……んっ……せんぱ…い、く……」
「いいよ、イけ」

 腹側を抉るように数度突くと、陸久が自身の腹に精液を散らした。うねるように収縮を繰り返す陸久の中で瑛斗もまた吐精しながら、歓びと同時に絶望にも似た悲しみを味わっていた。

 ドミナントの特殊な欲求を満たせるのは、サブミッシブだけだ。プレイを通じて欲求を満たすことでしか、ダイナミクスを持つ人間は日常生活を穏やかに送ることはできない。
 陸久と互いに想い合っていると分かった今、プレイのためだけに他のサブと契約を結ぶことなどありえない。

 そもそも、義務教育で習う程度にしかドムサブについての知識はない。これから、ドミナントである自分とダイナミクスを持たない陸久が、恋人として一緒に時を重ねていく方法が、瑛斗には思い浮かばなかった。
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