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第五章:ドミナント「瑛斗」視点
最後の贈り物
しおりを挟む陸久はカフェテリアの窓際の席に座り、無表情で外の景色を眺めていた。
「陸久」
名前を呼ぶと、ふっと顔を上げて、苦しそうに微笑んだ。
きっと、自分も同じ表情をしているだろう。
「座っても、いいかな?」
「もちろんだ」
瑛斗は陸久の向かいに座ると、手に持っていた卒業証書の入った筒をテーブルの上に置いた。
「卒業式、どうだった? 答辞、読んだんだろ?」
「まぁ、滞りなく、ってところかな」
「そうか。先輩…、少し、変わったな」
「そうか?」
「うん…」
きっと、ドミナントらしくなったと、思っているのだろう。
「陸久は、少し、痩せたか?」
「そんなことねぇよ」
相変わらず目の下の隈もひどい。
「先輩…、ちょっと、両手を前に出してくれるか?」
「…?」
訳も分からず両手を前に差し出すと、陸久は瑛斗の手首の辺りをじっと見つめた。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
不思議そうな顔をしている瑛斗に、陸久はバックパックから取り出した紙袋を渡した。
「俺に…?」
「迷惑かもしれないとも思ったんだけど、卒業祝い」
「え…」
「別れてから、話すこともなくなっちまったけど…。でも、友達として3年も一緒にいたから、このくらいはしてもいいかなって。海にも行ったし、映画も見たし、何度も一緒に飯食ったし、ゲームもしたし…、楽しかった…」
「俺も、楽しかった。陸久がいてくれたから、大学時代に楽しい思い出がたくさん作れた」
別れなければいけない悲しみが鋭利すぎて、友達として二人で重ねた時間を想うこともなかった。でも、確かに宝物のような瞬間を陸久と二人、過ごしてきたのだ。
「開けても、いい?」
「いや、家で開けてくれ。今見られるのは恥ずかしい」
「そうか。分かった」
「先輩、仕事大変だと思うけど、無理しないようにな」
「陸久も、卒論頑張れよ」
「うん。じゃあ、先に行く」
行く、と言ったのに、陸久はいつまでも椅子から立ち上がらなかった。
テーブルの上に置いた、プレゼントの袋を両手で包んだ瑛斗の手をじっと見つめてから、静かにその両手を外側から包んだ。
「先輩…」
感情を飲み込むように、陸久がすうっと息を吸う音が聴こえた。
「陸久…」
近づくべきではなかった。近づけば、離れる苦しみが心を切り刻む。
どれくらい、そうやって互いの体温を愛おしんでいただろうか。
「先輩、卒業、おめでとう」
小さくそう言った陸久は、ゆっくりと手を引っ込めると、椅子から立ち上がった。涙を溜めた目で歪んだ笑顔を作ると、隣の席に置いていたバックパックを手に掴み、駆けるようにカフェテリアを後にした。
長い間、瑛斗は陸久が出て行ったカフェテリアの出入口を眺めていた。
ふと我に返って、瑛斗は自分の掌で温められていたプレゼントを開けてみることにした。
丁寧に包装紙を剥ぎ、箱の蓋を開けた。そこに納められていたのは、とても新卒の会社員が持つべきではないような高級な腕時計だった。
陸久は、実家から仕送りは貰っているようだったけれど、裕福というわけではなさそうだった。けれど瑛斗へのはなむけに、バイトを増やして生活費をやりくりして、こんな値の張るものを贈ってくれたのだろう。きっとこれだけのものを買うには、別れた半年前から準備を始めなくては間に合わないはずだ。
瑛斗は両手で顔を覆い、ぎゅっと目を瞑り涙を押し留めた。
どうか、早く陸久が自分のことを忘れてくれるようにと願った。本能に振り回され、陸久を苦しめた情けないドミナントのことなど早く記憶から消し去って、陸久だけを必要とする誠実な誰かと幸せになってほしい。
台座から時計を外し、左腕に着けた。冷やりとしたメタルバンドは、寸分の狂いなく瑛斗の手首に合った。秒針が滑らかに巡り続ける様を、瑛斗はずっと眺め続けていた。
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